第3話 つながり
十二月に入った。
外ではどこのデパートもイルミネーションが飾られてクリスマスシーズンで賑わっている。
学校では冬期休暇と同時に期末試験も近づく時期なので、生徒たちはなんともいえない心持で学校生活を過ごしていた。
私がいるクラスには、カップルが何組か成立している。その恋人たちはクリスマスに向けてなにやら浮き足立っているようだった。今年になって初めてカップルになった人たちは、初の聖夜ということでより一層浮ついていた。
そんな人たち、いわゆるリア充をみて歯ぎしりしている生徒、またはいっそ開き直って「俺たち(私たち)には関係ない」といった態度で自分たちなりにクリスマスを楽しむ計画を立てている生徒など、様々な人間模様が私のクラスには存在していた。
私はそんな彼彼女らをぼうっと眺めてひとつ、ため息をついた。
先生と、クリスマスどこかに行きたいなあ。でも、最近先生との関係があまり進展していないというか、良くない方向へと進んでいる気がする。
一番愛が深まっていた時期は、それこそクリスマスどうしようかとか、先生とどこに行こうかとか、そんなことを考えていたけれど、今はそうでもないというか、このまま何事もなく一年が終わりそうな気がしてならない。
まあ、考えてみれば元から外にデートとかに行かずに付き合っていたわけだから、いつも通りと言われればそうなんだけど。
思わず一際大きなため息を吐き出した。すると隣から声をかけられた。
「どうしたの? 木野さん」
左を向くと、そこには私の隣の席に座っている桜田さんが、少し心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。
「べつに、なんでもないよ」
「そ、そっか、良かった」
私が割かしそっけなく答えても、桜田さんは眉をしかめるどころかただただ素直にほっとしているような安堵の表情をみせた。
ここ最近、私はよく桜田さんとだけは会話をするようになった。今みたいな朝のHR前の時間帯だったり、授業の合間の十分休みにだったり。しかし、会話をする以上の関係には発展していない。その会話も、すごく内容の薄い他愛もないものだ。
「あ、あのさ」
「へっ!?」
ぼうっとしていたのでいきなり声をかけられた瞬間、変な声で応じてしまった。
「あ、ごめん、なさい・・・・・・」
「・・・・・・いいよ。で、何?」
「いや、その・・・」
「何? なんもないんだったら」
「あ、その、これっ!!」
そう言って彼女が差し出してきたのは、一冊の文庫本だった。
「この本、す、すごく面白いの。だ、だから良ければ読んでみない・・・・・?」
正直、私は読書があまり好きではない。一人でただ席に座ってるのも変だなと思うときだけ、暇つぶしのために本を読むことはある。でも、自分から進んで書店に足を運んだり、好きな作家がいるわけでもない。
なので、本を勧められてもはっきり言ってありがた迷惑だった。貸されて受け取ったとしても、多分読まない。
だから最初は彼女の勧めを断ろうと思った。しかし、言葉を発する直前に彼女の真剣な姿勢と精一杯の勇気で一冊の本を震える両手で差し出している姿が目に移り、このまま断ってしまうのもなんだか躊躇ってしまった。
結局、私は彼女の提案を受けいれた。
「・・・わかった。読んでみる。ありがとう」
私が本を受けとると、彼女は顔を上げぱあっとした表情を見せた。そして朗らかな笑顔で
「ありがとう、受け取ってくれて」
優しく、静かに言った。
帰宅途中での電車のなか。
席に着き、私はいつも通りスマホをいじろうとして鞄の外ポケットに手を伸ばした。そして今朝桜田さんに渡された本が鞄の中に入っていることを思い出す。
彼女の顔が浮かんだ。あの、穏やかな笑顔で人を見る表情が。
(試しに読んでみるか・・・・・)
そう思った私はスマホを取り出すのをやめ、代わりに鞄のチャックを開いて一冊の文庫本を手に取った。
「ど、どうだった? 読んでみて・・・・」
