第3話 003
電監の所有する車両は主に二種類あって、一つは朝に神崎が乗ってきていたパトカーの色違いのような車で、上に載っけたランプが青、黒の代わりに紺色が塗られたセダン型の通称電パト。もう一つは、自衛隊の軽装甲車のような見た目をしていて、色は白とグレー、運転席の上に小さめの青いランプがついている特殊装甲車。外部からの電子的な影響を一切受けないようにスタンドアローン構造になっていて、装甲は強力な電波防御壁でできている。Stand Alone Truck、略してSAT(エスエイティ)と呼ぶこともある。
神崎と春香が特殊装甲車に乗り込むと、続いて男女二名の職員が乗り込んできた。
「翔君、これ定員4名でしょ? もう出しちゃってよ」
神崎翔吾のことを翔君と呼ぶこの男は、
「いいや、6名だ。だが、お前ら二人がいれば十分だ。出発するぞ」
車は神埼がアクセルを踏まずとも発進し、それに合わせ神崎がサイレンを鳴らした。
「神崎は私達を買いかぶりすぎ。代執行はチームワークが大切なの。特に今回みたいなのはね」
鳥居の脇に座る女が口を開いた。深い青色の髪を前も後ろもぱっつんと綺麗に切りそろえてある彼女の名は、
「あなたが今日から入った新人さん?」
「あ、はい。御木春香といいます。よろしくお願いします」
「さっき翔君といがみ合ってたのは君か。なるほど……丸めた絨毯みたいで可愛いな」
鳥居もルームミラー越しに春香を見ながら言った。
「鳥居って基本クールなのに、例えが絶望的に下手なの。春香さん、気にしなくていいからね」
「は、はぁ……」
「お前らには緊張ってものがないのか。今日のは甘くねぇぞ」
神崎が二人をたしなめるように言った。
「そんなことは知ってるさ。でもいつも通りでいたほうが下手に緊張しなくてすむからね」鳥居が言う。
「御木、こいつらはお前と同じ一班の所属だ。男のほうが鳥居誠。女のほうが麻倉水希。班内で一応の役割分担はあるが、現場ではそれぞれが今できることをやるのが基本だ。御木は今日が初陣だから、後方支援ってことになるだろうが、現場ではやれることをやれ」
「分かりました」
サイレンを鳴らしているので一般車両が道を開けるため、電監庁舎を出てすぐに首都高環状線に入ることができた。十年ほど前に完了した東京の都市改造により首都高は昔のような渋滞を起こすことはなくなり、車は渋谷へ時速100kmで向かう。
『各職員に告ぐ。現場は、才葉大学東校舎一階の大講堂。建物内の民間人による報告では、暴走したロボットは計五台。警備ロボット四台に介護ロボット一台だ。各車両に大学構内のマップと建物内の詳細マップと設計図、それと講堂内の監視カメラ映像を送る』
無線機からの通信が入ると、車の窓ガラスに講堂内の監視カメラ映像が映し出された。
講堂の出口二つは、肩幅の広い警備員のような見た目をしたロボットが塞いでいて、近づこうとする者をその長い腕を振り回して追い払う。人々の大半は演壇の上に集められ、降りる者がいないようにここでも二台の警備ロボットが見張っている。情報にあった介護ロボットらしき、比較的人間的な見た目の白いロボットは、演壇に登らず講堂内を逃げる人を追い回し、一人また一人と捕まえると、それを担いで演壇に上げる。
『トゥレラウイルス感染の疑いが強い。各職員、一型装備で現場に入ること。SATはこれよりスタンドアローンで運用しろ。これ以後、通信は行わない。以上』
通信が終わると、神崎が手元のスイッチを入れ、ブゥンという音と共にガラスに映っていた映像が消えた。元々窓の小さく薄暗かった車内が更に暗くなる。
「今のなんですか?」
「スタンドアローンモードに入った。これでこの車両は外と電子的に完全に孤立した。携帯の電波も入らない」
春香が自分の携帯を見るとたしかに「圏外」になっている。
「トゥレラはいかなる防護壁も打ち破ってくる。ミイラ取りがミイラになってるようじゃ適わないからな。これがこういった事態に警察が動けない理由だ」
神崎は真っ直ぐ前を見つめながら言った。
トゥレラウイルス。これが今、日本のみならず世界中で問題となっているコンピュータウイルスだ。存在が確認され始めたのは、フロンティア戦争が終わった五年前の2050年頃。それまで全国で年に一、二件ほどしかなかったロボット暴走件数が2050年は五十件以上発生し、事態を重く見た総務省と民間のセキュリティ会社が調査を開始。その結果、のちにトゥレラと名付けられるウイルスが発見され、それが大量暴走の原因と分かった。
総務省は直ちに省令を発令し、電子機器とロボットの製造元にトゥレラウイルス対応のセキュリティへのアップデートを義務付けた。
しかし、トゥレラはネット上のいたるとこに潜み、常にその形を変え、セキュリティを突破してくる自己改良型ウイルスであったため、次の年の暴走件数は百件を越え、去年は、東京都内だけで百五十件以上、全国では五百件以上が報告されている。
新しい型のトゥレラが発見されるたびにアップデートが繰り返されるというウイルスとロボット会社のイタチごっこになってしまっている。
トゥレラの特徴はプログラムの自己改良だけでなく、感染によって引き起こされる暴走が人間やロボットを襲うことを目的としていることにある。バグや他のウイルスによる暴走の場合、ロボットは正常な動作ができなくなるだけなのだが、トゥレラに感染した電子機器やロボットは積極的に人間やロボットに危害を加えようとしてくる。それ故、暴走による被害は深刻で、トゥレラの存在が認知される前は現場に駆けつけた警察のロボットが感染してしまい、逆に警官が襲われるなんてことがよくあった。
「各自、端末で内部のマップを確認しておけ」
と神崎が言うと、鳥居と麻倉がコンソールボックスからメダルのような形をした透明の端末を一枚ずつ引き抜いた。春香もそれに習う。
端末の表面にタッチするとホログラムの画面が浮かび上がり、現場の講堂の図面が表示された。
講堂は才葉大学の東校舎の一階にあり、正方形の大きな部屋の南に演壇が設置され、そこから放射状に座席が配置されている。北側には二つの出口があり、そこを出ると少し空間があり、さらに両開きのドアが二つある。そこを出ると講堂の外に出ることができ、トイレとロビーがある。そこからさらにもう一つ出口を抜けると、東校舎の外に出る構造となっている。
「現場についたらその端末に監視カメラ映像を解析した、リアルタイムマップが表示される。ロボットや人の位置はそれで確認しろ。ウイルスの侵入を確認した場合はそれを叩き割れ」
「はい」
神崎の言葉に春香が返事をした。
「もうすぐ到着だが、最後に本日の作戦を大まかに確認しておく。まだ令書に対する返事がないらしいが、今回はおそらくリリーシングが主になると思う。警備ドローンはパルスグレネードが効かないらしいから、特殊銃弾を使うことになるはずだ。介護ロボットのほうは、ハッキングで対処したいが、場合によってはリリースしろ」
「了解」
三人が声を揃えた。
車は高樹町の料金所で首都高を降り、六本木通りに入った。そのまま道なりに進み、渋谷二丁目の交差点で右に曲がると、現場の才葉大学が見えてきた。
構内に車で乗り込むと、複数台の警視庁のパトカーと救急車、それと騒ぎを聞きつけて集まった学生達でキャンパス内はごった返していた。
