第6話 006

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 電監庁舎24階の食堂で、春香は残り少なくなったパエリアをつつきながら言った。

「いいよ。なんでも聞いて」

 麻倉はピンク色のスープに入ったうどんのような麺をすすった。

「神崎さんのことなんですが……」

 春香はそう言いながら、麻倉の食べているうどんを覗く。どんな味なのかも、そもそもあれがうどんなのかも分からない。あとでメニューをもう一度見直してみよう。

「神崎のこと? なに、お尻触られた?」

 麻倉はからかうように言った。

「触られてません。いや、てかそうじゃなくて、なんていうか神崎さんの行動が分からないっていうか」

 春香は俯きながら言った。

 今日麻倉と春香がお昼を共にしているのは偶然だった。春香が食事をしているところに後から麻倉が来て、せっかくだから一緒に食べようということになったのだ。

いつもクールでスマートな麻倉の意外な一面を見た気がしたなと、彼女のうどんを見ながら春香は思った。

「他人のことなんてみんな分からない。どんな凄いコンピュータを使ったって未だに人の心は未知の領域だからね」

「あの、そういう話ではなくて、神崎さんと私ってなんか合ってないのかなって思って」

 春香は、昨日のアンダーグラウンドでのことを思い出しながら言った。あのあと結局三時間近く監視を続け、ほとんどのロボットは神崎が処分した。

「分かってる。まあ、あいつはあれでなかなか面倒くさい奴だからね」

 麻倉が遠くを見つめながら言った。春香は、麻倉がおそらく年下のはずなのに神崎を呼び捨てにしていることに気付いた。

彼女もこの部署設立時からのメンバーなのだろうか。

「神崎の昔のこと、知りたい?」

 麻倉は人を吸い込みそうな緑色の瞳で春香を覗きこんで言った。

「え……あ、教えていただけるなら」

 春香が視線を斜め下に逸し答える。

「ま、これから一緒に仕事していく仲間なんだし、知っておいて損はないもんね」

 麻倉はそう言うと、器の中のうどんを箸で一気にすくい、それを一口で頬張った。そしてそれを流し込むように器を持ち上げ、スープを飲み干す。食器の中が空になると、麻倉はコップで一口水を飲むと、上品に紙ナプキンで口を拭いた。

「神崎はここに来る前、PMCにいたのよ」

 PMCとはprivate military companyの略で、民間軍事会社のことだ。

「ほら、四葉グループ傘下のブラッククローバーってあるでしょ。そこにいたの」

 現在国内にPMCはブラッククローバーを含め三つあるが、そのうち二つはブラッククローバーの派生組織であり、実質日本のPMCはブラッククローバー1つということになる。無人兵器の実用化と共に崩れた政府と企業のパワーバランス。それを象徴することの一つが、PMCの認可だ。

「そこでなにを」

 春香はスプーンを皿に置いて聞いた。

「んー、まあそりゃ軍事会社なんだから戦争とかそれに関連したことをしてたんだろうけど、ほとんどは守秘義務があるからって私も聞いたことがないの。でも彼は電子機巧部の初期メンバー。ってことから、なんとなく分からない?」

 電監に電子機巧部が設置されたのは、約五年前。そして、五年前と云えばフロンティア戦争が終わった年だ……。

「フロンティア戦争と何か関係が?」

「ビンゴ。私はそう考えてる。だっておかしくない? ブラッククローバーっていったら仕事は危険だけど、物凄いエリートしか入れない会社よ。それを辞めてこんな新設の部署に入るなんて」

「でも戦争で、例えばPTSDなんかを患って辞めたとか……」

「PTSDなんてあそこの社内の病院ですぐに治せるわよ。絶対そんな理由じゃない。神崎は何か理由があってここに入ったんだと、私は思う」

「その何かってなんですか?」

「そんなの私も分かるわけないでしょ。でも、電監には捜査権があって、捜査なんてたまに調査課がやるくらいなんだけど、神崎はよくよく非番の日を使って捜査してるのよね。まあ、理由も目的も私は知らないけどさ」

 麻倉はそう言うと立ち上がり、

「じゃ、私これから指導あるからもう行くね。今日は一緒に食べられてよかったよ」

 と言い残し、お盆を持って食器返却口へと歩いていった。

 神崎が電監にいる理由。それが彼を動かしているのかもしれない。人間とロボットを完全に割り切る彼の考えが、先の大戦が関係しているとしたら、まずやることは一つしかない。

 春香は残ったパエリアをスプーンで一気にすくい、それを一口で食べた。

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