翌日の朝。私は彼女に本を返した。返した直後に、読んだ感想を聞かれた。
「どうって・・・・・まあ、面白かったと思うよ」
「ほんとっ!?」
「でも、私やっぱりそこまで本自体が好きじゃないや。その本も、途中で読むの諦めちゃった。なんか意味わかんなくて」
「そ、そっか・・・・・・・・」
私は正直に言った。彼女が貸してくれた本は、いわゆる純文学系の本だった。大衆小説やライトノベルだったらまだしも、普段本をあまり読まない人にいきなり小難しいジャンルの小説を勧めるのは彼女のミスだと思う。
本当に読んでいて、活字を目で追って話やテーマを理解しようとすることに疲れてしまったから、私にはこの本は合わないなと思った。だから、申し訳ないけれど最後まで読まずに返却することにした。
「ごめんね、そうだよね。無理に勧めちゃって、ごめん・・・・・」
彼女の表情は一気に暗くなり、声も下がっていくようにしてぼそぼそと途切れていった。
「え、いやあのさ、だからその本は面白いとは思うよ? ただ私には合わなかったってだけでさ」
なぜかは自分でもわからないが、私は彼女を急にフォローし始めた。
「だから、今度からはあなたと同じような読書好きの人に貸してみなよ。私は、もういいからさ」
しばらくしてなんとか彼女はいつものほんのり明るい表情に戻っていった。しかし、私が何故彼女に対してここまで真面目に対応しているのか、自分でもよくわからなかった。
それからまた数日が過ぎた。学校はテスト期間へと突入し、心なしか生徒も先生も雰囲気がピリピリとしていた。
テスト期間中は先生とは会わなかった。もちろん、授業がある日は顔をみることはあるけれど、わざわざ水曜日の放課後に物理準備室に行くようなことはしなかった。
元々このようなテスト期間中は先生から「会うのをやめよう」と言われていた。「ちゃんと学生なんだから勉強はしないとな」と爽やかな笑顔で言われたのを覚えている。
だから、いつも通りと言われればこれもいつも通りなことだった。
テストの最終日。この日最後の科目である数学が終われば、二学期は終了する。
まだ答案返却や終業式が残っているが、それさえ終わればもう次の日からは冬休みだ。
テスト終了のチャイムが教室内に鳴り響く。しばらく手に持っていたシャーペンを机に置く音が辺にこだまする。
回答用紙が回収され、試験監督の先生が教室から去った時、クラスから一斉にガヤガヤとした声が漏れだした。
私もいくらかすっきりとした、いい気分になっていた。
今日は、先生に会おう。先生に会って、クリスマスどうするか試しに聞いてみよう。
私は鞄からスマホを取り出して、先生にLINEでそのことを伝えた。
「木野さん、あの・・・・」
ちょうど文字を打ち終えた瞬間に声をかけられたので、私は慌ててスマホを鞄に隠した。
「なに、いきなり?」
「あ、ごめん、いや、その・・・」
先生との交流がバレたらまずいと思って内心穏やかではなかったため、少しきつい言い方で反応してしまった。桜田さんは私の態度に動揺したらしく、かなりうろたえていた。
「・・・・・あ、ごめん。ちょっと物言いキツかったよね」
「いやこちらこそ、何か気にさわるようなことをしてしまったみたいで・・・」
「別にそれは大丈夫だけど、で、何か用?」
「あの、今日はこのあとって、暇、かな?」
「え・・・・・」
桜田さんの表情は晴れやかだった。純粋な瞳でこちらを見つめていた。
「・・・木野さん?」
「・・・あ、えっと、暇では、ないよ。このあと用事あるから」
「・・・・あ、わかった。ごめんなさい、変なこと聞いて」
彼女は少し残念そうな顔をしたけれど、ふと気がつくといつもの朗らかな表情に戻っていて、そのまま帰りの支度を始めた。
桜田さんは私に何を言うつもりだったのだろう。暇かどうか聞いてきたってことは、このあと私を誘って何処かに行くつもりだったのかな。でも、彼女の性格から考えて人を連れて遊びに行くなんて考えにくいし・・・・。
