2章_1
アレクシスが同時に三匹の蛇に嚙まれたり、蛾の毒が
予定していた時間をかなり
それになによりモアネットの疲労を募らせるのが、目の前の
王宮に近いこの市街地は
そんな中、行き
注がれる視線は
「アレクシス様ってば嫌われまくってますね。ざまぁみろ」
「モアネット、せめてもう少し言葉を選んでくれないかな」
「嫌われまくりでございますのね。ざまぁごらんあそばせ!」
「どこの言葉かな」
分かりやすい暴言と共にモアネットが笑ってやれば、アレクシスが
だがそんな彼は己の中の
「馬車の中でとる食事も買っておきましょう。アレクシス王子、危ないので俺と共に居てください」
「この市街地が危ない、か……。モアネットはどうする?」
「ワインをお金に
そうして道の半ばまで進んでチラと背後を振り返れば、アレクシスとパーシヴァルが背を向けて歩き去っていくのが見えた。人々の冷ややかで気味の悪い視線がそれに合わせて動くのが分かる。
その光景に、モアネットが兜の中で瞳を細めた。
彼等の背中越しに見える市街地は、いつもの市街地と何一つ変わらない。行き交う人々、聞こえてくる賑やかな声、店先に並ぶ品々は相変わらずどれも
変わらぬ市街地。いつも通り……だがアレクシスとパーシヴァルに注がれる視線だけは冷ややかで、それがモアネットには
「あのアレクシス王子の護衛なんて、大変ですねぇ」
会計の最中に言われた言葉に、パーシヴァルが
おまけに「王命ですか?」と
彼を守ると決めたのは自分の意志だ、それは断言出来る。
だけど今はもう、それぐらいしか断言出来ない。
「人を待たせている、早く包んでくれ」
そう
「あの子とは、モアネット
「そうですよ。あんなふうに姿を
「見た目の悪さ……」
「お母様も妹もあんなに美しいのに。神様ってのは
「彼女の顔を、モアネット嬢の姿を見たことがあるのか!?」
「え、か、顔? いやまさか、相手はアイディラ家のお嬢さんですよ。それにずっと
パーシヴァルの勢いに
モアネットが初対面のアレクシスに
その後すぐにモアネットは顔を隠し、姿を隠し、そして古城に引きこもり鉄の鎧を
つまり社交界どころか世間にもろくに顔を見せていない。実際にモアネットの姿を見たという者は少なく、
そのうえエミリアが
そう訴える店員に、パーシヴァルが苛立ちを押し隠しながら「それなら」と
「モアネット嬢を実際に見ていないのに、どうして彼女を醜いと言う」
「そりゃあれだけ容姿を隠してるんだから、よっぽどなんでしょう。それにアレクシス王子の言葉を受けてアイディラ家はすぐに
「見ていないのに」
「まぁでも、見た目は悪くとも彼女は
パーシヴァルの苛立ちを察したか、
それを受け取りパーシヴァルが小さく
そんなやりとりがパン屋で行われているとは
向けられる視線は重装令嬢の
彼等の仲間だと思われたら嫌だな……と、そんなことを考えながら道を歩いていると、背後からトタタと小気味よく
次いで
「モアネットお姉様!」
という声に
そこに居たのは
そんな少女の姿に、モアネットがポツリと「エミリア」と妹の名前を口にした。
エミリア・アイディラはアイディラ家の次女でありモアネットの妹である。
紺の髪に
「エミリア、どうしてここに?」
「お姉様が居ると聞いて、慌てて来たんです。
エミリアは優しい子だ。モアネットが
幾度となく古城の
会えないならと
だがモアネットはそんな妹の優しさに
それを姉の負担になるだけととったのか、エミリアの来訪は
「エミリア、まだ
「そうなんです。夜はおまじないをして、あれこれ考えて、お
愛らしい少女の、輝かんばかりの笑顔。
異国から取り寄せた特別な布のドレスと、上質の宝石を
「市街地では少し浮いてるね」とモアネットが苦笑と共に告げれば「お姉様にお会いできる以上の特別なことはありません」と返されてしまった。
その話も、纏う姿も、まさに『キラキラしたお
そんな
「エミリア、会いに来てくれてありがとう。でも、もう行かなきゃ。しばらく留守にするから手紙はいらないよ」
「でもお姉様……」
エミリアの声は切なげで、心から案じていることが分かる。
古城で暮らすと決めた姉が望郷の念に駆られ苦しまぬよう家族のことは
その手紙は、一度読めばどれだけ相手を
「お姉様、それならせめてこれを持っていってください……」
そう告げてエミリアが己の首元に手を掛けた。
次いでそっと外して手渡してくるのは真っ赤な石が飾られたネックレス。光を受けて輝く石は鮮やかで、角度によっては吸い込まれそうなほどに
そもそも、王族の婚約者であるアイディラ家のエミリアが着けているのだ、そこいらで売っているアクセサリーとは
きっと、このネックレスで一家族が一生を
「どうかそれを、私の代わりと思って」
「エミリア、でもこんな高価なもの」
「
そう告げてエミリアが服の上から
おまじないだのお祈りだの、そういったものをエミリアは昔から信じていた。そして夢を
そして必ずそんなお祈りとおまじないの先には『キラキラしたお姫様』が居る。己が魔女の家系であると知ってもなお『魔法使いになるんじゃなくて、魔法でお姫様になりたいのに』と不満気に
お守りにキラキラした綺麗なネックレスとは、あの時から何一つ変わっていないではないか。
そう笑みを
「ありがとうエミリア、大事にするよ」
「差し上げたんじゃありません。貸すだけです。だからちゃんと返してくださいね……」
旅に出たまま
元々この旅が終われば古城に
……ただ、返しに行くかどうかは
「それじゃ、私もう行くから」
「モアネットお姉様、どうかお気を付けて。出せるようでしたら、一言でも構いませんのでお手紙をくださいね」
エミリアがジッと見つめてくるのが背中越しに……それどころか
ポシェットが重く感じられる。
そんな自己
注目されるのは気分が悪く、モアネットはカウンターだけを向いてその上にワインを置いた。店主が奥から現れ、普段より多めのワインに訳知り顔でこちらを見てくる。
それほどまでか……とモアネットが
「あんな事を言われて旅にまで連れ出されて、大変ですね」
そう
「城で静かに暮らしていた
「……いえ、別に。私は
あくまでモアネットの目的は隣国の
そうモアネットが
「いくら幼い
むしろ今の店主の言葉こそ、鎧を
いや、彼だけじゃない。救いの言葉なんて今まで一度たりとも
それさえあれば……そうモアネットが兜の中で
あの言葉を聞かない内に。だがそんなモアネットの願いもむなしく、店主が
その言葉がモアネットの
「モアネット嬢、大丈夫か?」
と、呼ばれた声に瞳を開けて兜を上げた。
目の前に居るのは不快を
「パーシヴァルさん、どうしてここに……?」
「貴女がまだ来ないから探しに来たんだ。
話の最中に割って入ったことを
それでも去り
「……あまり気にしない方が良い」
とは、店を出て馬車の停留所に向かうパーシヴァルがポツリと
いったいどういう意味かと問うようにモアネットが彼に視線をやれば、碧色の瞳はただ真っすぐ前に向けられている。こちらを向く様子はなさそうだ。……もちろん、窺うようにこちらに視線を向けてくる周囲を見ることもないだろう。
「貴女も色々と言われてきただろう」
「色々ですか。直近だと
「俺は事実を言ったまでだ」
モアネットが
そうしてさっさと歩き出すのは、この話を終いにするためだ。
「……心配して損した」
背後から聞こえてきたパーシヴァルの不満そうな声は、彼の言う通り気にしないでおく。
そうして馬車の停留所へと向かえば、待っていたアレクシスがこちらを見つけて片手を上げた。彼の
「……な、なんですか?」
「重そうだから乗せたくないんじゃないか?」
さらっと言い切るパーシヴァルに、モアネットがレディの体重に
だがこの鎧は軽量化の魔術を掛けており、重さは衣服と同じ程度。積めれば何でも運ばされる馬からしてみれば軽い方ではないか。そもそも、鎧が元の重量であれば馬車に積むどころかモアネットが
そう訴えればアレクシスとパーシヴァルが感心したかのような表情を見せ、暴れていた馬がフスンと一度鼻息で返した。
「申し訳ありません。馬が暴れたことで何か破損してないか点検をします。安全の確認がとれたら荷を積みますので」
出発が少し
「不運な誰かさんがいる時点で安全も何もないんですけどね」
と、馭者に向けて声を
そんなモアネットに対しアレクシスが切なげに溜息をつき、パーシヴァルが
「減らず口はこれで
そう告げると共に目の前で袋を
「何ですか、これ」
「菓子だ。貴女にやる」
「なんで?」
「……それは」
むぐとパーシヴァルが言い
何かを言いたげなその表情。古城で荷造りをしていた時も彼は時折話し掛けては言い淀み、この表情をしていた。それでいて、
そんな彼と包みに入った菓子を
「いりません」
はっきりと
「私は我が
そう早口で
心苦し気にこちらを見つめるアレクシスにも、無言で袋を鞄にしまうパーシヴァルにも、とうてい何も言ってやる気にはなれない。二人の姿は見ているだけで気分が
窺うように
ポシェットが重い。
そうして馬車が走り出し、時には今後のことを話し合う。
どことなく重苦しい空気を纏いながらも馬車に揺られ、
随分と昔のことを夢に見た。
エミリアと二人、母の
こんなドレスを着たい、あんな宝石のついたアクセサリーを着けたい……幼い子供の夢は無限で、
なんて
どうして今あの時のことを思い出すのだろうか……。
どうして……。
成人男性の
「……パーシヴァルさん、眠いなら『二人共
「モアネット
「良い夢見ちゃったのがまた腹立たしいくらいで……やめて! ポンポン叩かないで! この状況で寝かし付けられて
まるで子供を寝かすように
そうして改めて睨み付けるも、彼はいまだ柔らかく笑って、それどころかまるで「さぁこっちにおいで」と言わんばかりに
そのうえモアネットが応じないことに痺れを切らしたか、
鎧のおかげで苦しくも無ければ
「あぁもう、早く正気に
「モアネット嬢、
「その良い子の
「眠れないのなら俺が
パーシヴァルの提案に、モアネットが冗談じゃないと腕の中で暴れる。彼の膝枕と子守唄で眠りにつくなんて悪夢を見ること
だというのにモアネットの拒否に対し、パーシヴァルは一向に理解を示すことも無く「ありがとう」だの「貴女は優しい」だの言って
なんて煩わしいのだろうか。
これは
どうせあと数十分で見張りを交代するのだ、彼には少し早めに眠りについて頂こう。ひとの眠りを邪魔する方が悪い。
そう考え、モアネットが彼の腕の中で
一瞬で目を覚まさせてやるとモアネットが兜の中でニヤリと笑い、ペンを羊皮紙に走らせようとし……、
「モアネット嬢、ごめんな」
「モアネット嬢、ごめん。すまない。こんなことに貴女を巻き込んで……」
「……パーシヴァルさん」
「もう貴女しか
「アレクシス王子が
「どうしてって、それは……」
言い掛け、モアネットが口を
アレクシスは
続く失敗、晴らせぬ
だからこそ思う。どうして周囲はこうも
かつてのアレクシスが良き王子で
とりわけ、彼が見舞われる不運が
だというのに、臣下も国民も
……
「両陛下さえもアレクシス王子を疑い蔑みだした。何を言っても信じて
「パーシヴァルさん……」
「貴女を古城から引きずり出して巻き込んだ。非道を許してくれとは言わない。全て終わった
そう抱きしめられたまま苦し気な声で告げられ、モアネットがどうしたものかと彼の腕の中で
彼の言わんとしていることは分かる。市街地で見たアレクシスに対する周囲の態度はあからさまを通り越し、なにか
元々アレクシスに
これも呪いか。だがどこまでが呪いなのか。
誰が、誰を、いつから、どう、呪っていたのか。
「パーシヴァルさん、私の魔術では調べることは出来ません。とにかく
「モアネット嬢、すまない。こんな苦労をさせて、俺は…………」
「パーシヴァルさん?」
「…………」
先程まで泣きそうな声色で
そうして白々しい声で、
「今夜は月が
と呟くのだ。ちなみに空は暗雲が立ち込めている。先程まで雨が降っていたのか、風もどこか
そんなパーシヴァルの姿に、ようやく正気に戻ったかとモアネットが溜息をついた。
「突然切り替わるんですね」
「……十五分
「『非道を許してくれとは言わない。全て終わった暁には俺を呪い殺してくれて良い』って言ってたのに」
「ぐっ、またも一字一句覚えたのか……!」
なんて記憶力の良い
だがパーシヴァルも今のこの状況では
これは勝機!
そうモアネットの脳内で開戦の
「パーシヴァルさん、私もう一度
「早く寝ろ」
「
「絶対にするもんか。あと言っておくけど、兜けっこう重かったからな。軽量化の魔術を掛け直しておけ」
「
「誰が歌うか。今夜のことは全て忘れろ!」
眠るアレクシスを
彼の反応を十分に楽しんだ。これは良い夢が見られそうではないか。
そう考えてモアネットは最後に一言、
「私は
と告げて、再び横になった。
パーシヴァルが
それを聞いてモアネットは兜の中で小さく息を
……そうして眠りにつく直前、本当に最後に一言、
「
と言っておくのも忘れない。
ちなみに、パーシヴァルが交代だと起こしてきたのは、それから一時間後の事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます