第11話 011 ヘンカク
――神奈川県 相模原市
四葉重工業の相模原製作所の西、昔たくさんのゴルフ場があった山間の場所に、西相模原試験場はある。西相模原試験場は、四葉重工業の所有する試験場で、開発中の建設用ロボットや軍事用ロボットの試験や演習が行われる。
その第一試験場には合計六輌の戦車が並んでいた。自衛隊の演習場のような見た目のこの場所は、所々に雑草が生え、大小さまざまな遮蔽物が置かれ、濃い茶色をした地面には何本ものキャタピラの後が付いている。
試験場の広場の南側の土手には、二つの白いテントが張ってあり、布地には「四葉重工業」と記されている。広場側が視察テント、その後ろが今日の試験を執り行う本部テントだ。
広場に並んだ戦車を眺めながら二人の男が話をしている。
「六輌も集まると壮観だな」
彼の名は、四葉重工業 特車車両開発部 部長の
「全国からですから、ここに集めるのも大変でしたよ」
そう答えたのは、橋田だった。彼も石和と同じ作業着に身を包んでいる。
「今日は防衛大臣やうちの社の社長などもみえてる。最新戦車を宣伝するチャンスだ。ミスのないように頼むぞ」
「分かってます」
でも結局、完成したらうちが圧力をかけて国に買わせるのだろう。それならここまで気を使う必要があるのだろうか。
橋田は素直に返事をしながらそんなことを思った。
「いつ頃始められそうだ」
「今整備ロボが各戦車の最終チェックを行ってますので、あと三十分ほどで」
橋田の返事に石和は少し不満そうに「うん」と頷いた。
「なにせ全て試作実験機ですから、それぞれ性能や構造が少しずつ違うので、思ったよりも時間が……」
試験場に並ぶ戦車達は、たしかによく見ると主砲の長さや装甲の形が違う。
「C5I2システムで同期させるのにも少し手間取っているようで……」
橋田は石和の返答がないのを気にして言葉を続ける。
「分かった。できるだけ速やかに進めてくれ。私は大臣や来賓の相手をしてくる」
石和はそう言うと、大臣達が座るテントの方へと向かっていった。
試験場に並ぶ六輌の戦車は、現在四葉重工業が開発中の多脚無限軌道戦車だ。多脚無限軌道戦車とは、従来のキャタピラのついた戦車として運用することはもちろん、市街地戦闘などの場合に多脚戦車に変形し運用することができる戦車のことだ。
開発コードはテトラ。今日ここに来ている試作機は全て灰色で、それぞれ別の製作所で別個で開発されているもののため、機体ごとに若干仕様が異なる。
橋田が開発に直接関わっているのは、「1」というステッカーの貼られた相模原製作所で作られた一号機だ。
240ミリの主砲は車体に収まるほどの長さなのが特徴で、13.2ミリの自動機関銃が砲塔上面に二つ付いている。キャタピラの機動部分が、左右とも前後二つに分かれていて、通常時はそのキャタピラを地面につけて走行するのだが、多脚戦車へと変形する場合は、その二つの機動部分が蟹の足のように立ち上がり、四足で移動することができるようになる。多脚戦車になった際も、それぞれの足の先はキャタピラとなっているため、歩くだけでなく通常時より速度は落ちるが走行することも可能だ。
乗員は三名だが、AIを搭載しているため一人や二人で動かすことはもちろん、無人で戦闘を行うことができる。
携帯が鳴ったのでポケットから取り出すと、有川からだった。橋田はイヤホンを押して電話に出る。
「もしもし」
「あぁ、もしもし。その……今日はありがとう」
有川は唐突に礼を言ってきた。
「いや、気にすんな。俺にできることならなんでもするって言っただろ」
実は橋田は、今日の試験に有川を呼んでいた。
普通なら仮処分中の、しかも四葉電機の一社員が見に来られるものではないのだが、有川にどうしても君の作ったロボットが見たいと頼まれてしまい、なんとか都合をつけた。
「ほんと感謝してる。見に来れてよかった」
「今はどこで見てるんだ? まさか来賓のテントで見てるわけじゃないだろ?」
橋田は笑って言った。
「そりゃもちろん。裏の施設の方から見てる」
橋田は後ろを振り返り、建物の方を見た。
「なるほど。そこからならよく見えそうだ」
「あぁとってもよく見える。試験はいつごろから始まるんだ?」
「もう少しだと思う。今整備ロボが最終チェックをして、それぞれの車両をネットワークに同期させてるところだ」
「共同戦闘の試験だったよな」
「そうだ。今やネットワークを使ったリアルタイムでの情報共有は当たり前だからな。そういった戦いが現段階でどのくらいできるかを試す実験だ。だから今日は全部無人で動かす」
「なるほど。奥の方に見える別の戦車はなんだ?」
試験場の右手奥には、十台ほどの別の戦車が停まっている。
「あれは38式戦車だ。今日はあれを敵の戦車と見立てて、空砲を使った模擬戦闘をやるんだ」
「そうか……。楽しみだ」
「この前も説明しただろ」
携帯画面に「最終チェック終了」のメッセージが届いた。
「整備が終わったみたいだ。いよいよ試験開始だ。せっかく来たんだ。瞬きせずに見てろよ」
「あぁ、一時も気が抜けないよ」
有川がそう言ったのを聞くと、橋田は電話を切った。
いよいよだ……。俺は小さい頃からSFが好きで、多脚戦車に憧れていた。その夢が今目の前にある。
橋田はイヤホンを押して、本部テントに指示を出す。
「テトラと38を所定の位置に移動させてくれ。まだ戦闘はさせるなよ」
指示を聞いた本部テントの社員が、六輌のテトラは試験場の左手へと移動させ、38式戦車を右奥から試験場の方まで出して隊列を組ませる。
視察テントの方を見ると、部長がやっとかという様子でこちらを見ている。
山の向こうに大きな入道雲が見えた。
――電監庁舎 地上12階
『茨城県警から入電中。茨城県警から入電中。茨城県水戸市千波町二丁目の住宅で、介護ロボットの暴走が発生した模様。繰り返します。茨城県水戸市千波町二丁目の住宅で、介護ロボットの暴走が発生した模様。在庁員は至急現場に向かって下さい』
監視第一課のフロアに放送が響いた。
しかしその放送を聞いたのは、当番の春香と麻倉だけだった。
「在庁員って言われても、もう私達しかいないじゃん」
麻倉が周りを見渡す。
「電網部に付近のPoSuを切るよう伝えて」
麻倉の指示でAIがメッセージを電網部に伝達する。
今日は朝から放送が鳴りっぱなしだ。東京の八王子に始まり、埼玉、千葉、群馬、神奈川、栃木、山梨、そして茨城。
「これって同時多発暴走ってやつですかね」
教科書の中でしか見たことのない言葉を春香が使う。
「さあね。さっきから暴走してるのが介護ロボットばかりだから、もしかしたら同製品のトラブルの線もある」
麻倉はそう言いながら、レイドジャケットを羽織る。
「でもこれ以上事件が続くようなら二課の手も借りることになるかも」
二人はオフィスを飛び出し、ヘリポートへと向かう。
「まだ確か一台残ってるよね」
春香が端末で確認する。
「はい、あと一台だけ」
「ぎりぎりってわけね」
ロボット事件のほとんどは大都市で起きる。人口に比例してロボットの台数も多くなるから当然だ。それに暴走はそう毎日起きることではない。トゥレラのような重大な事態は更に稀だ。
廊下を歩く二人のイヤホンに通信が入る。
「課長の黒田だ」
課長の声はやけに緊迫感があった。
「庁舎に残っている職員に通信を送っている。誰かいるか」
「監視一課、御木です。一課では私と麻倉さんだけです」
「そうか。実は今、東北さんと関西電監さんから連絡があったんだが、あちらでもロボットの暴走が管区のあちこちで起きているらしい」
