第12話 012

 SAT一台を載せた輸送用ヘリは電監庁舎を飛び立ち、西相模原試験場へと向かっていた。ヘリに乗り込んでいるのは、庁舎に残っていた春香と麻倉、それと出動要請を受け駆け付けた神崎と宮野班長だった。

「麻倉、今どうなっている」宮野が言う。

 緊急招集用のドローンで速達郵便のように運ばれてきた神崎と宮野は詳しい状況を説明されていなかった。

「全国で同型の介護ロボットによる暴走が多発していて、本省を含め政府はそっちの対応に手一杯です」

「そのようだな。相模原の方は?」

「二十分前に四葉の所有する西相模原試験場で人質事件が発生。試験中のロボットが部外者に奪われ、要人警護に当たっていたSP十数名が死亡。大臣、官僚の他、自衛隊関係者、四葉重工社員など、数十人が人質に盗られています」

「犯人の要求はなんだ」

「特区に自分への恩赦と完全義体の人権を求めているようです。それに犯人は、先日の才葉大学での事件の時暴走したあのプログラマーだと」

 宮野の表情が曇る。

「あの、そのプログラマーってこの前仮処分が出たばかりの有川ですよね?」

 春香が宮野をチラリと見て言う。

「犯人が本当に彼ならその有川だろう。現場の人間は犯人の顔を見ているのか」

「通報では、誰も顔は見ていないと」麻倉が答える。

「それじゃあ犯人の居場所も正確には把握できていないってことか」

 宮野が言う。

「奪われたロボットの詳細や、現場のマップは用意できてないのか?」

 神崎が厳しい顔をして言った。

「奪われたロボットは最新の多脚戦車とだけしか聞いていない。試験段階だから詳細なデータは送れないと四葉から返事があったわ。現場マップは現場から送られてきた映像を元に、今AIに作らせてる」

「自分たちの命より会社の利益が大事、か……」

 神崎は分かりきっていたかのように呟いた。

「それなら当然、四葉の社長は犯人の要求を聞く気はないわな」

「今頃は私達や警察だけじゃ飽き足らず、自衛隊にまでも出動要請しているわよ」

 麻倉は皮肉を込めて答えた。



「自衛隊を出してくれ」

 牧田社長は、岩楯防衛大臣に詰め寄った。

「自衛隊は君の私設部隊ではないんだ。法的根拠もなしに出動はできない」

 岩楯は牧田の顔も見ずに答える。

「このままではマズイことくらいあなたにだって分かっているでしょう。あれは最新式の戦車だ。自衛隊でなくては対処できない」

 牧田は真剣に訴える。しかし岩楯は聞く耳を持とうとしない。

 堂々と椅子に腰を下ろす岩楯の脇に彼の秘書官が来て、耳打ちをする。

「大臣、緊急の事態が……。全国で発生している同機種のロボットの暴走の件で、総理が緊急対策本部を官邸内に設置しました」

「本部長は?」

「総務大臣です」

「それなら構わん。ここのことはまだ総理には知らせるな」

「ですが、それでは事態の解決が……」

「おそらくその暴走は犯人の計画のうちだ。それより電監はいつ来る」

「もうまもなくとのことです」

「相模原製作所に着陸するように伝えろ。空から来ては奴のいい的だ」

「かしこまりました」

 秘書官は岩楯の脇を離れ、こちらへ向かう電監のヘリに通信を入れ始める。さっきまで岩楯の隣にいた牧田は、少し離れた場所で誰かと連絡を取っていた。

 岩楯は腕を組んで真っ直ぐ前を睨んだ、



「……二十一区全てで、緊急議会の招集をかけてくれ……」

 テトラの通信傍受装置が周辺の電話を傍受した。それは一号機に乗り込んでいる有川の耳にも届く。

「……法案はAIに作らせればいい。……いや、審議はまだだ」

 それは牧田の電話だった。有川は会話の断片を聞いただけで、それが特区に緊急の区議会を開くよう依頼しているものだと分かった。

「それなら施行をギリギリにしろ。…………分かった、そこはまかせる」

 おそらく万が一の事態に備えて一応の準備はしておくのだろう。

「……違う、それはいい。……あぁ、関連法との兼ね合いは気にするな。すぐに改正の手続きをすればいい」

 その言葉を聞いて、有川はマイクに口を近づける。

『牧田社長、せこいことはやめましょうよ。かっこ悪い。大人しく従うなら従う。反抗するなら反抗する。どちらかにしてください』

 テトラのスピーカーから有川の声が流れ、牧田は驚いて周囲を見回す。

『自分で作った兵器の性能も理解していないんですか? まあそんなことはどうでもいいですが……、改廃禁止期間の最大上限七年を条件に加えます。当然分かっているものと思っていたんですが……』

 有川は一度言葉を切って、さらに続けた。

『それと、反抗するには当然それなりのリスクが伴います。警察や電監、自衛隊が僕に攻撃をしかけてきた場合は、あなた方を殺します』

 テントを囲む三輌のテトラが、脅すように機銃をカチャカチャいわせた。

 有川がコントローラーを操作してテトラのカメラで牧田社長の顔を捉えると、恐怖に歪んだ彼の顔が操縦席のモニターに映った。

 さぁどうする……? 大人しく僕の命令に従うか?

 有川が愉快そうにモニターを覗き込んでいると、AIが喋りだした。

『東の方角から、高速で接近する正体不明の飛行体を確認』

 有川がレーダーを確認すると、確かに何かがこちらへ向かってきていた。

「識別申請信号を出してくれ」

 数秒待った後、またAIが言う。

『対象がスタンドアローンに入っているため、識別申請信号の送信に失敗しました』

「電監か。思ったより早かったな」

 有川は拳を握りしめる。

「有効射程圏内に入り次第、撃ち落とせ」

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