一体私に何を言おうとしていたのか彼女に聞いてみようなんて気も起きなかったわけではないが、やっぱり止めておいた。
それよりも今日は、久しぶりに先生に会うんだ。私にとってはそのことの方が重要で大切なことだ。
私ははっと思い出したようにスマホを確認した。
まだ私が送ったLINEのメッセージに既読はついていなかった。
私は物理準備室の前にいた。
もしかしたら先生がいるかなと思ってドアを開けようとしたがどうやら先生は中にいないらしく、鍵がかかっていて開かなかった。
しょうがないから、私は物理準備室の前で待つことにした。同時にスマホを取り出しそのことを先生に伝える。まだ返信はないし既読もついていなかったけれど、とにかく先生に会いたい為に、私はひたすら待ち続けた。
時々他の先生が通りかかり「ここで何してるの?」などと聞いてきたが、「何でもないです」と言って適当に誤魔化した。ある先生は私の返答に対して強くつっこんできたので、その時は物理準備室前で待つことを諦め、一旦帰るふりをして校門まで行き、そこで待つことにした。
既読がついた。私はスマホの画面を見つめ、返信を待ち望んだ。
十分ほど経っても、先生からの返信は来なかった。
(既読スルー・・・? どうしたんだろ、今までそんなことなかったのに)
不安になり頭を悩ませていると、ある一人の先生が校門から出てきた。私は上沢先生が学校にいるかどうかその人に聞いてみた。
「上沢先生? 上沢先生ならもう大分前に帰っちゃったよ。なんか今日は大事な用があるからって言って」
「そ、そうなんですか・・・」
「どうしたの? 何か上沢先生に用でもあった?」
「あ、はい。ちょっと勉強のことで・・・」
「おお、テスト終わったばっかなのに関心だねえ」
「・・・あの、教えてくれてありがとうございました」
「何だったら明日上沢先生と会ったら伝えておくよ?」
「それは、大丈夫です・・・。ありがとうございました。失礼します」
私は礼をいい終えるとそそくさとその場をあとにした。
私は電車内にいた。結局先生からの返信は未だに来ないし、もう待っているのもバカらしくなって素直に帰ることにしたのだ。
それにしても、『用』って何なんだろ。私のメッセージに対する返信ができないほど急を要するものだったのだろうか。もし、わからないけれど身内や親しい人に不幸があったとか、そういうことだったなら仕方ないし、むしろ私の要求なんて全然無視してくれて構わないけど、果たして一体先生は今どこで何をしているのだろう。
こんなところで考えて憶測を重ねたって、意味はないことはわかっている。ただ、テスト終了直後の私の心境と、現在の心境とではひどい落差があり、このもやもやとした気持ちをどうにかしたくて思考を巡らせてしまうのだ。
ひとつ、ため息をついた。人って期待していたことが実現しないと何故こうも落ち込むんだろう。世の中自分の思い通りにならないことの方が多いと頭では理解しているはずなのに。
電車が駅に停車した。私はこの駅で降りて別の路線に乗り換える。この駅は様々な路線が通っているターミナル駅で、駅の周りには繁華街が広がっている。
人混みに紛れながらなんとか改札を通り抜けて次の電車に乗るために歩き進んだ、その時だった。
私は人の群のなかに、覚えのある人影をみた。それは私が今日何としてでも会いたくて、でも叶いそうになくて諦めていたその人だった。
私は急に気分が高揚したような感じがして思わず声をかけようとした。
が、それはしなかった。できなかった。何故なら、先生の隣に見知らぬ女性が一緒に歩いていたからだ。
(・・・・・・・)
私はしばらく何も考えることができず、ぼうっとしているうちに人混みに押されて流されていった。
気がついたら先生の姿は見えなくなっており、私は人の流れからはみ出すようなかたちで駅内のコンビニ前に佇んでいた。
(大事な用って・・・・・そういうことだったの、先生?)
