第9話 四枚のQueenと一枚のJack

「……と、こういうルールだ。簡単だろう?」

 いよいよ、水曜日がやってきた。僕が主催する(という名目の)ギャンブルの開催日だ。今は会場になっている遊戯室で山笠先輩からゲームのルールを聞いているところだ。高校にカジノ顔負けの遊戯室が備えられているのも驚きだけど、今の僕にはそんな感慨を抱いている余裕はなかった。

「おい? 聞いてるのか八葉……」

「あー!」

「うわぁ!」

 突然大声をあげた僕に驚いて、隣に座っていた㐂島先輩が椅子から転げ落ちてしまった。僕は「すいません」と謝りながら、先輩に手を貸す。

「どうしたのハッチー? いきなり叫んで……」

「なんで気がつかなかったんだろう。目先の勝敗に気を取られ過ぎていた……理事長が引いたカードは全部スペードだった! 確率にして千万分の一程度! 偶然に起こるにはあまりにも低すぎる! どう考えてもイカサマしてたとしか思えない!」

「それって、理事長とやったギャンブルのこと?」

 僕の乱心に㐂島先輩はすっかり戸惑っていた。先輩たちには今日会ったときに理事長室でのことを話していたのだ。

「ええ、そのことです……あ、ギャンブルのルールは聞いてましたよ、もちろん。ちくしょう、何が意志が幸運を引き寄せるだ。確率的にありえないじゃないかそんなこと……」

「でも、確率が低いからってイカサマしないと起こらないとは限らないんじゃないかな?」

「そりゃ、理屈の上ではそうですよ。一度ならあり得ます。でも理事長の周りだけで何度も起きるなら、偶然よりもイカサマを疑ったほうが合理的ってもんですよ」

「そうかなぁ……」

 㐂島先輩は僕の説明に納得していないようだった。納得していないというか、腑に落ちていないという感じか。

「そんな出鱈目を引き起こしそうな雰囲気がある人だからな、理事長は。根拠は全くないが」

「そうだよね。なんか理事長なら、どんなギャンブルでも勝っちゃうイメージあるもんね」

 㐂島先輩のもやもやの理由を、山笠先輩が推測する。その説明の方が㐂島先輩には納得できるらしい。

「雰囲気があったところでギャンブルの勝率が変わるとは思えませんけどね。とりわけああいった運だけのゲームでは……イカサマしていないという前提で、ですけど」

「ともあれ、今回のゲームはイカサマ抜きだからな?」

「……わかってますよ」

 やっぱり、山笠先輩は察していたようだ。それを言わないあたり、この人も相当㐂島先輩に甘いというか。

「で、他の参加者はどうなってます? 予選は進んでるんですか?」

 あまり深く突っ込まれたくない話題だったので、僕は話を変えた。確か事前の説明では、別の教室でスー先輩や他の風紀委員が予選を仕切っているそうだ。余計なことしていないといいな。

「そろそろ終わる頃だろう。スーが言っていたが、予選の参加者は百人を超えるかもしれないそうだ」

「わぁすごい! ハッチー人気者だね!」

「あんまりうれしくないですね……」

 鳥羽高校の全校生徒は千人くらいだったはずだ。大した人気だけど、その百人が僕を打ち負かそうとしているというのはやはり気分が良くない。人数だけ見れば十分の一程度だけど、なんだか学校中が敵にまわったような感じがする。

 ずっと負け続けた㐂島先輩もこういう気分だったんだろか。

「よおみんな! 終わったよ!」

 僕が感慨に浸っていると、遊戯室にスー先輩がずけずけと入ってきた。後ろには大勢の生徒を従えている。予選に参加した人たちだろう。

「何人くらい残った?」

「それが思いの外少なくなっちゃってさ。ゲームをするのに支障はないけどね」

「そうか。まあいいだろう。早速始めよう」

 そうこうしているうちに、あまり広さのない遊戯室は人で埋め尽くされた。直前に中央のテーブル以外の道具は全て端に寄せたのだが、この分だと外に出してしまった方がよかったのかもしれないが、スロットマシンやルーレット台は扉を通りそうになかったし仕方がないだろう。山笠先輩はマイクを握ると電源を入れ、騒々しい群衆に向かって呼びかけた。