廊下を進む二人の足が止まる。
「それも管区内の都道府県一つにつき一件。同時多発どころの騒ぎじゃないよ、これは。今この事態が日本中で起きている」
春香と麻倉は顔を見合わせた。
「それってテロじゃ……」
「その可能性は高い。非番や休日の職員にはすでに緊急招集をかけてある。警察にも協力を要請することになるだろう。これがもしテロや人為的な犯罪なら、犯人の目的は電監職員をバラけさせることにあるのかもしれない。君たちは庁舎に残っていてほしい」
「「了解しました」」
「頼んだよ」
通信が切れても、二人は廊下に立ち尽くしたままだった。
「何が起きてるっていうの……」
麻倉が深刻な表情で呟く。
「いえ、何かが起き始めてるんです」
春香は窓の外の東京の街並みを見つめた。
この国で何かが起きようとしている。ロボットの暴走は単なる偶然じゃない。テロか戦争か。
廊下は不気味なほど静かだった。
「いよいよなのかな」
白髪頭の
「えぇ。部下からの連絡をもらっています。もうまもなくはじまります」
大臣の隣に立つ石和が答える。
視察テントの下には三十席ほどのパイプ椅子が並び、そこには防衛大臣を始め、防衛省の高級官僚、四葉重工業社長や開発チームのメンバー、テトラの主砲を作った大和製鋼所の社員、自衛隊関係者などが軒を連ねて座っている。
「岩楯さん、これだけ待った価値のあるものが見れますよ」
大臣の左に座る四葉重工業の社長、
「そうでなくては困る。あれは五年以内に制式採用しようと思っているんだからね」
岩楯が前を見たまま言う。
「分かってますよ。変形戦車は今後の主力戦車になっていく。でもあなた達は、私達が仮にガンダムを作っても、制式採用しないといけないのでは」
牧田がほくそ笑みながら言った。
「政府をあまり舐めるなよ」
「私達だって内戦は避けたい」
牧田が余裕そうな表情を浮かべた。
石和はこの二人の会話を一人で勝手にハラハラしながら見ていた。
これでは誰がルールなのか分からない。政府が国の統治機構として成立していたのは、結局のところ軍隊を持っていたからだ。普通の組織が持つことのできない大量の兵士を持ち、大量の兵器を持っていたからこそ、政府に楯突く者に言うことを聞かせることができた。
しかし、無人兵器が実用化され、兵器を作る企業がある意味軍隊を持つことができるようになってしまった。法律による縛りがあるとはいえ、隠れて大量に生産されてしまえば、場合によっては正規軍の力を上回る可能性がある。
さらに企業は、グローバル企業ともなれば小国の予算以上の資金力があるが、それで養わなければいけない社員は国よりも圧倒的に少ない。先進国の予算はたしかに巨額だが、そのほとんどは社会保障費に消え、自由に使える金はほんのわずかだ。
今や、世界の正義側を名乗る国々の仮想的は、なんとか主義国やなんとか教を信じる文化圏ではなく、グローバル企業となっている。
「せ、制式採用されることになったら、テトラは60式戦車……とかですかね」
石和は雰囲気を少しでも和ませようとする。
「制式採用するかしないかは、今日の結果を見て決める。ガンダムなら我々は買わん」
岩楯は毅然とした態度でそう言った。
「が……ガンダムではないですから大丈夫ですよ」
石和が愛想笑いを浮かべた。
キーンというハウリングの音が第一試験場に鳴り響き、アナウンスが流れ始める。
『皆さま、大変お待たせいたしました。私はこの度開発コードテトラの研究開発チームのリーダーを務めさせていただいております、橋田智之と申します。本日はテトラの共同戦闘能力試験を実施させていただきます。まず、右手に見えます38式戦車を敵の戦車としそれらが右から左へ侵攻してきます。えー……左手に集合しているテトラは、それぞれが得た情報をネットワークで共有し、敵を迎撃します。試験では空砲を使用するため危険は少ないですが、やや大きな音がしますのでご注意ください。……それでは、共同戦闘能力試験を開始します』
