第6話 少し落ち着くが……


 ――午後になった。


 落ち着きを取り戻した俺は、リビングを綺麗に掃除すると、パソコンルームに向か

った。手には缶ビールを持っている。もうテキーラは懲り懲りだ。


 ともかく今日は全てのルーティーンは休みにして、のんびりとゲームをしたりネッ

トを見て過ごそう。いや、明日も休みにした方が良いかもしれない。とにかく頭の中

のいろいろなことを整理した方が良いと思うのだ。


 パソコンを立ち上げた俺は、久々にツイッターを開く。

 フォローしているのは主にゲーム会社やアイドル、AV女優などでフォロワーなん

て業者ばっかりな俺のアカウントだが、気分転換する為には、こういうところで賢い

つもりでたわ言を垂れ流したり、無駄な正義感を振りかざし綺麗事を言っている、馬

鹿で勘違い全開な連中を、見物するのが良いかもしれないと思ったのだ。



 おおおおおおおおっ!

 へこんだ俺の心を、少しばかり踊らせるツイートを見つけた。



 ――★株式会社ゲリゲリ

    お待たせしました!

    待望の新作「アンジーの大冒険2 ぱぱいやコネクション」

    いよいよ情報解禁! 詳しくはHPで!



 ごくり。俺はビールに口をつけ何度も読む。


「アンジーの大冒険」は三年ほど前、期間工の寮でメチャメチャハマってしまい、こ

の俺が珍しく課金などという馬鹿なことをしてしまったソーシャルゲームで、当時ま

だ小さな会社だったゲリゲリが初めて出したメガヒットゲームだ。

 で、どのぐらいヒットしたかというと、当時確か二百円ぐらいだった株価が一万円

を超え「お化け株」とニュースになったほどだ。


 ……株のことはいいや。せっかくアガった気持ちがまたへこむ。


 とにかくその続編がとうとう出るのだ! 俺は当然のようにURLをクリックし、

ゲリゲリのホームページを見た。


 うおおお! 凄え! 俺の胸は激しく高鳴った!

 圧倒的にグラフィックが進化して良くなっている! ヒロインのアンジーも超可愛

くなっている! ゲームシステムも大幅にリニューアルされていて、バトルは超絶面

白そうじゃないかああ!


 これはもうプレイするしかない! 恋人を作るとか、もうどうでもいい!

 あの頃、俺の恋人はアンジーだったじゃないか? そうだろ? 


 だが、悲しいことにリリースは二ヶ月後。事前登録開始は一ヶ月後だ。いや、悲し

くないな。ワクワクしながら待つのも楽しいもんだ。ピアノとギターで挫折した俺の

生活に、夢と希望が帰って来る!



 ん? 待てよ。

 俺の頭に素晴らしいアイデアが閃いた。

 そうだ! これはビッグチャンスじゃないのか?

 俺は嘘と糞でまみれた騙し合いの株式掲示板を開いた。


「こんなんダメでしょ」

「今さらアンジーとか持って来てもなあ」

「ゲリゲリみたいな下痢糞会社に期待する馬鹿発見」


 俺は確信した。

 この掲示板の連中が叩くということは「安く買いたい」という意味だ。

 これは「買い」だ!


 続いて俺はゲリゲリの株価を調べ、うわあ……! と、声を上げそうになるほど驚

いてしまった。一万円を超えていた株価は千円にまで下がっていたのである。長期チ

ャートを見てもズルズルとダダ下がりなので、株式分割などをしたわけでもないよう

だ。


 確かにゲリゲリは、アンジー以降ろくなゲームを出していない。社長が精神疾患を

起こし、カンボジアに逃げたという噂も聞こえていた。


 しかしこれは、ますますビッグチャンス!

 何しろ株価を五十倍に押し上げた、あのアンジーの続編なのだ。一万円とはいかな

くても五千円になれば今の株価の五倍だ。


 これはやはり「買い」だ! 買い買い買い買い買いだ! だ! だ! だ!


 そして俺は株取引ソフトを立ち上げると、思い切って二千六百万円を入金し、明日

の朝のいでニ万株の注文を入れた。今日の終値おわりねの千円で買えれば二万株を

二千万円。跳ね上がってストップだかになってもニ万株は買える勘定だ。


 これで預金口座の残高は五千三百万程度になった。


 ついこの前まで一億円あったのだが……いや、問題はない! この作戦が見事成功

すればトーヨー自動車の損失はおろか、これまでに買った様々な器具や楽器の金もチ

ャラに出来る! 全てが元に戻るのだ!