「こんにちは。今日はよく集まってくれた。ただいまから八葉永人主催のギャンブルを開催する」

 僕の名前が出た途端、視線が一斉に僕の方を向いた。その数の圧力に、思わず後ずさりしてしまう。

「みんなには事前に予選を行ってもらっている。もう既に勝敗はわかっていると思うが、改めて発表させてもらう……スー」

「オーケー、わかってるって」

 マイクが山笠先輩からスー先輩へ渡った。スー先輩は大仰に咳払いをすると、「それでは発表します」とわざとらしい司会者風の口調で言った。

「最初のチャレンジャーは……じゃらじゃらじゃら……」

「やると思った」

 口で自前のドラムロールを奏でるスー先輩を見て、㐂島先輩が呟いた。僕も同感だった。

「じゃん! 一人目は、志帥スー! やったー!」

「自分かよ!」

 自分で自分の名前を読み上げるのは流石に予想していなかった。僕は相手が先輩であるのも忘れてため口で突っ込んでしまっていた。

「いいじゃないか。ちゃんと予選を勝ち抜いたんだぜ?なあみんな」

 スー先輩が問いかけると、会場の生徒たちは不承不承といった調子で首を縦に振った。一応、予選のクリアは目撃したようだが、運営側が真っ先にプレイヤーとなることに納得はしていないようだ。

「じゃあ二人目だな。じゃらじゃら」

「時間がない、ドラムロールは省略してくれ」

「ええ?」

 スー先輩渾身の演出を非常にも山笠先輩は切って捨てた。観衆から笑いが漏れる。

「わかったよ……二人目は石崎一香!」

「あぁ、マジか……」

 呼ばれて元気よく飛び出してきたのは見知った顔だった。よく見ると側にはかんなまでいる。百人もいて真っ先に知っている人間が二人も予選通過とか、何かの作為が働いているんじゃないだろうか。

「よし一香! 永人をぶっ飛ばせ!」

「わかった!」

「おいこら、なに物騒なこと言ってんだ。石崎もわかった! じゃない」

「さぁ八葉君、私に負けて独占インタビューの刑に処されるがいいわ!」

「インタビューする方がそれを刑って言うか?」

「元気がいいね、三人目だ……九杭今日子」

「先輩、僕急用を思い出しました!」

「ダメだよハッチー」

 三人目の名前を聞いて、僕は素早く回れ右をした。しかし㐂島先輩がそれよりも早く僕を捕まえて逃げられないようにした。なんでこんなときだけ機敏に動くんだこの人は!

 僕と先輩がバタバタ暴れている様子を、九杭先輩が睨み殺すような鋭い眼光で見てきていた。口元は笑っているけど目は全然笑っていない。コワイ。

「答えはここで聞く……」

「ゲームの趣旨が変わってきていませんか?」

「お熱いことだな……最後だ」

 スー先輩は僕の窮地を楽しむように笑っていた。助ける気はさらさらないらしい。わかっていたけどさ。

「最後の一人は……山笠弥生」

「本当に予選は機能しているんですか?」

「無論だ。私もきちんと予選をクリアした」

 ていうか仕切り役なのに予選参加してたんですね、山笠先輩。

「百人もいて予選をクリアしたのが四人。その全員が知り合いって……僕でも悪魔の存在を信じたくなるような事態ですね……」

「そんなこと言わないの、ハッチー。いいじゃない、全く知らない人ばかりとゲームするよりやりやすくて」

「そうかもしれませんけど」

 返答に困る告白をされた先輩、僕のことを根掘り葉掘り明らかにしようとする同級生に、火に油を注ぎたがる最上級生、プラスそのブレーキ役をついに放り出した風紀委員長。そうそうたるプレイヤーを目の前にすると、先輩の言葉は慰めにならなかった。

「では改めてゲームのルールを確認しよう」

 マイクはスー先輩から山笠先輩に戻っていた。慣れた口調で先輩はゲームを進行していく。

「今回のゲームは『他力本願』という。一年生にわかりやすく表現するならば、変則的なブラックジャックと言うべきだろう。プレイヤーはカードを引いていき、手札が合計で二十一になるように目指すゲームだ」

 このゲームの説明はさっき聞いたばかりだった。けれど確認のため、僕はもう一度きちんと耳を傾ける。

「普通のブラックジャックと違う点がいくつかある。まず、カードは最初に配られる一枚を除いて表向きで配られる点。つまり最初一枚を除いて公開された状態でゲームが続くことになる。そしてこのゲームにはバーストがない。手札が二十一を超えても、それだけではゲームオーバーにならない」

 普通のブラックジャックでは、手札が二十二以上になった時点で負けが確定する。しかし『他力本願』ではそうではない。勝敗の決め方が特殊だからだ。

「そして三つ目にして最大の特徴は、勝敗の決め方にある。このゲームでは自分の手札を二十一にすることが勝利ではない。相手の手札を予想し、誰が二十一に一番近いかを予想し当てることが勝利になる。プレイヤーは最初に十枚のチップを持っている。これを賭け、的中させれば賭けた枚数の二倍が支払われる。手持ちのチップが無くなった時点でプレイヤーはゲームから脱落する」

 支払われるチップは、的中させられたプレイヤーの持っているチップから出ることになる。つまりこのゲームは、通常とは逆に二十一に近づけそのことを相手に見抜かれると勝利から遠のいてしまう。

「これを十ゲーム行うが、プレイヤーが二人になれば強制的にゲームは終了だ。最後に一番多くのチップを持っているプレイヤーが最終的な勝者となる。ただ、チップを得る方法は的中だけじゃない。自分の手札が二十一に一番近くはなかった場合、自分に賭けられたチップがそのまま自分の手持ちになる」

 的中させるにせよ、自分にチップを集めるにせよ、自分自身よりも相手の手札の合計が重要になってくるゲームだ。故に『他力本願』。

「あとの細かいルールだが……Aは十一として扱う。絵札は十だ。ジョーカーは抜き。カードは共通の山札を一セットだけ使用する。以上……おっと、忘れるところだった、このゲームではヒット、つまり追加でカードを引く行為は一度しかできない。何度も引いたら二十一から果てしなく遠ざかれてしまうからな。今度こそ以上だ、質問は?」

「大丈夫です!」

「オーケー……」

「ノープログレム」

「問題ありません。始めましょう」

 全員が山笠先輩の問いかけに首肯した。それを見ると山笠先輩は満足げに頷く。

「それじゃあ、これだけの観衆がいるからあまり意味はない気もするが形式だからな……宣誓をするぞ。私、山笠弥生は」

「志帥スーは」

「九杭今日子は」

「石崎一香は」

「八葉永人へギャンブルを挑むことをここに宣誓する」

 かかってこい。


「じゃあトランプを配るのは奈々に任せようか。よろしく頼む」

「わかった、任せて!」

 山笠先輩の言葉に㐂島先輩が勢い込んで答えて、テーブルの中央に置かれていた山札を手にとった。明らかに僕の身内という関係性だけど、㐂島先輩の人柄ゆえか僕に有利なようにイカサマをする心配を他の四人はしていないようだった。先輩は手早くカードをシャッフルすると、僕、山笠先輩、スー先輩、九杭先輩、石崎の順に時計回りにカードを配っていった。まずは各々の目の前に裏返しになったカードが一枚ずつ置かれることになる。僕は自分の目の前にあるカードをちらりと確認する。ハートのQだ。

「頑張ってね、ハッチー!」

 ディーラーとしては問題のある応援をされて、僕は戸惑いながらも手を挙げることで応じた。九杭先輩の視線が痛く感じるのは被害妄想だろうか。それに、応援されてどうにかなるようなゲームではないのだけど。