橋田のアナウンスが終了すると、隊列を組んでいた十輌の38式戦車がゆっくりと前進を始めた。38式戦車は、2038年に自衛隊に制式採用された現在の主力戦車で、テトラと同じように180ミリの主砲が短いのと車体下面の装甲が厚いのが特徴だ。車体は全てオリーブ色なため、テトラの灰色と見分けがつきやすい。もちろん38式もAIによる無人操縦となっている。
広場の中央に移動してきた38式が、右、中央、左と三方向に、三、四、三で分かれ、さらに前進する。
六輌のテトラは、広場に無造作に配置された遮蔽物に上手く隠れながら、前進してくる38式をマーキングしていく。
しかし当然、38式にもネットワークはあるわけで、数の有利がある38式の方が情報量は多い。
そんなことはここにいる誰もが分かっていた。その上で敢えて橋田は敵の数をテトラよりも多くしていた。そのほうがテトラの性能をよりアピールできるからだ。
侵攻を続けていた38式が一斉に動きを止め、砲塔についたカメラを動かす。
現在、両戦車は遮蔽物が壁となりお互いが見えていない状態だ。
38式のカメラは二、三周回った後、動きを止める。
戦うことを想定して作られたフィールドで人の乗っていない戦車の戦いを見るのは、ある種のスポーツやゲームを見ているようだ。
視察に来た人々はどれだけ面白い試合が行われるのか、期待に胸を膨らませ、成り行きを見守る。
橋田にとっては、子どもの運動会を見ているような気持ちだった。自分たちの子どもがどれだけ活躍するか、その勇姿をしかと目に焼き付けようと戦車を穴が開くほど見つめた。
テトラと38式は、エンジン音やモーター音、キャタピラの回る音などが発する超音波を分析し、敵の位置を予想することができる。
しかしその性能には、二十年近くの技術の差があった。38式が車体のあちこちに取り付けられた専用のセンサーで情報を拾うのに対し、テトラは車体表面全体がセンサーの役割を果たしているのだ。
六輌のテトラがそれぞれ収集した情報はネットワークを介して共有され、並列処理で戦場の予想マップを作り上げていく。その処理速度も38式の比ではない。
敵よりも早く状況を把握したテトラが先に動いた。一秒とかからず車体を多脚モードへと変化させると、4メートル近い遮蔽物を助走もなしに飛び越え、空中で足を使ってバランスを取りながら遮蔽物の向こう側にいた38式戦車を狙って主砲を撃つ。
ドォンという轟音が試験場に響き、テントの下にいる何人かが耳を塞ぐ。
恐ろしい発砲音に続いて爆発音がした。遮蔽物を飛び越え着地したテトラの前には、真上から被弾した38式の姿があった。
「なっ……」
視察テントの裏、ロボットの制御を担当している本部テントで試験の様子を見守っていた橋田が声を上げた。
「試験は空砲のはずだろ……」
最初に攻撃を仕掛けたテトラに続き、他の5輌のテトラも遮蔽物を飛び越え、敵への攻撃を開始する。次々と轟音が鳴り響き、さらに5輌の38式が大破する。
橋田のイヤホンに石和からの通信が入る。
「これはどういうことだ……」
大臣達が近くにいるせいか石和の声は小声だったが、その声は怒りに満ちていた。
「す、すみません。私にも何が起きているのか……。整備ロボには空砲を詰めるよう指示したのですが……」
橋田はしどろもどろで答える。
「だが実際こういう状況になってるじゃないか!」
いきなり半分以上の戦力を失った38式が、急いで態勢を立て直そうと後退を始める。しかしテトラはそれを許さないという様子で、遮蔽物から遮蔽物へと、すばしっこい虫のように移動し、38式を追い詰めていく。
「すみません……」
橋田は額から溢れ出る汗を服の袖で拭いながら謝る。
「いいか。この時点で重大な損害が出てる。38式が全て破壊されてしまわないうちにすぐに試験を中止するんだ」
石和はキツイ口調で命令する。
「わ、分かりました」
橋田はすぐ隣でテトラの行動管理をしていた八木に命令した。
「おい、今すぐ試験を中断しろ。部長からの命令だ」
「で、ですが、今彼らは自立行動中で、強制停止させるとシステムに影響が」
「そんなことは知ってる。いいから早くやれ」
八木は手元のパソコンからテトラへ強制停止信号を送る。
38式の機銃攻撃に対抗するように機銃を打ち返していたテトラが一斉に動きを止める。弾幕が消えた隙を突こうと38式が物陰から主砲を出して砲撃を始める。
「おい、38も強制停止だ!」
八木の隣で38式の行動管理をしていた笹沼が慌てて停止信号を出す。
砲撃が止み、試験場は水を打ったように静かになった。だがそれとは逆に視察テントの方がざわつき始める。
「なんだね、始まったと思ったらすぐに終わって。それに試験では空砲を使うはずじゃなかったのか」
岩楯防衛大臣が不機嫌になって言う。
「い、今原因を確認中です」
石和は大臣をなだめながら、38式を自衛隊から借りなかったことを心底良かったと思った。
「なに、元々実弾を使うつもりだったんですよ。でも空砲と聞かされていた方が驚かれるでしょう」
牧田社長は口でそう言いながら、目では石和に「早くなんとかしろ」と言っていた。
「なにバカなことを。空砲なら空砲、実弾なら実弾。試験はサプライズではないんだ。これは君らのミスじゃないのかね」
岩楯は牧田を睨んで言った。
「ミスと言うならば、空砲と言ってしまったことがミスです。我々は初めから実弾を使用した試験を行うつもりでした。なぜなら戦場では実弾を使うから。当然でしょう」
「それならさっきから彼が慌てた様子でどこかに連絡を取っているのはなぜだ」
岩楯は石和を指差した。
「いえ、私は、その……実弾と聞いていたのに空砲とアナウンスされ、結局は実弾だったため、その確認をしていただけで……」
岩楯は鼻で笑った。
「まあなんでもいいが、今日はこんなものを見るためにわざわざここまで来たわけではない。早く試験を再開してくれないか」
「はい。今大至急原因を解明し、試験を再開させます」
石和はそう言うと、テントから離れ、また橋田に連絡をする。
「防衛大臣が早く試験を再開させろと怒っている。それに社長が元から試験は実弾で行うはずだったと言ってしまった」
「え……どうしてですか。テトラの共同戦闘はまだ開発中です。だから試験を行っているんです。そんな段階でこれ以上実弾を使用した試験は危険です」
「だが、岩楯さんはこれまでの大臣と違い、いらないものはいらないと突っぱねるつもりだ。今日の試験が失敗ということになれば、我々の立場がない。危険は承知だが、実弾で試験を続行してくれ」
橋田は黒煙を上げる六輌の38式を見つめ、時が止まったように臨戦態勢のまま固まる各戦車を眺めた。
「分かりました……。システムの点検後、再起動します」
橋田の返事に石和はほっと溜息をついた。
「いよいよか……」
有川は何かを心に決めたように言った。彼の手元には、端末が握られている。
「橋田、ありがとう」
有川はそう小さく呟き、端末を操作する。その画面には、テトラのコンソールパネルが表示されていた。彼は一号機から六号機の制御権を本部から自分の端末へと移譲させ、テトラ六輌を完全に支配化に置く。
こうでもしなければ社会は変わらない。
いつか誰かがやらなきゃいけなかったんだ。
声を上げなければ、人は権利を与えてはくれない。
有川は全機を再起動させた。システムの点検のためにテトラに張り付いている整備ロボが異変に気付き、事態を把握しようとする。