私は肩からぶら下げていた鞄を抱えるようにして強く抱きしめた。
人混みが、大きな生き物みたいに見えて、それが怪しく奇妙に動いていた。
「先生、どういうこと?」
翌日。
午前中のテスト返却が終わったあと、私は職員室に向かい上沢先生に会って、「今日はどうしても物理準備室で話し合いたいことがある」といった旨を伝えた。
先生は了承し、先に私が物理準備室に向かって、あとから先生が来る形になった。
そして、先生がドアを開けて姿を現した瞬間、私は早速昨日のことについて問い詰めた。
「どうって、何が?」
「昨日、私がLINEで伝えたことに対して反応がなかったじゃない。なんで返事をくれなかったの?」
「ああ、それは・・・・ごめん、昨日はちょっと急を要する出来事があってね。メッセージは確認して、ちゃんと後で返事しようと思ってたんだけど、すっかり忘れちゃったんだ。本当にすまなかった」
先生は気さくな表情で、軽く謝った。ついついやってしまたんだ、といった風な笑みを顔に浮かべていた。
「急を要することって、別の女の人とデートすること、なの?」
私がそう言い放つと、先生の顔は一瞬固まった。そして「え、何言ってんだよ」と言って表情を崩しこちらに歩み寄ってきた。
「私、昨日駅で見たの。先生が、私の知らない
先生はひどく動揺していた。必死にひきつった作り笑いを顔に浮かべた。
「そ、そう! 昨日の女性は俺の姉で・・・・・・」
「・・・・でも、先生とその女の人、肩を寄せ合いながら、手も互いにしっかりと握ってた。私、はっきりとそれを見た」
先生の顔からは作り笑いさえも消えていた。ただ私の言葉を強ばった表情で聴いていた。
「あれを、姉弟っていうのは、無理があると思う・・・・・・・ねえ、先生。本当のことを私に教えて。昨日誰と何をしていたのか。なんでそんなことをしていたのか、その理由も、全部私に・・・・」
「ああ、もうわかったよ!」
突然、壁を強く叩く音が響いた。私の言葉を遮るようにして響いたその音は、先生が右腕で物理準備室の壁を叩いて発生したものだった。
「・・・・先生?」
「わかったよ、認めるよ。昨日は、あれは浮気だ。これでいいか」
先生の目はつりあがっていた。鋭く睨むようにして私を見つめている。
こんな先生の表情は、初めて見た。
「は・・・・? 認めるって」
「だからそのままの意味だよ。俺はかつて学生の時の同級生と付き合ってる」
先生はもはや開き直っていた。その表情にはある種の清々しさも感じられた。
心臓の鼓動が速くなる。変な汗が額から流れた。
「・・・・いつから付き合ってたの?」
「もう、三ヶ月くらい前から」
「なんで、なんでその
私は必死に問い詰めた。私の心の中心にいた、支えとなる存在が徐々に瓦解していった。
「・・・・前に言っただろ、俺はもう変わったんだって」
「え・・・・・?」
「俺はもう、お前だけが頼りじゃなくなったんだ。お前みたいに、いつまで経っても何かにしがみついてないと生きていけない人間じゃないんだよ!」
鼓膜に針が刺さったみたいだった。先生が言い放った言葉は私の心情の急所をピンポイントで突き刺し、その瞬間に私の全ては崩れ去り跡形もなくなった。
「・・・・そんな、ち、違うわた、し、は・・・・」
「俺はこれから自由に生きていく。自分の人生を生きるんだ。だから、お前には構ってられない」
先生は荷物を持って物理準備室から出ていった。最後に、ドアを開ける直前に一言「じゃあな」と言って去っていった。
私は踏み切りの前にいた。
空模様は良くなく、あともう少ししたら雨がふり出すだろうと思われるほど、どんよりとした厚い雲に覆われている。
時折吹く風が、私の心を突き刺すように冷たく体に当たる。
