第6話
『故障した!?』
松田の気の抜けるような呑気な声が電話越しに響いた。
「故障つか、…熱があんだよ。それからあんま元気ねえつか…飯、食わねえし」
『へえ、ちゃんとごはんとか食べるんだね~』
「おかげで、食費と家賃滞納で大赤字だっつうの!どうしてくれんだよ!クソ変態!」
『じゃ、うち来る?』
「…あ?」
いつも家賃延滞の常習だった俺が、部屋を引き払いたいと言うと、大家のばあさんはにこにこと陽気になり、急すぎるが翌日引越しの運びになった。
いや、急すぎるだろ…
まあでも正直、築40年以上のボロアパートから、築2年駅近コンビニ目の前の松田のマンションに引っ越すとか理由はどうあれラッキーではある。
居候つう身分は微かにしゃくだけど。
【残り169日】
松田のオタクグッズルームだった6畳の洋間に前の家から唯一持ってきた安ベッドを置いた。
ネコ耳美少女キャラのポスターとか、なんかエロいフィギュア、ショタ同人誌が所狭しと飾ってある。
まあでも、寝るのに邪魔になるわけでもないし目がちかちかするのもすぐ慣れた。
松田の趣味に包まれてるって事実だけはイラッとするけど。
更に15畳位のリビングダイニングに、松田がいつも寝ている8畳の寝室まである。
「十分すぎるなボンボンめ…」
「まあなんかあったら製造元連絡するから声かけろよ」
ベッドに、さっきまでリビングのソファに寝かせてたネコをそっと寝かせた。
相変わらず触ると熱いし、しばらく起きそうにないくらい深く寝ちまってる。
ほんとやっかいだよな。こいつ。
こんな事で無理やり関連つけて…罪償おうとでも思ってんのかな俺。
動かなくなったネコを見ながら、思い出したくもねえ過去を思い出していた。
―――10年前
「ねこだ!」
小学生の俺は夏の雨の日、帰り道捨てられた子猫を見つけた。
灰色の毛、ブルーの瞳。
子供ながら綺麗だと思った。雨に濡れて更に小さくなった体が震えて、
俺はどうしても助けてやりたかった
今考えりゃ、相当純だったよな…。
愛情かけて育てたたったの数日間のあと、
子猫はあっさり車に轢かれて、まるで違う物体になってしまった。
トラウマだ。
愛情が深けりゃ深いほど絶望だって底抜けない。
綺麗であればあるだけ残酷だ。
……俺、詩人だな。
だからって…今更……なんだっていうんだよ。
見た目が似てるってだけで、こんな機械に何の情移し始めてんだよ
「クソネコ……おい」
ネコは、俺が呼んでるつうのに返事すらできない様子だった
このまま…死んじまったりするんだろうか
って、死ぬも何もそもそもただの機械だって
しかもこんな押し付けられてよ…
【残り168日】
明け方
「クソネコ?」
寝返りうって、ふと触れたネコの身体に違和感を感じた。
嘘だろ…息してねえ…体が冷たい…
「松田!」
「……んー、なんだよぅ…こんな朝早く」
「ネコが…」
松田は部屋に入ってネコの様子をしばらく確かめると小さく言った。
「…停止してる。」
「どうゆうことだよ」
「このアンドロイドは、動力燃料が人間と同じように口から入れたもので成り立つんだ。あまり食を断ってたから…ダイレクトに機能が落ちて自動的にシャットダウンしたんだ」
「どうすればいいんだよ」
「まあ、………製造元に渡せばいいじゃん。どうせ俺は新しいアンドロイド来るし。一新だってそれでいいんだろ?」
「……そりゃ」
そうやって、わりきれるのか?
機械だ機械だって
思ってたのは虚勢なんだ。わかってる。
こんな人間みたいなアンドロイド
心が、設定された感情を表出してるだけだってわかってても
あの時助けてやれなかった子猫と何変わりあるっていうんだよ
…せっかく、会えたってのに、
「ッ!」
「どうした?一新」
「うるあ!起きろ!」
「わッびびった」
俺は、今朝食おうと思って用意していたパンをネコの口に押し付けた。
「飯を食え!」
だけどそのかけらは口から転がっていく。
ちくしょう…
「…けんた!」
ぴくん
「い、い、一新」
「けんた、」
「オイオイ!……目…開けたよ一新!」
「に…ちゃ……、」
うわ 俺
自分で思ってるよりもしかしたらまだまだまだまだ…実はすげえ純情なのかな。
こんな一言で救われた気になるなんて。
「俺が、元にもどしてやる…」
「……」
けんたは力ないけど笑顔で、幽かにうなずいたみたいに見えた。
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