1章_3
「さて、それじゃアレクシス様の不運の呪いと、パーシヴァルさんの眠くなると
「モアネット嬢の呪われた画力と生み出される化け物についても話し合おうか」
「可愛いにゃんこ!」
失礼な! とモアネットが
場所は古城の一室……ではなく地下のワインセラー。これ以上床に穴を開けられたら
この際、パーシヴァルが興味深そうにワインを
それを見てモアネットがテーブルに書物を広げれば、アレクシスとパーシヴァルがいったい何かと覗き込んでくる。だがすぐさま二人の頭上に
まるでミミズがのたくったような不規則な線の
「モアネット、これはどこの国の文字?」
「これは魔女の文字。魔女だけが理解し使用する、魔女の血筋だけが
「君は読めるの?」
「読めるようになった、と言うべきですね」
そう説明しながらモアネットが魔術書をめくる。
魔女の家系にだけ伝わる魔女の文字。本来であれば親から子へと
この魔術書もアイディラ家の
そうモアネットが話せば、再びアレクシスとパーシヴァルが書物を覗き込んできた。読めないと分かっていてもページをめくって眺めるあたり、
「この本に呪いのことは書かれているのか?」
「それっぽいのは
犯人扱いしないでください、とモアネットが二人を咎める。
ここまで協力して、そのうえ
その切り
「魔女の魔術書に呪いが書いてあるってことは、やっぱり僕は魔女に呪われたのか。でもいったい
「どの魔女かまではさすがに分かりません。アイディラ家は魔女の名を捨てましたが、世界にはまだ魔女の家系が幾つも残っています。その魔女の
どちらかだと言いかけ、モアネットが口を
話を聞くアレクシスが
居た堪れないとモアネットが頭を
見ればパーシヴァルもまた苦し気な表情を浮かべてアレクシスへと視線をやり、何かを言いかけ、そしてもどかしそうに口元を引き
それを
だが事実、アレクシスは呪われている。そして呪いを掛けた犯人が誰かは分からない。
世にはいまだ
それに魔術を探るにあたり
病気や
命を落とすほどでも、
魔女の呪いにしては弱すぎる。
「呪いも
「昨夜コップを使って呪いを確認したが、同じように探ることは出来ないのか?」
そう尋ねてくるパーシヴァルに、モアネットが無理だと首を横に
二人共
鉄の兜は表情も溜息も
なんて不便なのだろうか。だが今はそれを
「私には呪いを探ることは出来ませんが、隣国にいる魔女なら出来ると思います。アイディラ家と
国境を示す線の上。行って帰って、馬車を使えば半月ほどだろうか。国境の森を
予想外の近さに
だがそんな二人に対し、モアネットは魔術書を読みながら「ですが」と
「魔女は気まぐれです。誰が相手だろうと、どんな用事だろうと、気分が乗らないと協力しません。そもそも姿を現さないかもしれない」
「そういうものなのか? たとえば王族の命令でも?」
「元々魔女というのは人でありながら一線を画した存在だったようです。だからたとえ王族が相手だろうと気分
「なるほど。俺達が行っても協力どころか会えるかすら分からないのか……」
どうしたものかとアレクシスとパーシヴァルが顔を見合わせる。
そんな二人をよそに、モアネットは魔術書をパラパラとめくりながら、
「魔女同士はそうでもないみたいですね」
と
……うっかりと、呟いてしまった。
「……魔女同士は?」
「えぇ、
意外ですね、とモアネットが己の発言に気付かずに話を進める。もちろん、アレクシスとパーシヴァルの瞳がジッと己を
それどころか、魔術書を片手に、
「魔女が来たら、おもてなししないのは何より失礼なんですって」
と魔女のマナーを二人に教えてしまう。
とんだうっかりである。もはや
「……モアネット
「そうですね。アイディラ家は魔女の文字も忘れた家系ですが、私は文字も読めるし呪符も使えるわけですし。魔女仲間が来たらちゃんと
己の発言の終わりあたりから
それと同時にモアネットの脳内を
その視線は瞳の色こそ違えど、どちらも言わんとしていることは同じ。だからこそ圧が
思わずモアネットがギゴゴと兜を鳴らしてそっぽを向き、鉄の手っ甲でそっと彼等の前へと地図を押しやった。
そうして、
「……どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ。お
という言葉は、兜の中で
「モアネット、頼む! 僕達と
「嫌ですよ
「モアネット嬢、俺達だけで魔女のもとへ向かっても会えない可能性があるんだろう!? その間に王子の呪いが悪化したら!」
「知りませんよ! 言っておきますけど、私呪ってはいませんけど許してるわけでもないんですからね!」
声を
これ以上話を聞く気はない、むしろこれ以上
外に出るなんて
むしろ狼に食い殺されるのを助けてやり、
そう考え、モアネットが再度拒絶の言葉を口にしようとし……兜の中で息を
アレクシスが深く頭を下げている。
顔も見えないほどに深く。茶色の
王族が。第一王子が。かつて
隣にいるパーシヴァルが己の
「モアネット、頼む……君だけが
「アレクシス様……」
「
知りたいんだ。
そうポツリと
かつて聞いた少年の声が
元より、モアネットはアレクシスに対してそこまで
確かにモアネットが全身
そもそも
いくら王族の身分で
己の
むしろモアネットの心に深く傷を負わせたのは、彼の『
異論を
何が醜いのか、どう醜いのか、周囲が慰めの言葉を掛けてくれないほどに醜いのか……鏡を見つめても分からず、自分の
これら全てをアレクシスのせいだとは言わない。だが彼が発端を
なんとも
そんなことを考え、モアネットが
「宿は必ず一番良い部屋にしてください」
「……モアネット?」
「最上級のルームサービス付きで。それに
そう言い切り、モアネットが「それでも良いなら」と付け足した。
「元々隣国の魔女には会いに行きたいと思っていたし、魔力が溜まる土地にも興味があった。これはあくまで、私の観光です。
モアネットがそっぽを向きながら告げるも、言葉の真意が分かっていないのかアレクシスとパーシヴァルは不思議そうな表情を
だがそんな二人の視線に対してモアネットは
道中はこれでもかと彼等に我が
快適な古城の生活から引きずり出されるのだ、
だからこれは、彼等のためなんかじゃない……。
そう自分に言い聞かせ、そして最後に、
「どうしてもって言うなら、私が隣国の魔女に会いに行くのに付いてきてもいいですよ」
と告げれば、アレクシスとパーシヴァルが目を丸くし……そして
日が暮れない内に森を
それに対してモアネットが待ったをかけた。市街地と彼の言う街、その二つを地図上で見てもそうたいして
そう
「モアネット
「……どういうことですか?」
「ここ一年、アレクシス王子が馬車に乗ると車輪は外れ扉が
そう語るパーシヴァルの言葉に、モアネットが瞳を細めた。
次いでアレクシスを見れば、彼はモアネットの視線に対し数度
だからこそ今日の内に出発したいのだという。そのうえアレクシスが小さく「市街地の宿は……」と深刻な
そうして荷造りを始めて今に至る。
ずっと一人でこの古城で過ごしていたのだ。自室なんてものは無いに等しく、元々の
そんな
時には「それは何だ」と
いったい何がしたいのか。疑って見張っているのだろうかと彼を見上げれば、
「パーシヴァルさんも椅子を直してください。それか、ワインセラーから何本か高く売れそうなものを選んできてください」
「売るのか?」
「私の資金です。私が
「分かってる。
きっぱりと言い切るパーシヴァルに、モアネットはさして返事もせずトランクへと視線を
そうして荷造りを再開するのは、盛り上がる話題も無ければ
つまり『どうぞご勝手に』ということだ。現状、モアネットの関心は彼よりトランクにある。
そんな荷造りの中、ふと本の合間から出てきた画用紙にモアネットが小さく声をあげた。
クレヨンで
それを見てモアネットが兜の中で瞳を細めた。……なんて
「モアネット嬢、それは?」
「幼い
「妹……」
パーシヴァルが
その不器用な気遣いが面白く、モアネットが兜の中で
それと同時に
お
『キラキラしたお
そう語り合っていた日の事が
……そしてよぎったその光景を搔き消すように画用紙を折り
「パーシヴァルさん、見てるだけなら手伝ってください」
「モアネット嬢……」
「早く出発したいんでしょ。それか
パーシヴァルの言葉に
どうやら言葉の裏に
「奇行って言うな」
と
「奇行を奇行と言って何が悪いんですか」
「昨夜は少し寝ぼけただけだ」
「『モアネット嬢、貴女はなんて良い子なんだ。本当に可愛くて愛らしいにゃんこだ、貴女は絵が上手い』」
「やめろ、一字一句再現するな!」
昨夜の彼の発言を再現してやれば、パーシヴァルが
どうやら己の奇行が
そうして少し気が晴れたと荷造りを再開し、手にしていた部屋着を広げた。
シンプルながら
「今のは何だ?」とは、その
「何だって、何がですか?」
「今のワンピースだ」
「私の部屋着ですよ。
デリカシーの無い方だ、とモアネットが咎める。
それに対してパーシヴァルはいまだ
荷造りをして、可愛い部屋着をトランクに詰めただけだ。だというのに
「失礼ですね。部屋でくらい好きなものを着たっていいでしょう」
「いや、だって……入らなくないか?」
「なんですか、太ってるって言いたいんですか?」
「そうじゃなくて、
そう話すパーシヴァルの表情には
そんなパーシヴァルの様子に、モアネットはいったい何を言われているのかさっぱり分からずギゴッと音をたてて首を
どうやっても何も、こんなシンプルなワンピースの着方など説明せずとも分かるだろう。
頭からすっぽりと被り、手を出して終わりだ。もちろん全身に
……この鎧を、脱いで。
「……一人の時は脱ぎますからね?」
「脱ぐ?」
「中に人が入ってますからね? 鎧が本体じゃありませんよ」
あくまで鎧は
「よし、ワインを選んでくる」
と、そそくさと足早に去っていった。なんとも白々しい
その背中を見つめるモアネットの視線はひどく冷ややかだったが、あいにくと兜
「……そういえば、あの人なんで荷造りに付いて回ってきてたんだろ」
ギゴッと音をたてて首を傾げ、それでも再び荷造りへと取り掛かった。
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