第11話 欠落したBankroll
「暑い……」
「暑いね……」
五月とは思えない日差しが、僕と㐂島先輩へ容赦なく降り注ぐ。地面は干からび、雑草の根をがっちりと掴み込んで離さなくなっていた。僕は力任せに雑草を一房引っ張って、地面からひっぺがした。
「しかし風紀委員は毎年こんなことやってるんですね。ご苦労なことで」
「大変だよね。流石風紀委員ってことかな?」
結論から言えば、僕は勝負に負けた。九杭先輩の手札の合計は九で、二十一からは程遠かったのだ。ちなみに山笠先輩の手札が二十で一番近かった。
その後の勝負も速攻で決した。山笠先輩と九杭先輩がそれぞれのチップを石崎に賭けて的中させたのだ。プレイヤーが二人になった時点でゲームは終わり、枚数の多い山笠先輩が勝者となった。かくして僕は、山笠先輩の宣言通り風紀委員に混じって草むしりをする羽目になったのだった。ギャンブルからおよそ二週間後のことだ。
「許さんぞぉ……弥生ぃ……」
「あっつ……」
「こんなはずじゃなかったのに……」
「私応援してただけだよね?」
無論他の敗者(となぜかかんな)も草むしりに駆り出されていた。山笠先輩の思惑通り、人数が増えた掃除部隊は順調にノルマをこなし、雑草の生い茂る通学路の堤防はあっという間に片付いていった。
「すいませんなんか……僕が勝手に負けただけなのに先輩まで」
「いいのいいの! 一緒にやった方が早く終わるでしょ?」
先輩は慣れた手つきでテキパキと雑草をむしっていった。乾いた草が土ごと地面から別れを告げていく。
「こっちこそごめんねハッチー……せっかく生物部に入ってもらったのに、それっぽいことなんにもできなくて。私が忙しいから」
「いや、全然気にしてないですよ。先輩にも都合があるでしょうし」
不意に暗い声になって謝る先輩に、僕は慌てていった。生物部なんて毎日活動するような部活でもないだろうし、何より最近まで懸案事項が山ほどあってそれどころじゃなかったせいもあって僕は本当に全く気に留めてなかった。先輩はそうでもないみたいだけど。
「これ綺麗な花。変な形だけど」
「あぁ、ホトケノザですね」
少し気まずくなったのか、先輩が急に話を変えた。丸い葉の上から飛び出すように細長い花が咲いていて、確かに変な形だ。
「ホトケノザ? 春の七草の?」
「いや、あれとは別の種類ですよ。こっちはシソ科の植物で、七草の方はキク科ですね」
「へぇ。おんなじ名前でも違う花なんだ」
「七草の方のホトケノザは、正確にはコオニタビラコって言うんですよ。ホトケノザはあくまでこっちの花の標準名で、コオニタビラコの方は別名をそういうってだけなんです」
「へぇ、詳しいんだねハッチーって」
㐂島先輩は感心したように息を漏らした。
「いえ、基本的な話ですよ。母親が生物学者だから家に図鑑とかもあって、それで知ってたんです」
「お母さんは植物の研究してるんだ」
「専門は植物よりも昆虫みたいですけど。部屋には標本もたくさんあって……あ、そのせいでレジンの使い方も知ってたんですよ」
「レジンって、ハッチーがルーレットで使ったやつだよね?」
そう言ってから先輩は、あたりをキョロキョロと見渡した。山笠先輩や九杭先輩に聞こえるとまずい会話だ。
「はい。植物とかをレジンに封入する標本の作り方もあって、透明なキューブに木の実とかが入ってて綺麗ですよ」
「へぇ……」