 二枚目のカードが㐂島先輩の手から配られた。僕にスペードのAが渡される。山笠先輩にはスペードの三でスー先輩にはダイヤの四、九杭先輩へはダイヤの九で石崎へのクラブのAか。公開されているカードが一枚だけだと情報は皆無に等しいな……。

「石崎ちゃんは素直でいい子だねぇ……」

「え、本当ですか?」

 僕がそれぞれのカードを見渡していると、スー先輩が口を開いた。それにつられて石崎の顔を見ると、彼女の目が白黒して泳いでいるのが映り込んできた。明らかに狼狽している。いい手札ではなかっただろうことが丸わかりだ。

「そう一年生を苛めるもんじゃないぞ、スー」

「そう言わないでくれよ弥生。あんなわかりやすい顔してたら口を出したくなるってもんだよ」

 スー先輩の指摘で自分の表情の変化にようやく気がついたようで、石崎は慌てて自分の顔を手で覆い隠した。

「あまり一年生を苛めるものじゃないよ、スー」

「そう言うなよ弥生。あんなわかりやすい顔してたらちょっかいかけたくなるってもんじゃないか」

「ハッチー、どうする? 一枚引く?」

 山笠先輩とスー先輩のやり取りを眺めていると、㐂島先輩が尋ねてきた。どうやら僕から追加で引くかどうかを決めるようだ。僕の手札の合計は既に二十一。普通ならこれ以上引くなんてありえないけど、このゲームは普通じゃない。ここで引かないと既に二十一に合計が近いと言っているようなものだ。

「一枚ください」

「うん。はいどうぞ」

 先輩からカードを貰って、二枚目の隣においた。クラブの八。少し離れすぎてしまったかもしれないが、石崎のように表情に出すことにならないよう細心の注意を払う。

「その無表情は、どう解釈すればいいのかな?」

「……ご想像にお任せしますよ。次は先輩の番です」

 山笠先輩は品定めするような視線で僕を見てくる。真正面から受けていたら、耐えきれなくなって隠していることをこぼしてしまいそうな鋭い眼光だ。風紀委員長は伊達ではないということか。

 山笠先輩は「ヒット」と小さく呟いて㐂島先輩からカードを一枚受け取った。スペードの十だ。これで合計は十三プラスx。裏向きのカードxが八からどれくらい離れているかが問題だ。山笠先輩の微動だにしない表情からは何も読み取れない。

「じゃあ私はスタンドだな。パスパス」

 スー先輩は間をおかずに宣言する。これでスー先輩の手札は最大でも十五だから、選択肢から外れたと考えてもいいだろう。最初は様子見なのか、それとも手を抜いているのだろうか。にやにや笑いのままの表情からは、山笠先輩とは違う意味で真意が読み取れない。

「私もスタンド」

 九杭先輩も間をおかずに宣言した。この前会ったときのテンションの高さはどこへやらだ。ファーストフード店での一件を未だに根に持っているのか、僕のことをじっと見たまま表情が動かない。根に持つのは仕方ないのかもしれないが、あれは僕のせいではない……よなぁ?

「えーと、えーと……」

 石崎は早くも冷静さを欠いていた。元々落ち着きとは無縁そうな奴だったけど、今日は輪をかけておどおどしてしまっている。かんなの「落ち着いて一香!」という声援も全く耳に入っていないようだ。

「ゆっくり考えていいからね?」

「えっと……パス、パス……もう引きません!」

 見るに見かねて声をかけた㐂島先輩を遮るようにして、石崎もスタンドを宣言した。これで九杭先輩と同じく、最初の二枚での勝負することになる。だったら、石崎の方が二十一に近い確率は高いはずだ。

「じゃあ次は誰が二十一に一番近いか予想するんだけど……これもハッチーからでいいかな?」

 㐂島先輩の言葉に、全員が無言で首を縦に振った。誰も㐂島先輩を見ない。誰に賭けるべきか考えるのに忙しいのだろう。

 それは僕も同じだ。僕はこの時点ですでに的中させることの難しさを痛感していた。自分自身と、あからさまなスー先輩を除いても三択だ。表情からの情報と手元のカードから察するに、石崎の確率が一番高そうだけど、あくまで確率の話で確実なものではない。理事長のこともあるし、低い確率でも引き当てられてしまえばこんな計算に意味はなくなる。