「なんでこんなに人が……。トゥレラなら彼らの携帯も危険なのに」
「SNSに投稿するいいネタが見つかって喜んでるんでしょうよ」
麻倉がいつものことよとでも言うように言った。
一人の警官がこちらに近づいて来たので、神崎が窓を開けると、
「電監ですね。東校舎はあっちです。これ学長のサイン済の令書です」
と言って、彼は自分の端末に表示された令書を神崎に見せる。神崎は代執行者名の欄に指で自分の名前を書くと、春香の端末を奪って警官の持つ端末に軽くぶつけた。すると神崎の持つ端末にも同じ内容の令書が浮かび上がる。
「ありがとう」
神崎はそう言って窓を閉め、端末を春香に返すと車を東校舎へと走らせた。
電監の行う代執行は、行政行為の一つであり、本来の義務者の代わりに行う行為のため、原則は執行を行う前に義務者に「戒告」と呼ばれる通達をすることになっている。戒告を受けた義務者は、その義務を指定された期日までに行うか、行えない場合は行政が代執行を行うことになる。ロボットの暴走のように緊急性の高い場合は、戒告を受けてその場で代執行に任せるかどうかの判断を迫られる。
「今日は珍しいほうだ。暴れたのが大学のロボだったから、サインが執行前にもらえた」
戒告はアナログかデジタルの文書で行うことになっていて、その文書を「令書」と呼ぶ。令書に義務者の承諾のサインと代執行者のサインがされてはじめて代執行が正式に行えることとなる。
ただ実際は、街中で急にロボットが暴走した場合、近くに所有者がいないことも多く、執行後にサインを貰うケースも多い。
東校舎の前に着くと、もう既に電監の車が二、三台ほど停まっていて、その他に五、六台のパトカーが停まっていた。
「御木、携帯は置いて、端末だけ持っていけ。鳥居と麻倉はトランクから装備を下ろして準備を」
神崎はそう言って、コンソールボックスから端末を一枚抜き取ると、車を降りた。それに続いて他三名も車を降りる。
東校舎は、周りの校舎よりも新しい見た目をした校舎で、銀色と白を基調としながら、ネオンのように光る薄緑色のラインが壁に何かの法則性を持つかのように引かれていた。二階より上は窓ガラスが大きく、日光を多く取り込める構造になっている。
「おぉ、神崎。着いたか」
身長が高く、金髪。目鼻立ちのはっきりした白人風の顔つきの男が神崎に声を掛けた。
「あぁ今着いたところだ。中の様子はもう確認できるか?」
「もちろん。もう半径500メートルの簡易ネットワークを組んであるから、そこに接続してくれ」
端末のネットワーク設定から「denkan_net_01」に繋ぐと、さっき話していたリアルタイムマップが表示された。講堂内の構造が緑色の線で表され、その中を青色の点と赤色の点が動いている。配置と数から考えて、青色が民間人、赤色が暴走しているロボットだろう。
「御木」
突然名前を呼ばれ、春香は慌てて神崎の方を見る。
「こいつは
「九条っていいます。あ、君は朝の新人さんですね」
九条が軽く会釈をして、春香も会釈を返す。
「あ、はい。そうです。御木春香といいます」
「若い人が新しく入ってくれるっていいね。うち、危険なくせに給料よくないから人気ないんだよね」
「入ればいいってもんじゃないぞ」
嬉しそうな九条に釘を刺すように神崎が言い放つ。
そこに装備を整えた麻倉と鳥居が来た。二人とも、レイドジャケットを脱ぎ「電監」の文字の入ったタクティカルベストを着ていて、鳥居がライフルとハンドガン、麻倉がハンドガン二丁を装備していた。
さらに鳥居が持ってきた二つのガンケースと麻倉の持ってきた弾薬箱が地面に置かれる。
「ハンドガン二丁と特殊銃弾だよ」
鳥居が気軽な口調でそう言った。
「御木、お前も一丁持っておけ」
神崎は二つのケースを開けると、一丁を春香に渡す。
研修ではなんどか持ってはいたけれど、現場で持つとその重さが違う気がした。
さらにホルスターを渡される。
「特殊銃弾は弾頭の中に電磁パルス発生装置を組み込んだ弾薬のことだ。対電磁パルス装甲を破り、内部でパルスを発生させ、対象を無力化する。もちろん銃としての威力は一般の銃と変わらないし、人に当たれば血が沸騰するおまけ付きだ。扱いには注意しろ」
その言葉を聞き、春香は即座に銃を太腿につけたホルスターに収めた。
神崎のイヤホンに何らかの通信が入ったらしく、彼が右耳のイヤホンを軽く押さえる。
「こちら一班神崎。麻倉、御木、鳥居、突入準備完了。配置につきます」
全員の顔に緊張が走り、神崎が言う。
「班長からだ。俺達は講堂の裏口から入って演壇上の民間人の救助を行う。ついてこい」
演壇の裏へと通じる裏口は、東校舎の西側にあった。「搬入口」と書かれたシールが貼ってある鉄製の両開きのドアだ。
「今回は、規模がデカイから一班と二班合同で執行を行う。まず初めの合図で建物内に侵入。次の合図で俺達チームアルファも講堂内に侵入し、警備ロボが塞いでいる出口は一班のチームブラボが強行突破する。講堂内のロボの処分は二班とブラボに任せ、俺達は民間人の救助を優先して行う」
神崎の説明のあとすぐに、春香達全員のイヤホンに通信が入る・
『各職員、建物内への侵入を開始せよ』
課長の声ではないため、春香はまだ会ったことがないが一、二どちらかの班長の声なのだろう。
鳥居を先頭に、アルファのメンバーが東校舎へと侵入する。普段は搬入口として使用しているためか道幅は広く、蛍光灯に照らされ視界は良好だった。目の前にまた別の扉が見えたので、手元の端末で図面を確認すると、あの扉を開けた先に階段があり、それを上った場所が演壇だった。
扉の前まで来ると、鳥居と麻倉の二人が横に並び、それぞれの後ろに神崎と春香が並びその場にしゃがんだ。麻倉が胸ポケットから薄い板を取り出し、ドアの鍵穴に挿し込む。
あれはピッキングキーだ。
「こちら一班チームアルファ。第一地点に到着。待機します」
扉の向こうから時折人の叫び声がする。
『こちら一班チームブラボ。第一地点に到着。待機しますが、警視庁の奴ら出口付近にロボを配備しやがってました。撤去するよう申し入れて下さい』
春香は横にいる神崎の顔が少し曇ったのを感じた。トゥレラの発生現場では二次災害を防ぐため、電監以外の立ち入りが原則禁止されている。だが、実際のところ手柄を全て電監に持っていかれるのを面白く思わない警察が、ちょっかいを出してくることはよくあるらしい。
「役に立ちたいなら、ロボじゃなくリボルバー構えて生身で来て欲しいよ」
鳥居が苦々しく言った。
『こちら二班。第一地点に到着。待機します』
端末で二班の位置を確認すると、演壇の天井部の作業用足場に表示があった。
春香はそっと右手を左胸に置いた。心臓の音を少しでも沈めたいと思ったからだ。イヤホンをしているせいで、鼓動が頭全体に響いているような感覚がして、不安を煽ってくる。この中にいる人たちはもっと不安なはずなのに……。
『カウントゼロで突入しろ。5……」
カウントが聞こえた瞬間、神崎と春香は立ち上がり、腰のハンドガンを抜く。
『4……』
鳥居と麻倉も少し腰を浮かせ、四人全員が同時にハンドガンのスライドを引く。
『3……』
鳥居が銃口を少し下げて構え、神崎と春香は銃口を下に向けた。
『2……』
麻倉が屈んだまま左手に銃を持ち替え、右手でドアノブを握る。
『1……』
麻倉の手がゆっくりとドアノブを回していく。