「あ、そうだ。今度時間があるとき作りませんか、標本。折角部室にレジンありましたし、使わないままダメにしてももったいないですから」
「うん……そうだね。今度か……」
「先輩?」
「……よし。こんなもんだろう。みんなお疲れ様。おかげでずいぶんはかどった」
また不意に暗くなった先輩の声が気になったけど、山笠先輩の号令が僕の注意を遮った。負け犬チームが全員腰をあげ、先輩も「終わったー!」と言いながら立ち上がる。その声はもういつもの明るさに戻っていた。僕もそれにならって立ち上がるけど、慣れない姿勢を長時間していたので腰が悲鳴を上げている。
「まったく……こんなにこき使うことないじゃないか!」
「ゲームに負けたスーが悪い」
開口一番不平を言うスー先輩を山笠先輩がばっさりと切って捨てる。スー先輩は仕返しとばかりに草むしりで土だらけになった手で山笠先輩を鷲掴みにしようとするけど、それも華麗な体さばきであっさりかわされてしまった。
「賑やか賑やか。こんなところにいたんだね」
「……? 九十九先生?」
その喧騒へ、担任の九十九先生が歩み寄ってきていた。殊勝にも草むしりの手伝いという様子ではない。第一、先生はそういう地味な仕事を一番やりたがらないタイプの人だ。
「お、真白っちじゃん! ちぃーす!」
「相変わらず元気ねぇ、スーちゃんは」
スー先輩が教師に対するものにしては親しすぎる口調で声をかけたけど、誰も驚いていなかった。山笠先輩はやれやれといった風に首を振っている。
「知り合い……なんですかね」
「いや、ただの似た者同士だ」
「……でしょうね」
かんなの疑問に山笠先輩が答え、九杭先輩が呆れた口調で応じた。全員、スー先輩と九十九先生ならしょうがないかとでも言いたげな雰囲気だ。
「で、先生は一体何の用ですか? 抜いた雑草を片付けに来てくれたんですか?」
「残念だけどそうじゃないんだ、ハッチー」
「うっ、なんでそのあだ名を……」
「そこのちっちゃい彼女が連呼しながらハッチーを追いかけて廊下を爆走してたからね」
「あぁ……やっぱり」
新しい材料を手に入れた料理人のような笑みを浮かべる先生にとてつもなく嫌な予感がした。面倒な人に掴まれたものだ。
「なるほど、八葉君のあだ名はハッチーと……」
「ちょっと、なに余計なことしてんだよ」
いつの間にか石崎がメモ帳を取り出して、走り書きをしていた。どうやら学校で得た情報は全部メモっているらしい。無駄な方向にマメな奴だ。仕事熱心なのはいいことだけどいらないことを書かれても嫌なので、僕は彼女からメモ帳を取り上げようとする。
「いいじゃんやめてよハッチー」
「そのあだ名で呼ぶな!」
「人気者だねぇ、ハッチーは」
「先生も!」
ようやく先輩に呼ばれることを慣れてきたあだ名だったけど、まだそれ以外の人に呼ばれるのは恥ずかしい気がした。それをわかってて先生は僕をあだ名で呼んでくる。
「まったく……で、先生は何の用事だったんですか?僕のことをあだ名で呼んでからかうためにわざわざここへ?」
「半分はそう。もう半分はハッチーの名付け親に用事があってね」
「私、ですか」
半分はそうなのかよ、というのはさておいて、意外な指名にも㐂島先輩は驚いていない様子だった。半ば予想していたような反応だ。
「職員室においで。先生方が呼んでるよ」
「わかりました……ごめんね、片付けお願いしていい? 私もう行くね」
「……ええ、片づけはやっておきます。また来週」
「うん、また……来週」