「そうですね……では」

「ええ、なんで私なの?」

 僕がチップを一枚石崎の目の前に置くと、彼女は悲痛そうな声をあげた。その声が答えのようなものだと思ったが、それもあくまで石崎の認識というだけだ。カードをめくるまで本当の答えはわからない。まずは様子見だ。

「では次は私だな……こういうのはどうだろう」

「え、僕ですか?」

 山笠先輩が僕の目の前にチップを一枚置いたので、僕はポーカーフェイスに徹しきれずに驚きの声をあげてしまった。二十九が一番近いなんてこの状況ではありえないはずだが、いざ賭けられると途端に不安になってきた。これだから不確定要素は嫌いだ。

「私は、こうしよう」

「えぇまた……」

 スー先輩はチップを三枚つかむと、ちらりと山笠先輩の方を見て考え直したのか手から二枚落として残った一枚を石崎の前へ置いた。この人、相手が一年生じゃなかったら速攻で潰す気だっただろう。恐ろしい。

「……はい」

 九杭先輩は相変わらずの仏頂面で、僕の目の前にチップを一枚置いた。山笠先輩といいこの人といい、一体何を考えて僕に賭けているんだ?

「え?じゃあ私も……」

 石崎は、見ようによっては自信満々にも見えなくはない九杭先輩の態度に触発されたのか先輩にならって僕の前へ一枚チップを置いた。その様子に僕は思わず突っ込んでしまう。

「自分はないのかよ」

「だ、だって……わかんないし」

「こら永人! 一香をいじめるなよ!」

「うるさいぞ外野!」

 僕とかんなのやり取りに、観客から笑いが漏れた。これでは漫才扱いだ。

「全員出そろったね。それじゃあ合図したらカードを表返してね」

 㐂島先輩の呼びかけに、全員が裏返しになったカードへ手を置いた。まずは一戦目。勝って勢いをつけたいけど……。

「はい、オープン!」

 先輩の号令で、一斉にカードが開かれる。山笠先輩はハートの三で計十六。スー先輩がクラブの九で計十三。九杭先輩はスペードの二で計十一。石崎がダイヤのJで計二十一。ということで石崎に賭けた僕とスー先輩が的中ということになる。

「あの表情と空気でブラフとは……九杭も侮れんかもしれんな」

 公開されたカードを眺めて、山笠先輩が言った。確かにその通りだ。明らかに二十一に近いだろうと予想できた石崎と比べてしまって、ついつい九杭先輩の一枚目も十やそれに近いカードだと見積もってしまっていたし、実際にはそうである確率も高かったのだが、だからと言って一枚目がとてつもなく少ない数である可能性が排除されているわけではない。何かの気まぐれで石崎ではなく九杭先輩に賭けていれば、みすみすチップを一枚進呈することになっていた。

「いやぁ悪いねぇ石崎ちゃん。これも勝負だから」

「うう……」

 悔しそうに呻く石崎が、スー先輩と僕にチップを返してきた。賭けられた分と同じ枚数を自分のチップから追加してだ。これで僕のチップは、三人に賭けられた三枚と合わせて合計で十四枚になった。

「すごいハッチー! 一気に小金持ちだね!」

「その表現あんまり褒められてる気になれないですけどね」

 㐂島先輩は僕の手元のチップを見て、まるで自分が勝ったかのように嬉しそうだった。それを見ていると、悪い気はしない。

 一方で他のプレイヤーは、山笠先輩と九杭先輩が一枚減らして九枚、スー先輩が逆に一枚増やして十一枚、石崎は一気に三枚も減って七枚という状況になった。これは僕にかなり有利な状態に思える。