有川は画面を切り替え、試験場の整備ロボのコンソールを開き、計二十四台の整備ロボにテトラから離れるよう指示を出す。
彼らはやる気を失った従業員のようにテトラから離れ始める。
「おい! 整備ロボは何をしてるんだ」
命令を急に放棄したロボ達を見て、橋田が叫ぶ。
「わ……分かりません。こちらからの再命令を受け付けません」
八木が慌てて答える。
「暴走か……?」
「いえ、彼らへの制御権は機能しています」笹沼が言う。
「じゃあなんでだ。なんで奴らは命令を無視してる!」
パソコン画面を凝視している八木が静かに手を上げた。
「せ、制御権が……。制御権が我々にありません」
本部テントの職員が一斉に息を呑んだ。
「制御権がないって整備ロボのか。そんな馬鹿な」
「いえ……整備ロボだけじゃありません……。て、テトラの……テトラの制御権が我々にありません!」
八木は怯えながら橋田を見上げて言った。
その瞬間、再起動を知らせるランプが六輌のテトラに灯り、まだ止まったままの38式に向かって主砲を撃った。次々と爆炎が上がり、テトラは残党がいないかをセンサーで確認し始める。
うまくいった……。
テトラが完全に自分の制御下に入ったことを有川は喜んだ。
「橋田さん、何が起こっているんですか?」
笹沼が残った二輌の38式を逃がそうと再起動信号を送りながら言う。
「分からん。俺にも分からん」
橋田のイヤホンが鳴る。
「おい、何してるんだ! まだ再開していいとは言ってないぞ」
部長が大声で怒鳴る。もう周りを気にしていられないようだ。
「すみません……。私にも何が起きているか分からないんです」
「分からないとはなんだ! 早くあれを止めろ」
テトラが後方に控えていた38式を見つけ、そこへ三輌が直行する。まだ38式は再起動できていない。
「制御権が私達にないんです。だからここからはどうすることもできないんです!」
橋田は情けなく叫んだ。石和は絶句していまし、何も言うことができない。
「38式再起動しました!」
笹沼の声が聞こえた時、二発の発砲音と共に二輌の38式から黒煙が上がる。
有川はそれを見て手に持った端末を口に近づける。
『皆さん、驚かしてすみません』
彼の声が六輌全てのテトラのスピーカーから試験場全体に響き渡る。
「この声は……有川……?」
橋田は慌てて後ろを振り返り、建物の方を見る。しかしそこには人影はない。
『ちょっとした、その……手順を踏む必要があったもので』
有川は淡々と語る。
「おい、八木、この声はどこから来てる」
「一般回線です。多分どこかの端末からかと」
「くそっ!」
橋田は拳をテーブルに叩きつけた。
「橋田君、これはどうなってるんだ」
直接本部テントへやって来た部長が橋田を問い詰める。
「すみません。私のせいです」
「そんなことはいい。この声は誰なんだ」
「有川です。有川葉です」
橋田は俯いて答えた。
「有川……そいつはこの前の暴走したプログラマーだろう。なんで彼がここに」
「彼は私の友人で、今日の試験に呼んでいました……」
石和は呆れたという表情で溜息をついた。
広場全体に散らばっていたテトラがぞろぞろと広場の中央に集まり始め、主砲や機銃をテントの方へ向け、横一列に並んだ。
視察テントの中がざわめき、要人の警護にあたっていた警備ロボとSPがテトラに銃を向ける。
「なに、これも余興かね」
岩楯防衛大臣は少しにやついて言った。
「いや……これは……」
牧田社長の顔からは余裕の色が消えていて、事情を知る者がいないかと辺りを見回す。
『まだ状況を飲み込めていない人が大概だと思うので、まずはお話をしたいのですが、そんな物騒なものを向けられていては落ち着いて説明もできないので……」
