1/6 噂話
「……
「やだね。俺は元々夜行性なんだ。こんな昼間っから移動なんて
身の丈七尺はあろうかという狼は、眠そうな声で適当な理屈をこねた。だらしなく地面に寝転がり、ふくらはぎの中ほどまである長い尻尾で抗議するように地面を叩いている。
「昨日は俺の寝ている横で大騒ぎしやがって。気になって眠れなかったんだから、ちょっとは寝かせろよ」
「僕が
怒ったように、少年は狼の首の後ろをぐいと引っ張った。
「起きないっていうなら、老狼が寝ている間にこの立派な
首の後ろの長い毛を握る、少年の手にじわりと力が入る。みし、と嫌な音が毛の根元から響いてくる現実に、狼は口元を引きつらせた。
「なんだって? この俺の上等な毛皮を傷物にしようってのか!」
慌てて飛び起きる。毛をむしられないようにと立ち上がった狼の慌てように、少年はちょっと口の端を上げた。
歩き出しながらひらひらと手を振って、肩越しに見せつけてくる。
「冗談だよ」
もともと表情がほとんどない相手だけに、少年の冗談は冗談に聞こえない。老狼はそう思って
少年の名は
整いすぎるだけ整ったその顔は人形のようで、話す声も淡々と高い。顔の造作、
この国では葬色とされている白が基調の服を着て、長い白髪を布と金具で
そしてその隣、今なお眠そうな顔をして長い爪で耳の後ろを掻いている狼は、少年に呼ばれていたとおり名を老狼という。狼がそのまま進化して、人間のような生物になったらこうなるだろう、という見本のような生物だ。俗に『
黒光りする銀色の滑らかな毛皮は、きれいに撫でつけられて一筋の乱れもない。橙と青が基調の上下を纏い、歩きながらあちこちを見回したり、
この妙な取り合わせに、すぐ脇の街道を通っていった農夫が、不思議そうな顔つきで
それを横目で見送っていた狼は、人里が近づいてきたのだと悟って小さく尻尾を振った。
「うむ。時に怜乱、やはり今日も野宿なのか?」
「……それが嫌だから早く起きてっていったんだよ。僕の憶えている地図が正確なら、八里程行った所に小さな村があるはずだよ」
少しばかり段差になっている
「よし。これでやっと甘いものにありつけるな」
「……あのね」
じろりと睨んでくる怜乱に、
「はっはっは、冗談だ、冗談」
にやりと口角を上げると、狼は先に立ってすたすたと歩き出した。
* * *
村人曰く、
『半年程前から、帰りが遅くなるかもって言って森に行った奴らが帰ってこねえって聞くな。いや、隣村の話だからよくは知らねぇんだが』
『あの森には
『夜な夜な
『いや、どこの森だかはよく知らないんだが、多分近所だよ』
行き会った村人からは、あからさまに怪談じみた話が次々と耳に入ってきた。
「どうするよ、怜乱」
「そうだね。隣村に行ってみてもいいけど、ここから直接森に向かってみても問題なさそうな気がするな」
村の片隅の茶店で遅い昼食を
「だが、森って言ったってそれなりに広いぞ」
「じゃあ、もう少し話を聞いてみる?」
とはいっても、ものを食べているのは老狼だけで、怜乱はそれを肩肘ついて眺めているだけだ。
小豆の
「よくそんなものが食べられるねえ」少年は軽く嘆息した。「狼のくせに」
そう言う怜乱の前には、空になった徳利が五六本、神経質なまでに整然と並べられている。
「俺が思うに」老狼は眉を上げて言い返す。「昼間っから酒を引っかけるような奴にそんな事を言われる覚えはないね。それに……」
そこまで言った時、先程追加された団子を持って、茶店の主人がやってきた。
いかにも話好きそうな顔だな、と怜乱が考えていると案の定。
「ねえ、お客さん」
頼まれてもいないのに話しかけてくる。しかもとびきりの笑顔で、だ。
「ん、何か話かおやじ」
前にもましてこてこてに餡の載せられた皿を前にして気分上々の老狼は、卓の下で足をつつく怜乱を無視して、茶店の主人と話を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます