第5話

俺は、躊躇なんかする暇もなく携帯をとると、さっきの着信履歴を辿りクソインテリ野郎に電話した。

たったの5度ほど呼び出し音が耳に響いただけなのに、すげえ長く感じる。

くそ…

何してやがる、早く出ろ


6度目の途中で、呼び出し音が途切れた

「しのくら!」

『もしもし』

「けんた、出せ。すぐに」


自分でも驚くくらい苛立った声になった。

さっきはあんなに余裕ぶっこいて別れたっつうのに、突然の俺の剣幕に、篠倉もいくらか驚いて答えた。

『今風呂から出たばかりなんだ。ちょっと待っていてくれ、今変わるから』


風呂 だあ?

…一緒に風呂…

けんた(アンドロイド)と一緒に…?


……


考えてる俺の、闇の思想を余所に能天気なくらい明るいけんたの声が聞こえた。


『うにゃにゃッいっしにいちゃ~ッ』







………うわ、


可愛い声…



んな可愛かったか…?






俺は携帯にぎりしめたままその場にうずくまった。

ぎゅっと息苦しくなって言葉がでなかった。

意味わかんねえ

けんたはけんたで俺の沈黙の理由がわかんなくて、うるせえくらい電話越しににゃーにゃー鳴いてる。


一度大きく息を吐いて、ようやく言葉を押し出した。


「……今…何してる」

『あのね、すごいおっきお風呂にゃッ☆ざぶ~んッってにゃっ』

「…へえ」

『いっしにいちゃも早くはいるにゃ~』

「俺は行かねえ」

『にゃ?』

「お前さ、篠……タクマにあんま近付くなよ」

『?』

「あんま、触れんな」

『フレ?フレンナ、てなんにゃ』



ああああックソめんどくせええええ


「俺のがすんげえ可愛がってやるから今すぐ帰って来い!」




俺は怒鳴って携帯切ると、ベッドにその携帯を投げつけた。


アホか俺は…

こんなガキみてえな欲しがり方…ねえよなあ

…そうだよ。俺は気に入ったおもちゃとられて

くやしいだけだ

少し冷静になってきた頭でそう考えた。


けんたが、篠倉にどんな変態行為されてようが、俺の知ったこっちゃねえし

その為に篠倉が作ったんだ。そうやって嗜好すんの当然だ。


そのままベッドに横になり、しばらく呆然と天井を眺めた。

時計の針の音が聞こえる。

さっきまで嬌声が響いていた松田の部屋もすっかり静かになった。

胸の奥のモヤモヤがきえねえ


無理やり目をつむったけど、ぜんぜん苛立ちがおさまらなくて俺は何度かごろごろと寝返りを打った。

そうしてうだうだと2、30分程経った頃、玄関の方から微かにカリカリと何か擦るような音が聞こえた。

ハッとして玄関に向かいその扉を開けると、開けた途端、顔を確かめる余裕もなくぴょんっとけんたが俺に抱きついてきた。


「おまッ!」

「にいちゃッ」


ぎゅっと強く抱きついて、けんたは俺の耳元でぐるぐる喉を鳴らす。

「…なんで」

「にいちゃ、りんりんで、帰って来なさいて言ったにゃ?」

「…そうだけどよ、こんな時間に一人か」

「うにゃにゃ~」

「あいつは」

「いっしにいちゃ会いたかったにゃ。ぐるにゃ~ん」

「………しのく、……タクマは?」

「にゃッ!タクマにいちゃからおてがみっ」


思いだしたように、ハッとしてけんたは俺の腕から降りるとつなぎのポッケから小さく丁寧に折りたたまれたメモ用紙を差し出した。

開くと、あきらかにインテリらしい整った文字でこう書かれていた。


”ありがとう。短くても幸せなひとときだった”



何だ…これ

これから死にに行くわけでもあるまいに。

会いに来れば会えるつうわけじゃねえのか?


とに、…なんなんだアイツ。意味わかんね…



「にいちゃ?」


メモを見て思案顔の俺に、けんたは首をかしげて、それでも足りなくてまた逆の方に首を傾げた。

や、もうあざとい

あざといのになんでこんなかわいいんだよ

ヘンな計算があるわけねえからかわいいんだ

ちょっと離れたっつか…居場所が特定できなかっただけなのに

こんな愛おしかったか…?

こんな…


「…来い」

「にゃにゃッ」


嬉しそうに手をのばしてだっこをせがむけんたをぎゅっと、いつもより強く抱きしめてやる。


「うにゃにゃぁ」


心底信頼してんだって肌を通して伝わるくらい。無防備に俺に身体を預けて

俺の独占欲を刺激して


「にいちゃ、しゅきぃ」



ほんと俺どうかしちゃったんだ

ゆうこ先輩抱く時より、


すげえ今興奮してる


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る