 大丈夫、俺はアンジーを信じている。何しろ俺が今までで一番愛した凄いゲームだ

からだ!


 それから俺は、ジャックを飲みつつ久々にピアノを弾いてみた。

 うん、だめだな。でもいいや。


 続いてギターを弾く。

 うん、やっぱFは音が出ないな。でもいいや。全てはオールライトだ。


 でも明日からまた、少し頑張って練習しようかな? そう前向きに行こう。

 俺はポジティブな金髪褐色マッチョなのだ。

 そしてその日の夜は、アミとアキをたっぷりと可愛がってやった。


    ◇


 ――翌朝。

 俺はセミダブルのベッドで、アミとアキを両脇に抱えて目覚めた。


 ここに大量の現金をばら撒けば、雑誌の裏かなんか、どっかで見たような怪しい通

販広告のようで面白そうだなあ。でも、怪しげなペンダントひとつ買うだけで金が儲

かるなんてことはないわけで、金が欲しけりゃ体使ってひいひい働くか、頭使って毎

日毎日ストレスと戦いながら――起業や投資含めて――働くしかないんだよなあ……

と、くだらないことを考えながら時計を見る。株式市場がもうすぐ開く時間だ。


 しゃあ! 俺は勢い良くベッドから出るとアミとアキに服を着せてやり、キッチン

で缶ビールを手に取ると、急いでパソコンルームに向かった。


 やった! ゲリゲリの株は前日終値ぜんじつおわりねの千円で買えた。二万株で合計二千万円だ。安

く買いたいファンドや仕手しての連中がふたをして上値うわねを重くしているのだと思うが、これ

は超絶ラッキーだ。八百円まで下がったら二百万の損で損切そんぎりすればいい。ゴミのよ

うな金額だ。そう思いながら俺はビールのプルタブを開け、チャートの動きを見つめ

た。


 株価は千円を軸に激しい攻防をしている。つまりは見ていて退屈だ。

 俺は昨日に続いてツイッターを眺めることにした。


 ん? メッセージが来ている。

 まあ、どうせ糞な営業だろうな――そう思いながらも、なんとなく開いてみた。



 ――★宇宙精霊の会

    あなたは今幸せですか?

    ヨーガ、禅、バリ密教の舞踏をミックスした

    新しいエクササイズで心と体を鍛えませんか?


    

 何だよこれ?


 新興宗教の勧誘なのかスポーツクラブの勧誘なのか、さっぱりわからない。俺はそ

のメッセージを閉じようとしたが、胸にひっかったワードがいくつかある。

「ヨーガに禅、心を鍛える、そうなんだよな……うん」思わず独り言をつぶやいてしまった。


 俺はずっと体を鍛えてきた。そしてこの素晴らしい金髪褐色マッチョのボディーを

手に入れた。だけど問題は「心」を鍛えていなかったことじゃないのか?

 文学、音楽、映画、などの教養も手に入れたし、セックスも上手くなり完璧になっ

た。残っている俺が鍛えるべき場所は「心」なんじゃないのか?

 あのスティーブ・ジョブズだって「禅」に傾倒してたっていうじゃないか?

 詐欺の可能性は高いが、俺は宇宙精霊の会のホームページを見ることにした。


 難しいことがいろいろ書いてあるが、要約するとこの会は五行思想を柱として、ヒ

ンドゥー教、仏教、バリ密教を融合した新興宗教団体らしい。目標は人間の到達点と

して宇宙精霊になることで、その為にヨーガ、禅、バリ舞踏を修行する。

 ――うむ、さっぱりわからん。


 そして特筆するところは、修行や説法の為の施設などはなく、全てはインターネッ

トを通じて行われるらしいということ。んー、これはいわゆるネットで英会話学習!

 ――のような宗教なのか?


 とりあえず新興宗教だし胡散臭いので、ここで「心」を鍛えるのは勘弁……と、思

ったが、無料の「五行占い」というコーナーがあったので、暇つぶしにやってみるこ

とにする。だが、その前にビールもう一本だ。



 占いの結果に俺は驚いた!



――★宇宙精霊の会 五行占い 結果

   あなたは火の(陰)の人です。

   鋼のような肉体と灼熱の肌を持ち、

   金色のたてがみを靡かせ大地を駆ける獅子のような人。

   しかし、今のあなたはまだ悩みの海に眠っています。

   その肉体に強い心を手に入れた時、

   宇宙精霊の元、全ての望みは叶うことでしょう。



「金色のたてがみ」「灼熱の肌」「鋼のような肉体」全て当ってるじゃないか! い

や、見透かされているかのように俺のことを言い当てている! 宇宙精霊凄え! 新

興宗教など胡散臭いと思っていた賢い俺だが、これには少しばかり心が震えてしまっ

た。


 しかしながら――興味を持つには持ったものの、疑い深く賢明な俺は入信などしな

い。とりあえず、ヨーガと禅とバリ舞踏について教祖が書いた本を一冊買ってみるだ

けにした。ニ千五百円というゴミもゴミ、埃以下の値段だからだ。

 おまけで付いてくるらしい「幸福を呼ぶパワーストーンペンダント」という怪しい

品物は、まったくもって要らないのだが……。



 そして、ゲリゲリの株価は相変わらず退屈だ。上に行くと叩かれ、下に行くと買わ

れるの繰り返し。まあ俗に言う「集められてる」という状況だと思うのだが、ぼんや

りと眺めていてもしょうがない。俺はダンベルとジャックを持ってきて筋トレしなが

ら株価を見ることにした。


 以前はウォッカを飲んで筋トレしただけで盛大にゲロって倒れたが、今は飲みなが

らでも大丈夫。いや、飲みながらの筋トレは酒が美味い!


    ◇


 ぴんぽ~ん。


 玄関のチャイムが鳴った。

 ドアフォンのモニターを見ると、いつもの宅配便の女だ。はて? 昨日は何か注文

したかな? 思い当たる節はないが不審な来客ではないので、俺は玄関を開けた。


 受け取ったのは小さな荷物。女はいつものようにニコニコと笑っている。愛想はい

いが、取りたてて美人というわけではなく、俺の恋人には相応ふさわしくない女だ。俺はい

つものように、何も言わず無表情にサインをして受け取った。

 

 荷物は、宇宙精霊の会の本だった。


 早い! 注文して三時間しか経ってない。大手通販サイトならそういうサービスも

あるが、たかだか新興宗教団体でこの早さは何なのだ? それとも俺が知らないだけ

で、有名な巨大団体なのだろうか?


 本を読む前に、おまけのパワーストーンネックレスを着けてみた。要らないと思っ

ていたが、それほど悪くない。ゴールドのチェーンに赤い石は、褐色でマッチョな肌

に良く似合うじゃないか。おまけの割には品質もそこそこだし、そんなに悪い団体で

はないのかもしれない。



 あ! おおおおおおおおおおお! 

 本を読もうと椅子に座った俺の目に入ったのはゲリゲリ株の急上昇だ!


 重かった売り蓋を突破するやいなや、グイグイと勃起するように一直線にチャート

を駆け昇り、とうとうストップだかの千三百円で張り付いた!


 うはははは!


 俺は思わず声を出して笑った。朝からの僅か四時間で六百万円も儲けたのだ!

 これぞ株の醍醐味! トーヨー自動車のような超大型株とは違う、小型ゲーム株の

魅力だ! どうしてみんな、こんな簡単なことやらないんだろう? 汗水垂らして働

いて日当一万円とか馬鹿じゃねえのか?


 そうか、馬鹿だもんな! 馬鹿だから満員電車乗るんだよな! 馬鹿だから夜遅く

まで手当も出ないサービス残業とかやってんだよな!

 奴らは社会は弱者に厳しいとか言うけど、それは違うんだよ! 社会は馬鹿に厳し

いんだよ! あははははははははははははははははははははは!


 俺は有頂天になってウキウキで笑い転げた。しかし、だ! 六百万なんていうゴミ

のような儲けで売ったりはしない。売るわけがない! 当初の目標通り株価五千円に

なるまで頑張って持つのだ。そうすると八千万円の儲け――それが最低ラインだ!

 あはははははははははははははははははははははははははははははははは!


 腹を抱えて笑っている俺の胸元でペンダントが揺れた。

 おお! これのパワーなのか? 俺は赤くて艶々で美しいパワーストーンを手のひ

らに乗せてじっと見つめる。これは「幸福を呼ぶパワーストーン」だったはず? 事

実、これを身に着けた途端に株価が急上昇を始めたのだ。うーん?

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