なすと豚バラ

 生活を保つ秘訣は、まな板を洗わないことだ。


 いや、まな板は洗わないといけない、もちろんそうだ、使ったら洗わないわけにはいかない。では、まな板を使わなければどうだろうか。そうすればまな板は汚れない。汚れていないまな板は洗う必要はない。ここはそれなりに都会で、どこかで食べ物を買ってくることだってできるし、ちょっと足を伸ばせば食事屋がある。うちのまな板は無事だ。まな板以外もおおむね無事だ。汚れたものは丁重に封をして、指定された曜日に出しておけば誰かが片付けてくれる。だから生活の方は大丈夫。大丈夫だから。


 スーパーに行けばなすが旬だという。けれどそんなことが果たして自分と関係あるだろうか。ここで用があるのは惣菜とカップ麺と飲み物と乳製品だけだというのに。惣菜ばかり買っている身としては、特売のなすがずいぶん安く見える。なすは生で食べられるのだろうか、生で駄目でも、レンチンすればどうだか。おろかな人間の手に渡ってしまっては余らされて冷蔵庫で腐敗を待つだけになってしまうだろうか。なすにとっては不幸なことに、その日までにも惣菜の値段は上がり続け、パックは小さくなり続けていて、一つ買っただけではとてもじゃないが成人一人の腹を満たすには足りないものになってしまっていた。なので複数のパックを買わなければならないのだが、豊かさを実感しないままエンゲル係数ばかり上がっていくようだ。このなすの4本セットを見ればどうだろうか、たとえ一日で食べきってしまったとしても、お腹はいつもよりよほど満たせそうだ。問題はいかに食べるかだ。まな板は守らなければならないし、なすはバラバラにしなければならない。ヘタは素手でいける。ちぎればよい。本体も素手でいけるだろうか? それはちょっと野蛮すぎる。バラバラになったなすが売っていてほしい。いや。待て、包丁とまな板か素手だけがバラバラにする手段ではない。はさみで切ればよいだけの話、あとは豚バラと、焼肉のタレと、キッチンばさみ、これだけ買えばどうだろう。わが食卓に栄光が訪れるときは近い、その上まな板も洗わずに済むだろう。

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