『0!』
それが聞こえると同時に、麻倉が扉を開け放ち、鳥居と麻倉が低い姿勢のまま講堂内に走っていく。神崎と春香もそれに続いて突入する。
まず目に飛び込んできたのは、警備ロボットに怯える人々の顔だった。奥には、怪我人らしき人が複数名横たわっている。次に演壇上から座席を見下ろすと、監視カメラ映像で見た通り、ステージ際に警備ロボット二台がいて、その奥には出口を塞ぐように二台の警備ロボットが立っている。講堂内を走り回っているのは介護ロボットで、講堂の隅にも人が固まっていた。その集団の最前列では教授達が学生達を守るように手を広げている。
「おい、ロボット! 止まれ!」
神崎が大声を出した。
これは代執行のファーストフェイズのコマンディングと呼ばれる行為で、ロボットに止まるよう命令を出す。代執行はロボットを極力傷つけずに行うことが望まれるため、まずは暴走の最終確認を含めて、これを行う。
「ロボット達、止まりなさい!」
春香も警備ロボットの一台に銃を向けながら命令する。銃を向けられたロボットは逆らうように腕を振り回した。
この時点でロボットの暴走は確定した。
「二班、セカンドフェイズに入ってくれ」
神崎が無線で指示を出すと、彼の真上、演壇の天井裏に待機していた二班が動き出す。
これが代執行のセカンドフェイズ、ハッキングだ。電監の簡易ネットに繋がれたそれぞれのロボットに、二班の職員のパソコンからハッキングを仕掛け、改造されたプログラムの書き換えを行う。これで片が付けば、彼らロボットも傷つかずに済む。
「怪我人がいる。電監の救助ロボをすぐに裏口から中へ回して」
麻倉も無線で指示を出した。
「おい、チームブラボ。突入はどうした」
二班のハッキングが進められる中、神崎はブラボに通信を送る。
すぐに各職員のイヤホンに通信が返ってきた。
『こちらブラボ。出口付近に待機していた警察のロボットが同時暴走。その対応で中に入れない』
恐れていた事態が発生していた。
「神崎さん、すぐに民間人の救出を!」
春香が必死の表情で訴える。
「鳥居と麻倉は二班のハッキングが終わりしだい、俺と残ったロボットの処分を。御木は演壇上の民間人の救助と誘導を」
「「「はい!」」」
三人が同時に返事をした。
「皆さん、今から講堂を脱出します。私の指示に従って下さい」
春香が右手を上げて周囲を見渡す。
「彼女一人で大丈夫?」
麻倉が神崎に聞く。
「ブラボがいない今、これ以上中の人間を減らすわけにはいかないだろ」
春香に続いて演壇上の人々が立ち上がると、ステージ際にいた警備ロボットが演壇を思いっきり殴った。
「大丈夫です。落ち着いてください。まずは怪我をしている方が優先です」
搬入口から入ってきた救助ロボが怪我人をすくい取るようにして担架に乗せ、運び出す。
『ハッキング失敗。ウイルスがかなり深い部分まで書き換えてる。サードフェイズに移って!』
二班からの通信が入り、神崎、鳥居、麻倉が銃を目の間の二台の警備ロボットに向ける。
これが代執行のサードフェイズ、リリーシングだ。対象の機能を物理的に破壊し、無力化する。
銃声が響き、神崎と麻倉がステージ際の警備ロボットの胸に、二発ずつ銃弾を撃ち込んだ。弾頭は胸の外装を貫き、内部の配線を焼き切りながら、電磁パルスを発生させる。過剰な電流が流れ、CPUやセンサーが破壊された。
「こちらチームアルファ。警備ロボット二台を処分。執行を続行する」