テトラが砲塔を動かし、視察テントの左右に立つ警備ロボやSPに狙いを定める。
『それを下ろしてもらえませんか』
有川からの忠告が聞こえなかったかのように、彼らは銃を下ろさない。
『もう一度言います。銃を下ろしてください』
SPたちは互いに目で合図をして、ゆっくりと銃を下ろす。そしてリーダーの男がイヤホンで指示を出し、警備ロボ達も銃口を下に向けた。
『ありがとう』
そう言った有川の声が聞こえたと同時に、テトラ達の機銃が一斉に火を吹いた。SP達は身体を狂ったようにくねらせ、血を吹き出してその場に倒れた。警備ロボ達はボディが蜂の巣になり、動かなくなった。
ざわついていたテント内が、一瞬で静かになる。
よし、いいぞ。いいペースだ。この場は完全に僕のものになりつつある。
有川の目がギラギラと光った。
「牧田君、これは冗談ではすまないよ」
岩楯がじっと動かずそう言った。牧田は恐怖で身体が震え、立ち上がって逃げようとしたが、その場に尻もちをついてしまった。
『下手な邪魔が入ると困るので。皆さんも僕の指示があるまではその場を動かないでください。機銃じゃあ一人だけを撃つっていうのは無理なので』
有川は不気味に告げた。
本部テントから橋田が有川の携帯に電話を掛けるが繋がらない。
「君はなにがしたい」
岩楯が座ったまま、大声でテトラの方へ呼びかける。
『あなたは黙っていてください』
テトラたちが砲塔を左右に振って、妙な動きをする者がいないか見張る。
『役者は全て揃った。それでは話し合いを始めましょう。まずは僕の自己紹介から。僕は有川葉、大臣の脇に座っているあなたならよく知っているんじゃないですか?」
有川がテトラのカメラを操作して牧田を映す。牧田は口をパクパクさせて何も言えない様子だ。
「岩楯さん、政府に緊急連絡を入れましょうか」
岩楯の後ろに座っていた大臣の秘書官が小声で彼に告げた。
「待て、大事にはしたくない。まずは彼と繋いでくれ」
テトラの機銃が脅すように小刻みに動く。
『それ以外にも知っている人はいるでしょう。四葉の圧力で報道されていませんが、僕は完全義体であることが会社にばれ、解雇されたプログラマーです』
橋田はパソコンを操作し、テトラを操っている端末がどこにあるかを探ろうとしていた。しかし、自分たちがテトラに与えたセキュリティのせいで、全てのアクセスが弾かれてしまう。
岩楯のイヤホンが同じテントにいるある人物と繋がる。
『これはかなりまずいですね』
通信の相手は九条だった。
「それは分かってる。これをどうする」
『まずは相手の出方を見ましょう。何をするにもまずはそこからです』
「分かった。全ては君に任せる」
岩楯は九条との通信を繋いだままにして、イヤホンから手を離す。
『なぜ僕は解雇されなければならなかったのか。それは僕に人権がないからです。機械人間に人権を与えようとしない社会のせいです』
有川が急に語気を強めて言った。
『人権を手に入れること。それが僕の目的だ』
その言葉を聞いて、橋田はハッとした。彼は騙されていたのだ。試験をぜひ見たいというのも、この計画のための嘘だったのだ。
有川は橋田を利用し、試験への見学パスを手に入れると、朝一番に試験場に来ていた。そして、整備ロボをオンライン上からハッキングし、整備ロボに実弾を詰めさせ、テトラのネットワーク同期作業の際、有川の端末用のバックドアを仕掛けさせておいたのだ。
テトラのセキュリティは厳重でハッキングは不可能だが、それに比べて整備ロボのセキュリティは甘い。有川の機械の頭脳があれば、それを破ることはそう難しいことではなかった。
有川の宣言を聞いて誰しもが黙ってしまっていたが、またしても口を開いたのは岩楯大臣だった。
「分かった。君のことは私も知っているし、君の気持ちも理解できる。私から総理に掛け合おう」
『あなたは黙っていてくださいと言ったはずです。あなたには何もできない』
岩楯は少しムッとして言い返す。
「少し失礼じゃないか。私だって一大臣だぞ」
『言い方が悪かったですね。あなたは何もできないんじゃない。何もしたくないんです。機械に人権が認められれば、これまでみたいに際限なく戦場に兵器を送り込むことができなくなる。違いますか?』
有川はいじらしい笑みを浮かべて言った。
岩楯は一瞬言葉を詰まらせたが、すかさず言い返す。
「だいたいな、顔も見せず、要求だけするのはいささか卑怯じゃないか」
岩楯がそう言い終えた時、左端のテトラが主砲を一発発射した。弾頭はテント裏の建物の壁に穴を開けた。
『まだ状況が分かってない人がいるようですね。僕は頼み事をしてるわけじゃない。命令しているんです。いいですか、今から一時間以内に完全義体化した人間に人権を与え、僕の犯した犯罪全ての免責をすること。それが命令です。できなければ……人が死ぬことになる』
その言葉を聞いて、テントの中の人々は機銃で撃たれたSP達を思い出した。
「ば……バカを言え。要求ならもっとマシなものを言ったらどうなんだ。君は重罪人だ、それに仮に今すぐ国会に法案を提出したところで、一時間でどうこうできるものじゃないだろ」
岩楯は顔を真っ赤にして言う。
『だからあなたは黙っていてくださいと言ったんです。僕だって馬鹿じゃない。一時間で法律が施行されるとは思っていない。でも……条例なら、それも特別行政区なら、話は別なんじゃないですか? ねぇ、牧田社長?」
突然名前を呼ばれ、牧田は身体をビクッとさせた。
『社長、四葉傘下の特別行政区内全てでさっきの命令全てを実行してもらいたい。もちろん一時間以内に。どうですか? できますよね?』
テトラのスピーカーから聞こえてくる恐ろしいまでに冷静な声は、牧田を完全に硬直させた。
『まあなんでもいいです。もう時計は動き始めていますよ。皆さん、電話やメールはご自由に。ですがここから逃げようとすれば、その場で射殺しますので』
有川がそう言い終えると、六輌のうち三輌がすばやく広場の土手を登り、テントの左右と裏に陣取った。これでテントから誰も逃げることはできなくなった。
その様子を眺めながら、岩楯がイヤホンに手を添える。
「九条君、君から電監に連絡を」
『もうすでに連絡はしてあります。ですが中央は首都圏全域で起きている暴走で出払っていて庁舎にほとんど人が残っていないようです』
「中部や東北に協力を要請できないか?」
『それが今日本中で暴走が同時多発しているようで、どこも人手不足だと……』
九条の報告を聞いて、岩楯はこれが綿密に計画されたものであることを悟った。
「まずは報道管制をしけ。その上で中央からできるだけ人をこっちに回すよう言ってくれ」
『分かりました』
九条は岩楯の通信を切ると、すかさず電監に繋いだ。その他の者たちも関係各所に連絡を取り始めている。
耳に手を当て、手元で携帯を操作する人々を、有川はテトラ一号機の操縦席から眺めていた。
目の端にSP達の死体に映ったが、大して気にならなかった。
自分は正しいことをしているという絶対の自信があるからだ。
人類の文明を大きく前進させるための、最初の一歩であると確信していた。
機械を人間と認め、人間が機械となり、人間と機械が融合していくことで更に高度な知能を持つ生命体へとなれる。そのための第一歩がこれなのだ。
何事も変化には犠牲が必要だ。人の血が流れる必要がある。
だけどその犠牲の何倍もの価値が、これにはある。
有川の目はそれを信じて疑わない色をしていた。
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