それだけ言うと、先輩はそそくさと背を向けて校舎へ歩き出していった。九十九先生も「じゃあねハッチー」と僕のことをからかうのを忘れずにこなしてから㐂島先輩のあとを追っていった。
僕はまた急に様子のおかしくなった先輩に妙な気持を抱いていた。ちらりと山笠先輩の方を向いたけど、先輩もその場を背にして片づけに向かっているところだった。少し目線を動かすと九杭先輩と目が合った。九杭先輩も不審そうな顔をしてる。
「ほら永人、片づけまでが草むしりだよ」
「……あぁ、今行く」
かんなの元気な声が耳に入ってきて、僕は思考を中断した。きっと気のせいだろう。㐂島先輩はテンションの浮き沈みがある人だから、あまり意味はないのかもしれない。それよりも来週までに標本に出来そうな植物を探しておかないと。
一週間はあっという間に過ぎて、すぐに水曜日になった。部活のある曜日だ。僕はいつものように校舎の裏までまわって、部室までの道のりを歩いていた。つい先日まで桜が残っていたはずだが、もう葉がつき始めている。ホームルームで九十九先生が余計な話(あの先生とこの先生が不倫しているという、別の意味でも余計なことをしてくれた話だ)を延々としていたために、少し遅くなってしまった。
「……あれ?」
校舎の角を曲がった僕の部室が視界に入った。けれど、予想していたものが欠けている。扉と格闘する㐂島先輩の姿だ。
先輩のクラスはホームルームをテキパキと終わらせるタイプの担任らしく、今までは必ず先輩の方が先に来ていた。もっとも先輩一人の力では錆ついた扉を開けることは出来ずに、いつも扉の前で奮闘しているところへ僕が来るというパターンが常態化していた。その先輩の姿がない。
「もう入ったのかな?」
この前、十分の一くらいの確率でうまい具合に扉が滑って開くことがあると先輩が言っていたことを思い出し、今日はその十分の一を引き当てたのかと僕は考えた。部室に近づき、扉の取っ手を掴んで思い切り引いてみる。重い、というよりは何かに阻まれたような手ごたえがあって扉はびくともしなかった。扉の間をよく見てみると錠が下りていた。
「……まだ来てない?」
今までにない事態に、僕の心がにわかに騒ぎ始めた。不意に、先週の先輩の妙な様子が思い返される。何かあったのか。
いや、たまには先輩のクラスの担任も余計な話をしたくなる時もあるのだろう。それが九十九先生の十五分に及ぶ無駄話を越える超大作ということもあり得なくはない。いくら確率が低くとも、起こるときは起こるというのがこの学校で学んだ教訓の一つだ。
「探し物はこれかな?」
考え事をしているところへ、急に声をかけられたので僕は驚いて飛び上がった。声の主は山笠先輩だった。スー先輩もいる。先輩の手には古めかしい鍵がぶら下がっていた。
「あぁなんだ先輩たちですか……一体どうしたんですか?こ れは?」
「その倉庫の鍵だ。これがないと扉は開かないだろう?」
「あぁ、そうですよね……え? ちょっと待ってください」
鍵がないと部室は開かない。それは道理だ。もっとも僕はその鍵が使われているところを見たことはない。いつも先輩が先に来ていて、鍵は開けていたから―。
「その鍵は㐂島先輩が……なんで山笠先輩が?」
「ああ、それなんだが……」
僕の至極当然の疑問に、山笠先輩は言葉を濁した。㐂島先輩が普段持っているはずの鍵を、今は山笠先輩が持っている。そのことに言いにくい理由でもあるのか?
「弥生、躊躇ったってしょうがないだろう? いつかは知るんだから……私が言おうか?」
「いや、いい。私が言わないと」
スー先輩が、珍しくふざけていない。真面目な口調で山笠先輩を気遣っている。山笠先輩はその申し出を断ると、目を伏せて決心した声で言った。
「突然のことだが落ち着いて聞いてほしいんだ、八葉」
「あの、どういうことですか? 何かあったんですか?」
明らかに様子のおかしい二人に、僕の不安は際限なく膨らんでいった。潰れていたホースに水が一気に流れるように、膨れ上がってバタバタと暴れる。
「奈々は……㐂島奈々は、学校を辞めた」
「……は?」
山笠先輩の言葉がうまく聞こえない。いや、聞こえてはいるけど頭で処理ができない。
「奈々は学校を辞めたんだ。もうここにはこない」
「どういうことですか? 一体何で……!」
「少し、込み入る話だから長くなるけどよく聞いてくれ」
混乱する僕を嗜めるように先輩が言った。先輩の目も少し潤んでいて、泳いでいる。冷静な山笠先輩らしくない。
「先月会ったばかりの八葉は全く知らないだろうけど、奈々は入学してから今まで学費を払ってなかったんだ。理由はわからない。多分家庭の事情があるんだろうけど、奈々も家のことは詳しく話さなかったし私も聞かなかったから。ただ、学費を納めなければ当然高校にはいられない。本当だったらとっくの昔に退学になっていてもおかしくなかったんだが、なんとか今までずるずると引き延ばしていたらしい。それがついに、限界を迎えたということだ」
「……え、え?」
事情はわかったけど、現実は理解できていなかった。先輩が退学?そんなこと、微塵も考えていなかった。
「そ、それは……ということは、随分前から先輩は自分のおかれた状態を知ってたってことですよね? それこそ僕と初めて会ったときから……」
「そうだな。そうなるな」
「でも、退学になりそうなんて、そんな様子全く……」
「そこが奈々のすごいところだよな。厄介なところでもあるけど。どんなときにも明るくふるまって、悩みとか臆面にも出さない」
スー先輩が感慨深そうに呟いた。
「先輩たちもこのことを?」
「……ああ、知ってた。もっとも知ってるのは私とスーくらいだが」
山笠先輩は手の中で鍵を弄んでいた。僕とは目を合わせない。
「本当はもっと早く言うべきだったんだ。八葉に草むしりを手伝ってもらった、あの翌日にね。あのあと奈々が職員室から戻ってきて、私に鍵を渡したんだ。八葉に手渡してくれと。でも私も言いにくくてな、ついこの日までずるずると延ばしてしまった」
すまん、と山笠先輩が小声で謝った。
「先輩は、なんで僕に直接言ってくれなかったんでしょう……」
「言いにくかったんじゃないのか、奈々も。あれだけ親しくしてた相手は、この高校じゃ八葉が初めてだっただろうから。ほら、みんな奈々の不幸体質を気にしてなかなか近寄らなかったんだ。私も親しくはしていたが、八葉ほどじゃなかった」
「忘れ物~、わっわっ忘れ物~」
調子外れな歌声が耳に飛び込んできて、僕は我に返った。いつの間にか自分の教室に戻って、自分の席に座っていた。どうやって戻ったのか記憶にない。手には山笠先輩から受け取った鍵が握られている。もう日が傾き、教室をオレンジ色に染め上げていた。
「おや? ハッチーじゃない。どったの?」
歌声の主は九十九先生だった。いつも通りの妙に高いテンションのまま、僕の顔を覗き込んでくる。そういえば、先週㐂島先輩を職員室に呼びだしたのはこの人だったっけ。
「あの、先生?」
「うん?」
「㐂島先輩……㐂島奈々さんのことなんですけど。ほら、先週先生が呼びに来ていた」
「あぁ、彼女がどうしたの?」
「学校を辞めたって聞いたんですけど、本当ですか?」
「うーん、そのことか……どう言ったものかな。辞めたのは事実だけど、正確じゃないというか」
「どういうことですか」
先生のはっきりしない口調に、僕はいら立っていた。普段ならともかく、今は先生のくだらない冗談に付き合えるほどの余裕はない。
「ハッチー……いや、八葉君はどこまで知ってるのかしら、㐂島さんのこと」
「……学費を納めてなくて、それで退学になったって」
「そう、それは本当よ。彼女は学費を納めてなくて、それで学校にいられなくなった」
「なんで、そんなことに……?」
「そこまではわからないわ。個人的なことだし、私は担任でもないから。詮索するものでもないしね」
「でも……」
「言いたいことは大体わかるわ。教師なのにそんな状態の生徒を放っておいていいのか……でしょう?」
「……まぁ……」
「先生たちの名誉のために言っておくけどね、出来る限りのことはやったのよ。だからこそ三年生になるまで㐂島さんは学校に通えた、とも言えるわ」
「そう……ですか。でも、こんなのって……」
「学校も慈善事業じゃないってことね。べき論じゃなくて、現状の話。そりゃ、私たちだって腑に落ちてるわけじゃない」
僕は黙って俯いていた。机の木目がいやに細かく目に映る。
「あの、さっき正確じゃないって言ったじゃないですか。あれは……?」
「ああ、それはね。書類上はまだ㐂島さんは退学になってないってこと」
「……それはどういう?」
「これは単に事務処理上の問題みたいなんだけどね、生徒の在籍状況の管理ってひと月単位なのよ。だから月末までは㐂島さんは、鳥羽高校の生徒って扱いのままなわけ」
「……卒業しても3月までは高校生、みたいなものですか」
「そうね。まああくまで書類の上での話なんだけど」
「……」
会話が途切れるのと同時に、教室にある放送用のスピーカーから「七つの子」が聞こえてきた。それに続いて、男性教師の声が響く。初めて聞いたけど、下校時間を告げる放送だろう。
「……さぁ、もう帰りなさいな」
「そうですね」
九十九先生に促されて、僕は席から立ち上がった。気づかぬうちに随分長時間座っていたようで、体が固まっていた。草取りのときを否応なく思い出してしまう。
床に置かれていた鞄を手に取ろうと体を倒すと、胸元から何かが落ちた。生徒手帳だ。内ポケットに入っていたはずの生徒手帳が、何故か飛び出して古めかしい木の床へ転がっていた。僕はそれを拾おうとさらに体をかがめ、手を伸ばした。
その動きは、中途半端な高さで止まった。
「……うん? どうしたの八葉君」
先生が不思議そうな口調で尋ねてきた。急に動きを止めた教え子の様子に、尋常ならざるものを感じているようだ。
その感覚は正しい。僕の頭の中では尋常ならざることが起きていたのだから。脳みその中を今までに経験したことや知識が、高速で行ったり来たりを繰り返している。この感覚には覚えがある。三日三晩考え続けた難問の答えに気がついたときとか、難しい問題を誰よりも早く解けそうなときに感じる、覚醒と高揚感。
あるいは、ギャンブルで勝ちを確定させられる方法を思いついたときとか。
「あの、先生」
「えっ、なに?」
また突然口を開いた僕に驚いたように、先生が声をあげた。いつの間にか下校の放送は鳴りやんでいた。
「この学校の経営を最終的に差配しているのは理事長ですよね?」
「まぁ、そうだけど? それがどうしたの?」
「その理事長は今どこに?」
「あーと、今日は五月の十日だから……理事長室で簡単な会議があったと思うけど……って、八葉君!?」
それだけ聞くと、僕は生徒手帳と鞄を引っ掴んで猛然と走り出した。教室を飛び出し、廊下を駆け抜けていく。見えなかったけど、きっと先生は驚いた顔をしていただろう。今まで散々からかわれたお返しだ。
階段を半ば飛び降りるように下り、壁にぶつかりながら足を進めていく。幸い、下校時間をとうに過ぎた校舎には人っ子一人いなかった。おかげで、理事長室にはすぐについた。見覚えのある重厚な扉を、ノックすることなく勢いよく開いた。
「な、なんだね君は!」
理事長室にある応接用のソファには、いかにも偉い地位についていそうなオジサンが四人収まっていた。四人は突然の乱入者に慌てふためき、極めて順当なセリフを発した。
「やぁ八葉君か。どうしたのかな?」
その四人を挟んで一番上座に、理事長が座っていた。驚く様に小物感を覚えてしまう四人とは違い、流石に理事長は落ち着き払っていた。まるでこのことを予見していたかのような余裕っぷりだ。
「おい? なんとか言ったらどうなんだ?」
「…………」
「君!?」
騒ぎ出す周りの大人を理事長が手を挙げることで制した。僕はそれでもまだ黙っていた。別段何か意図があったわけじゃない。ただ突然の全力疾走で息も絶え絶えになり、喋れないだけだった。それでも怪我の功名というべきか、長い沈黙は結果的に僕を堂々たる乱入者に見せる演出の機能を果たしていた。
三十秒くらいたっぷり時間を使って、僕は息を整える。そして廊下を走りながら用意していた言葉を、理事長に叩きつけた。
「理事長、僕とギャンブルをしてください」
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