神崎が報告を済ませると、三人は演壇から飛び降り、出口を塞ぐ警備ロボットへ向かって走った。警備ロボットも自分が狙われていることに気付いたのか、二台ともその場を離れて、座席の間を縫って神崎達に迫ってくる。門番がいなくなったため、人々が我先にと出口を目指して走り出した。その瞬間、待ってましたとばかりに警備ロボットが進路を変え、出口へと走る人の群れに突っ込んでいく。
「あの野郎……」
鳥居が小さく悪態をつき、左手の警備ロボットに二発銃弾を撃ち込む。それとほぼ同時に、腕を振り上げた右手のロボットに、麻倉が銃弾を撃ち込む。銃声に驚いたのか人々が悲鳴をあげたが、間一髪、警備ロボットはその場に静止した。
「こちらチームアルファ。さらに警備ロボット二台を処分」
鳥居が無線を送る。
「奴がいない……」
神崎はそう言って、端末を覗き込む。バツ印のついた赤い丸が四つあるのは確認できるが、暴走したロボットは五台のはずだ。マップを隅々まで確認するが、ロボットを表す赤い丸は四つしか見当たらない。おそらく監視カメラが捕捉できていないせいだ。
「翔君、後ろ!」
鳥居の声で神崎が後ろを振り返ると、座席の間からひょっこり顔を出した介護ロボットがいた。そいつの両手には電磁パルスグレネードが握られている。
神崎が瞬時に発砲したが、奴の動きはすばやく、銃弾をしゃがんで避けると、また座席の裏に隠れた。
「座席を一列ずつ見ていくぞ」
神崎の指示で三人は三手に別れ、扇状に並べられた座席を一列ずつ確認し始めた。
その頃、演壇上の人々の誘導は終わりかけていた。怪我人は既に全員運び出され、春香は最後の学生を出口へと案内すると、その後に続いて講堂を出た。早足で外へと出ていく人々を見守っていた時、通路の中腹で突然悲鳴が上がった。
「ちょっと道を開けて!」
そう叫びながら、人混みを掻き分けて、声のした方へ急ぐ。続いてもう一度悲鳴が聞こえ、人の声がざわめきに変わる。後ずさりする人々と逆行して前に進むと、通路の真ん中辺りでその人混みを抜けた。そこは、一人の人物を囲むように人だかりになっていた。
その人物は、有川葉だった。講演中は整っていた髪が乱れ、肌が傷だらけなのに血が出ておらず、大きく見開いた目の中の眼球はセンサーのように小刻みに動いている。彼の足元には、血を流して倒れている二人の学生がいた。
「な、何をしているの……」
有川は背中を少し丸め、二本の腕をぶらぶらと空中で揺らした。春香は目の前の事態が把握できず、右耳のイヤホンに手を当てた。
「こちら一班、御木。校舎の裏口にて一人の人間が錯乱状態。至急応援を要請します」
春香は手元の端末で対象の色を確認する。マップに表示された点の色は青だった。
ロボットじゃない……? じゃあこの状況はなに?
「有川さん、どうしたんですか?」
一人の教授が、目の前の男にそう声を掛けた。
有川……。もしかして……。
「あの、彼が今日の講演者の有川葉氏ですか?」
「え、ぇぇ。介護ロボットに殴られかけてから様子がおかしくて。さっき急に周りの学生を殴り飛ばしたんです」
教授の言葉を聞いて、一応の状況把握はできたが、有川氏が学生を殴り飛ばした理由が分からない。それに足元に倒れる二人の傷は、ボクサーに殴られでもしたように酷い。
「両手を頭の後ろで組んで、その場に伏せてください」
春香は銃口を有川に向けて言った。だがその手は微かに震えていた。まさかこの仕事で人に銃を向けるなんて……。
有川は警告を意に介してない様子で、首をぐるぐると回した。
「皆さん、離れて下さい。出口側の人は急いで出て! 私の後ろの人は講堂に戻って下さい!」
春香の言葉に人々はたじろいだ。
「早く!」
銃を有川に向けたまま春香は叫んだ。
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