七夕飾り
七月六日の夕方。
私は、六つの七夕かざりを全部作り終えた。
作っている時間は、すごく楽しくて。
お母さんもおばあちゃんも、とっても笑顔だった。
何より、家族でのんびり過ごせた時間が、私は嬉しかったんだ。
そして、私が針と糸を使って作った
今からおじいちゃんに届けたい、と言った私だけれど。
お母さんに、面会時間が終わってるからって言われて、行けなくなった。
翌日の七月七日、私は学校が終わってすぐ、まっすぐ家に帰って、七夕かざりがついた笹をビニール袋に入れる。
ただいま、と行ってきます、をほとんど一緒に言って。
私は、はや歩きになりながら、おじいちゃんの居る病院へ向かった。
まだ梅雨の時期のはずなのに、今日はとても暑い。
たまに吹く風は気持ち良かった。
汗で、ビニール袋を持つ手がすべらないようにしなきゃ。
一体おじいちゃんは、この笹を見て、七夕かざりを見て、たんざくを見て、私になんて言うんだろう。
喜んでくれたらいいな。
不思議なドキドキを感じながら、私は信号待ちをする。
この横断歩道を渡れば、もう病院の中だ。
ビニール袋の中で、さらさらと笹の葉たちが揺れた。
おじいちゃんの病室には、全部で六つのベッドがある。
入り口から入って左右に三つずつあって、おじいちゃんは左側の真ん中のベッドで、いつも寝ていた。
今日はめずらしく座っていて。
台のような物の上に置かれた、何かが書かれた紙をじっと見つめて、右手には何かをにぎっている。
「おじいちゃん、来たよ」
「おお」
私が近づきながら声をかけると、おじいちゃんは右手を小さく上げて、左手では紙を体の後ろへ隠した。
右手に、にぎられていたのはハンコだ。
「何の紙?」
おじいちゃんのベッドの横に椅子を置いて、私は聞く。
「別に何でもいいだろう」
おじいちゃんは、しつもんに答えてくれる気が無いらしい。
少しムッとしたけど、手に持つビニール袋の重さで、ここに来た理由を思い出す。
そうだ。私はおじいちゃんに、笹を届けないと。
私がおじいちゃんに話しかけるより前に、おじいちゃんの方からビニール袋を指差した。
「それは何だ」
「今日、七夕だよね? 間に合ってよかった!」
みんなで作ったんだよ、と私が言って。
カサカサと袋の音が鳴りながら、笹を取り出す。
「こんな願いなんか書かんでも、ワシは退院するに決まっとる」
三枚のたんざくを見ながら、おじいちゃんはそう言うけれど。
声がいつもより小さくて、テレカクシなのかな、と思った。
いつもなら、これからおじいちゃんの、長くて難しい話や、よく分からないうんちくを、聞かされる。
だけど、今日のおじいちゃんは、いつもより元気が無いのかもしれない。
おじいちゃんは、紙とハンコを引き出しに仕舞いこむと、何にもしゃべらずに、笹に揺れる六つの七夕かざりをただ見ていた。
病室の奥の開けられた窓から、すう、と風が吹いて、私の手に持つ笹を揺らす。
笹を病室の中にかざるために、私は立ち上がってコップを探した。
ラッキーな事に、コップはすぐに見つかって。
おじいちゃんにも、使っていいって言われたから、一度病室のそばの水道でテキトーに洗ってから、そのコップに笹をかざった。
ちょっと不安定だけど、コップに書かれたシマシマがちょっぴりおじいちゃんっぽいから、まあいいか、なんて思う。
「この神衣は?」
急に聞かれて、私はキョトンとしちゃった。
おじいちゃんは、まゆの間をぎゅっとちぢめて、神衣を指差しながら言う。
キゲンが悪くなった時、おじいちゃんのまゆ毛はぎゅっとちぢまって、ほとんど繋がってるみたいになるんだよね。
こういう時のおじいちゃんは絶対にキゲンが悪い、ってわけじゃないって、おばあちゃんは言ってるけど。
「くずかごも吹き流しも紙を使っとるのに。これはわざわざ布で作ったのか?」
「う、うん。私がチクチクぬったんだよ。・・・・・・どう?」
「まあ、婆さんの方が上手いだろうな」
やっぱり、と思う。
勇気を出して聞いてみたんだけどな。
心の中だけでショボくれてたつもりが、顔にも出てたのかな。
おじいちゃんは、後から付け足すように話し始めた。
「神衣は、巫女が織って神棚に供えるもんらしいぞ。婆さんは世辞でも巫女とは言えん歳だ。お前が作るのがちょうどいい」
・・・・・・フォローされてる気分にはなれない。
正直に言うと、私はおじいちゃんと居る時間が、やっぱりつまらないよ。
分からない言葉は多いし、昔の話もいっぱい聞かされる。
今の事しか知らない私にとっては、戦争の話もビンボーの話も、聞きたいと思う事じゃ全然なかった。
学校で友達とするキラキラした雑誌の話や、昨日見たテレビの俳優さんで誰が格好いいとか、新しく出来たパンケーキ屋さんの話なんかの方が、よっぽど楽しい。
なのに、私はどうして、おじいちゃんのお見舞いに来るんだろう。
って、自分でもギモンに思うところはある。
「これはな、お前が持ってればいい」
薬の副作用でふるえる指をいっしょうけんめい使って、おじいちゃんは神衣だけ笹から外した。
また急に、おじいちゃんは七夕かざりの神衣を、私につき出す。
なんで? と思いながら、おじいちゃんの右手にある神衣を受け取ったけど。
理由は、おじいちゃんの顔を見たって分からない。
六つある七夕かざりの中で、私が作った神衣だけ返された。
(出来損ないは、いらない、とか、そんな意味かなぁ)
「もう、帰る時間だろう」
おじいちゃんに言われて時計を見上げてみると、思っていたよりも時間が過ぎていた。
本当だ、帰らなきゃ。
私は受け取った神衣を左手ににぎり、病室を出る。
「じゃあおじいちゃん、またね」
右手で軽く手を振って、病室から出ていくと、私を追い越すように、病室の窓から風が吹いてきた。
病院を出て、最初の横断歩道で止まる。
風がぜんぜん吹かなくて、来た時よりもずっとずっと暑い。
誰も待っていない信号、車の走っていない道路。
それでも信号待ちをするのは、学校でも家でもそう教えられたからだ。
当たり前の事。
信号が青に変わった。
一歩踏み出したところで、左手に持っていた神衣が後ろへ飛ばされる。
━━地面につく前に拾わないと。
振り返って神衣を追いかける。
道の端まで飛ばされた神衣を、両手の中にふわりとひろったら、後ろで大きな音がした。
ついさっき私が居たところに、トラックが倒れて━━!
右側の歩道のさくが、途中からボッキリ折れている。
クラクションも何も鳴らされず、突然転倒したトラックを見て、私は少し怖くなった。
でも、とっさに。
「大丈夫ですか!?」
私は、運転席のほうに近寄って声をかけた。
運転手さんの腕はプクーと、はれているけれど、ちゃんと生きていて。
心配ないよって言って、怪我してない方の腕をふらふらと振って、私に笑いかけてくれている。
すぐに、病院から看護婦さん達が来た。
運転手さんがトラックの窓から引っ張り出されて、タンカに乗せられて病院に運ばれる。
ほう、と一息ついて、私は気づいた。
神衣が飛ばされた時、風なんて、どこにも吹いてなかったって事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます