第4話


「突然呼び出してすまなかった」

「…おお」

「じゃあ、元気でな、健汰」


立ち上がった篠倉は机にここの料金にしちゃあきらかに多すぎるだろっつう金を置いて、そのままけんたの方に近づき、さっと頭を撫でた。

呆然とそれをただただ把握するのに精いっぱいのけんたを残して去ろうとする篠倉に

俺からかける言葉なんかねえし

当然義務なんかねえんだけど


胸がちりちりして仕方なくて、隣で惚けてるけんたに向けてつぶやいた。

「…いいのか、行っちまうぞ」



ほんとはさ、俺との絆なんかより、

こいつらの絆のが遥かに強いんじゃねえかって思う。

当たり前だよな。

産みの親と、子供みてえなもんだ。



「タクマにいちゃ!!!」


かいぬしのお許しにけんたが思い切り駆け出した。

そのまるで悲痛な呼び声に振り向いた篠倉は、けんたがとびつくのを大事そうに抱えるとぎゅっとその体を抱きしめて抱擁した。

マジ、映画でも見てんのかって思うくらい、ひしと抱き合ってる二人を見せつけられて俺は軽く引いてた。

古ぼけた喫茶店で…何世界つくっちゃんてんだ…あいつら


「やにゃ、タクマにいちゃ行っちゃやにゃあッ」


あーあ…けんた大泣きだよ

どうすんだ糞インテリ

この静かな喫茶店中の視線集めてんぞ


それにほら、

飼い主が一番だとか作ったてめえでほざいといて

こんなにカンタンに

繋いでた手だって離れて、お前んとこいってんじゃん


そうだ、俺は最初からわかってた

なのに

俺はいつの間にかけんたと過ごしながら、けんたには俺が、

俺だけがいればいいんだと思いたくなってたんだ


二人のラブシーン拝まされながらも、

そんなくだんねえ事延々考えてた。


なんか軽く涙目になってる篠倉が、篠倉しか見てないけんた抱えたまま、俺に近づいて言った。


「一新君」

「……何だよ」

「お願いだ、今晩だけでいい、健汰を預からせてくれ頼む!」

「………」

「…もう、…二度と会えなくなるかもしれない」


二度とってなんだよ…いちいち台詞くせえな

だけどこんな、切羽詰まったやべーお願いされて

の飼い主である俺に何の選択肢があるっていうんだよ


「……勝手にしろよ」


それだけ言うと俺は、イラついた足取りのまま乱暴に喫茶店の扉を開け、店を後にした。



どっかイライラした思いのまま、我が家…もとい、松田のマンションに戻る。

玄関扉をくぐった瞬間、松田の寝室からくぐもった艶っぽい声が漏れ聞こえてきた。

あのセクサロイドそんなにいいのか…

「はあ、またかよ…マツダあの変態め」

ま、文句は言えねえか…一応原因はどうアレ置いてもらってる身だしな…


部屋に入りいくらか嬌声も届かなくなった冷静な場所で、ようやく俺は自分ベッドに寝転がってまた考えていた。

腹立ったのもあって、あの場にけんた置いてきたけど

篠倉とけんた、セクサロイドでもねえのに一晩一緒にいるとか……

何をするっつうんだ。


まさか

篠倉も製作者特権みたいなもんで、裏技使って松田みてーな…変態行為…

いやいや待て俺。

怒り通り越して考えすぎだろ…


でも万一けんたがもし、あんな

松田が買ったセクサロイドみたいな声あげて感じちゃったら、流石に俺も…


『いっし…に…ちゃ………らめえっ…イ……』



「ッ!!!???うわああああああ!」


イメージのあまりの威力に、思わず大声あげちまって、慌てて自分の口ふさいだけど、きっと遅かった。

つうかちょっと想像しちゃったじゃん、ばか…俺…

こんな事マジなかったんだよ。

俺、アイツで…んな…勃……


俺まで松田の変態うつってんのかよ…最悪だ……↓




自分の事自分で殴りながら微かに冷静になった。


でも、リアルな話、けんた……俺んとこに帰ってくんのか?

篠倉にこのままついてくって事も十分あり得る泣き方だっただろ、あれは。

こんな時に限って、ここ数日の甘えっ子けんたを思い出す。


『にいちゃ、ちゅうってしてえ』




まて、

もしかして、けんた篠倉にも俺と同じように甘えんの……?


や、そんなん当たり前だろプログラミングの産物だ、

わかってるわかってる

わかって…


……


だめだ、やばい

マジで耐えらんねえかも


俺のけんただろ…

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