私の周りには人が数人いて、共に踏み切りのバーが開くのを待っていた。
私は、支えを失った。先生に言われた通り、私は何かにしがみついてないと生きていけない人間なのだ。
先生もかつては私と同じだったはずだ。互いに依存しあい、互いが相手を必要として生きてきた。
でも先生はいつの間にか変わっていた。いや、私は先生が変わっていたことに気付いていたかもしれない。ただ、目をそらしていただけだったのだろう。
ああ、久しぶりにこの感覚を思い出した。私がまだいじめられていた時にはよく味わっていた感覚だ。
自分は、誰ともつながることができない、そういう存在だ。
気がつくと、私は足を一歩踏み出していた。まだ踏み切りのバーは開かれていない。
周りにいた人たちがざわざわと私に向かって何か言っているような気がしだが、よく覚えていない。
バーを通り抜けようとした、その時だった。
がっしりと腕を掴まれた。(ああ、誰かに止められたか)と思って後ろを振り向くと、
「何してるの、木野さん⁉」
目の奥から私を見つめる桜田さんが、私の後ろにいた。
私と桜田さんは近くの公園にいた。私たち以外誰もいなかった。
私はベンチに座り、彼女も隣りに座って心配そうな表情を浮かべていた。
「どうしたの、木野さん。何があったの?」
桜田さんは真剣な目で話しかけてくる。
「学校とか、家でつらいことでもあったの?」
彼女は優しかった。それでいてやはり強いんだなと改めて感じた。桜田さんは本当に私を心配してくれた。私はそこまで親しくない相手にここまで真剣に向き合える彼女を少し羨ましくも思った。
「・・・・別になんでもないよ。あなたには関係ない」
私は彼女の好意を振り払おうとした。顔を完全にそらし、彼女の顔を見ないようにした。
「・・・・・上沢先生と、何かあったの?」
その言葉が耳にとどいた瞬間、私は勢いよく彼女の方に振り向いた。
なんで、なんでそのことを・・・・・?
「だ、大丈夫。このことは、だ、誰にも言ってないから」
彼女は私の顔を見て少し動揺しつつもそう言った。
彼女は続ける。
「木野さんが、物理準備室から出てきて、そのあと上沢先生がそこから出てきたのを、ある日の放課後に見ちゃって。最初は、なにか木野さんが相談でもしてたのかなと思ってたんだけど、物理の授業中に上沢先生のことをすごく見つめているのを見て、もしかしたらって、思ってたんだ」
誰にも見つからずに密かな愛を育めていたと思っていたけれど、実際はそうではなかった。木野さんは私と先生の関係を知っていた。
そのうえで、私と教室内で交流していた。
「なんで、そのことを誰にも言わずに黙ってくれてたの?」
「・・・もちろん、教師と生徒が付き合うっていうのは、あまり良いことではないってわかってるけど、私が、下手に踏み込んで、それで本当に愛し合ってる二人だったとしたら、その関係を壊してしまうのは嫌だし、それに・・・」
「それに?」
「木野さんが幸せそうな顔をしてたから。私は、それを壊したくなかったから」
桜田さんは、普段通りの朗らかな笑顔で言った。
「私、ね、き、木野さん、と、友だちになりたかったんだ。だから、木野さんが愛してる人なら、私はそれが誰であってもいいって、思ったの」
桜田さんは一生懸命言葉を紡ぎ言い終えた。その顔は言いたいことをちゃんと言えてホッとしている表情に見えた。
私はそんな彼女の顔を直視することはできなかった。だって、とても眩しかったから。私なんかよりちゃんと強く生きている人の笑顔は、私にとっては眩しすぎた。
「だから、木野さん、私は、あなたを応援してるから。わ、私なんかが応援したところでどうにかなるとは自分でもわからないけど、でも、できる限り私、あなたを」