「うぅ、思ってたより難しいな……」

「そう気に病むことはないよ石崎ちゃん。次に手持ちを全部賭けて勝てば十四枚になるんだぜ?」

「アドバイスが雑すぎる……」

「破滅まっしぐらのギャンブラーみたいな考え方を植え付けるのはやめるんだ、スー」

 石崎へ適当なことを言うスー先輩を、僕と山笠先輩が制止する。九杭先輩は口を開かずにその様子を見ているだけだった。ここまで口数が少ないと、かえって心配になるというかなんというか。

「じゃあ二回戦目ね」

 㐂島先輩は手際よくカードを配っていく。今度の僕の一枚目はハートの二だ。これはまた対処に困るカードが来たものだ。

 あっという間に一枚のカードが配り終わられ、二巡目に突入していく。僕にハートのJ、山笠先輩へクラブの九、スー先輩にスペードの五、九杭先輩にはハートの十、石崎へダイヤの六だ。石崎は自分のカードを見た途端、今度はぱっと明るい表情になった。わかりやすい表情変化に、観衆からもこっそり苦笑が漏れている。

 僕の手札は合計で十二。だけど二枚目に来たカードはJだ。この状況なら九杭先輩の真似をしてもいいが、あの件で逆にブラフだとばれやすくなってはいないだろうか。だったらもう一枚引いてしまうのもいいが、三枚目にも大きな数が来ると今度は二十一から遠ざかっているのが丸わかりだ。二十一に近そうな手札にしつつ、実際には遠ざかるポイントを探らないと。

「スタンドでお願いします」

「わかったわ。どう? いい手札になった?」

「まあまあですね」

 㐂島先輩の質問に、僕はしたり顔を作って答えた。少なくとも二十一に一番近いというのはあり得ない手札だ。このまま安全に行こう。この表情で引っかかる人が出てくれれば儲けものくらいに考えることにする。

「私はヒットだ。一枚頼む」

 山笠先輩はカードを引くことにしたようだ。三枚目はクラブの三だ。表情にはやはり変化がない。完璧なポーカーフェイスだ。二十一に近いから遠ざかるために引いたのか、逆に近づけるために引いたのか判断に困る。あるいはさらに裏をかいたブラフか。

「私も一枚貰おうかな」

 スー先輩も続けてカードを引く。ダイヤの五だ。一枚目の数字によってはどうとでもなる。決め手に欠ける印象だ。

「私はスタンド」

 九杭先輩はまたスタンドするようだった。㐂島先輩を見る視線から、単にこの人からカードを貰うのが嫌なだけじゃないかという疑いが沸きあがってきた。とはいえ、さっきのブラフを考えると一枚目が二とか三であり、またブラフを仕掛けてきたという可能性も捨てきれない。

「スタンド! スタンドで!」

 石崎はさっきとはうって変わって素早く元気よく宣言する。前回のスー先輩と同じパターンだ。自分に賭けられることはないが、的中となることもまずありえない安牌。彼女も僕と同じで、そういうあやふやな状況が苦手なのかもしれないと思った。

「はい、それじゃチップを賭ける相手を選んでね」

 㐂島先輩の宣言と共に、チップを賭けていく作業に移る。今回は石崎以外の決め手が欠けていて選択に迷う状態に思えた。一枚追加で引いた山笠先輩とスー先輩が怪しい気がするが……やはり二枚目に九を持ちながらも追加で一枚引いた山笠先輩だろうか。

「じゃあ山笠先輩に一枚で」

 僕はチップを隣に置いた。

「ほう、私か」

「ぶっちゃけほとんど勘ですけどね」

「仕方ないだろう。そういうゲームだ。理詰めで全て決まってしまっては面白くない」

「そんなもんですか? 僕はこういう不確定要素が多いゲームの方が苦手で……山笠先輩も同じタイプだと思ってましたけど」

「ああ、よく言われるよ。でも私は結構ギャンブル好きだぞ。でなければこの学校で風紀委員なんてやらないからな」

 山笠先輩は不敵に笑って、手をチップへ覆い被せた。広い手の平でまばらに散らばるチップをわしづかみにすると、「例えばこういうことだって平気でする」と言ってチップをスー先輩の前へばらまいた。

 その枚数は、九枚。

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