第三話 ​闇に潜むは鳥獣の檻

0/6 夜陰

 拘縲こうるいはしなやかな腕を伸ばした。暗闇の向こうに人がいる。

 彼、は何も気付いていない。

 人間の散漫さんまんな注意力では、己の前方たかだか百二十度の危険を察知するのが精一杯だ。ましてや、それが足下に潜んでいるなどとは想像も及ぶまい。

 彼らは地面が絶対だと思いこんで過ごしている。


 ──何にしろ、彼はこれからそんな注意を払う必要もなくなるのだが。


 それでも拘縲は、彼に気付かれないようにそっと近付いていった。ごくたまにだが、敏感な者が自分の存在に気付くときがあるからだ。

 他に誰も居ないのは判っている。この周囲はすべて彼のモノだ。


 ──それでも、なるべく声を上げられないように。


 音もなく腕を男の足にからませると同時に、もう一本の腕を首に回し、素早く締め上げる。 

 突然にからだの自由を拘束こうそくされ、男は声にならない悲鳴を上げた。

 そして見た。

 大地が弾ける勢いで、土の中から下草の間から、冷たい銀色に光る腕が飛び出すのを。腕は痙攣けいれんするような動きを見せながら、潮騒しおさいを思わせる音と共に接近してくる。


 ざわざわ、ざわざわ、ざざあ、ざ。


 地面から生えた腕は様々な長さがあったが、全て右手で、どれも作り物じみていた。その上、なまりのようにずっしりと重く冷たく、指は刃物のように鋭かった。

 鈍く輝くその指で、拘縲は彼のからだを握り締める。

 肌と肉をくぶつぶつという気味の悪い音は、彼の耳に届くよりの先に骨を通して体に響いた。

 彼は苦痛と驚愕の悲鳴を上げようとした。

 だが、それは、くぐもった断末魔の悲鳴と共にそっとのどの奥に押し戻される。


 ……細い三日月の晩の事である。

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