私はもう訳がわからなくてどうにかなりそうだった。桜田さんがこんなにも私のことを思ってくれていたなんて、考えもしなかった。
でも、私は・・・・。
ふいに、先生の言った言葉が思い出された。
そうだ、私は、
「駄目だよ、桜田さん。私なんかに近づくのは」
「えっ・・・・・?」
「私はね、あなたと違って強くもない。それに、ダメな人間なの、私は。何かにしがみついてないと生きていけない、最低な人間なの!」
目から涙が溢れながら、私は思いっきり叫んだ。空気の冷たさなんか忘れてしまうくらい、私の顔は熱かった。
しばらく沈黙の時が流れた。公園には相変わらす人はいない。数羽の鳩が砂場の近くで鳴いているだけだ。
そしてある時、この沈黙は破られた。
「・・・そんなことないよ」
「え・・・?」
「木野さんは、ダメな人間なんかじゃないよ」
「でも、私」
「木野さんは、私が勧めた本を読んでくれた。そして正直に感想を述べてくれた。私はそれが嬉かった」
「そ、そんなことくらい、のことで」
「私は知ってるよ。木野さんが掃除当番のときは一人真面目に掃除をしていること。朝誰よりも早く学校に来て、窓を開けたりしてクラスのために行動していること」
桜田さんは淡々と、でも優しく語っていった。
「木野さんはダメな人間じゃない。普通だよ。普通に、良い人だよ」
気がつくと私の手は桜田さんの手によって握られていた。じんわりと暖かい感触が腕から体全体に伝わってくる。
「それに、私は、強くなんかないよ」
私は顔を上げた。彼女の顔を見た。
「人と関わるのが恐くて、いつも自分だけの世界に閉じ籠ってた。だから読書ばっかりして空想の世界に逃げ込んでた。こんな人間、強くなんかないでしょ?」
曇天の隙間から太陽の光が差しこみ、ちょうど二人を包み込む。
「というか、人間は皆弱いんだと思う。弱いからこそ、互いに助け合って生きているんだと思うな」
「・・・・・桜田さん」
「木野さん、だから、つらかったら私を頼って。私も、これからはつらいことがあったら、あなたに相談するから・・・・」
「・・・つまり、それって・・・・・」
ふわっと、優しい風が吹いた。二人の髪を静かに揺らした。
「と、友だちに・・・」
さっきまで上手にしゃべっていたのに、途端におどおどしたしゃべり方になった。よほど緊張しているのだろう。
「うん、いいよ。私でよければ、なろう、友だちに」
桜田さんの表情は明るくなった。私も自然と笑っていた。
この日の午後は、とても暖かった。
「ちーちゃん、ちーちゃん」
そう言われて私は目を覚ました。気がつくと私は座席に座って気持ちよく寝ていたようだ。目の前には大きなスクリーンがある。
ああ、映画館か、ここは。
確か喫茶店で待ち合わせして、そのあとここに来たんだっけ・・・・・。
ようやく意識がはっきりとしてきた。
「もう、相変わらず映画の途中で寝るクセ直ってないね」
「いやあ、ごめんごめん。ついつい」
そんな会話をしながら私たちは映画館を後にした。
「なんかさ、懐かしい夢みた気がする」
「え、どんな?」
「うーんと、私となーちゃんが初めて出会ったころの・・・・・・いや、やっぱりなんでもない」
「えー、何なの? 気になるよー」
「言いたくなーい」
思わず笑みがこぼれた。
「なんだそのニヤケ顔はー‼ 」
「いつしか然るべき時が来たら教えよう」
「その然るべき時は本当にくるんですか?」
「うーん、来ないかも」
「ああー、ひどい!」
私と菜奈は互いに顔を見合った。そして笑った。夕方の河川敷を私たちは歩いていった。
私は、本当のつながりができて、心から嬉しく思う。
(了)
少女のつながり 前田千尋 @jdc137v
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