1章_2


「大広間の床でるか地下のワインセラーで寝るか、どちらが良いですか? 外の小屋でも構いませんよ」

 どうします? とモアネットがたずねれば、パーシヴァルがそれはそれはするどひとみにらんできた。

 それに対してモアネットがかぶとの中で舌を出す。もちろん鉄しなので見られるはずがないのだが、何かを察したか彼のけんしわが寄った。かんの良い男だ。

「これだけの城だ、客室があるだろう」

「知らないんですかパーシヴァルさん、客室はお客様をお通しする部屋なんですよ」

 いやみたっぷりに「「貴方あなた達は客じゃない」」と告げてやれば、意図を察したパーシヴァルの眉間の皺がより深くなる。モアネットがしてやったりと兜の中でめば、ついに彼はふいとそっぽを向いてしまった。

 彼なりに押し掛けた自覚はあるのだろう、ゆえにこれ以上反論する術がないのだ。

じようだんはさておき」と無理やりにそうとするその白々しく苦し気な態度に、モアネットの心の中で勝利のしゆくほうがあがる。

「アレクシス王子はおつかれだ。早く客室に……静かで、床が抜けず、ベッドが崩壊せず、鳥が窓をぶち破って入ってくることもなく、上の階でタップダンス大会夜の部が開かれることもなく、りんしつが深夜にパーティーを開いてサプライズのピエロがちがえて部屋に入ってくることもない客室に案内してくれ」

「ベッドが崩壊して、鳥が窓をぶち破って入ってきて、上の階でタップダンス大会夜の部が開かれて、隣室が深夜にパーティーを開いてサプライズのピエロが間違えて部屋に入ってきたことがあるんですか?」

「……改めて聞いてくれるな、思い出す」

 どうやら今あげた事例はほんの一部らしく、ここ一年まともにねむれていないとパーシヴァルがためいき交じりにつぶやいた。さきほどまで不満そうだった彼の表情も、いつの間にか切なげなものに変わっている。

 その声色にはろうの色しかなく、モアネットの心の中で再び祝砲があげられた。かみ吹雪ふぶきと共に垂れる幕にはファンシーな文字で『ざまぁみろ』と書かれている。

「仕方ないですねぇ。やさしくて親切なモアネットじようが情けをけて客室を貸してあげますよ」

おどろくほどに恩着せがましい」

「何か不満でも? 外の小屋で寝て頂いても構いませんよ」

「い、いや何でもない。優しくて親切でてつかいなモアネット嬢、客室に案内してくれ」

 分が悪いと察したのか大人しく感謝の言葉を口にするパーシヴァルに──それにしては一つ聞き捨てならない単語があったような気もするが──モアネットも気分が良くなり、先導するようにカシャンカシャンと歩き出した。



 彼等の弱り具合に思わず気分が良くなり、かんだいになってあてがったのは静かで床の抜けない客室。ごくまれにこの古城を訪れる人達に貸すための部屋だ。

 広くけんらんごうとはいかないが、まりするには十分な調度品がそろっている。ベッドもソファーも定期的に手入れをしており、胸を張って客室と言える部屋だ。

 当然だが、ベッドが崩壊することもなければ上の階でタップダンス大会夜の部が開かれることもない。隣室が深夜にパーティーを開いてサプライズのピエロが間違えて部屋に入ってくることだってない。鳥に関してのみ、森の中なので入ってくる可能性はあるが。

「アレクシス様はこの部屋を使ってください。パーシヴァルさんはとなりの部屋をどうぞ」

「いや、俺もこの部屋で構わない」

「………あっ」

「どうした?」

「いや、あの、分かりました。お、お気になさらず。大丈夫ですよ、私そういうことにへんけんない方なんで」

「嫌なづかいするな。護衛だ、護衛」

 ふざけるなと咎められ、モアネットが再び兜の中で舌を出す。

 そんな二人のやりとりに対し、アレクシスは疲労をかべた表情で徐にベッドに近付くと、その造りややわらかさをかくにんしだした。とんを軽くたたき、時に体重をかけて手で押す、それどころか全体の造りまで確認し……と、しんちようすぎる行動にモアネットがギシと兜をかしげた。

「王子、布団とまくらだいじようですか?」

「うん、ダニも居ないみたい」

「ちゃんと干してますよ。失礼ですねぇ」

「王子、ベッドの下は俺が確認します」

「いや大丈夫。今回はカマを持った男もひそんでないし、血走った目の女性も居ないよ」

「だからそんな心配……今回は!? 前に潜まれたんですか!?」

 なにそれこわい! と思わずモアネットがさけぶ。次いで慌ててパーシヴァルを見上げてしんを問えば、過去を思い出しているのかじやつかん遠い目のパーシヴァルが溜息交じりに話し出した。

 アレクシスの不評があがり彼の立ち位置があやうくなったころ、パーシヴァルとアレクシスはげるように王宮を後にしたという。そしてこの不運と不評の原因をさぐるべくあちこちほんそうし、その最中に野宿もしたし宿にも泊まったという。

 もちろん、アレクシスの不運は宿に泊まろうとお構いなしだ。時には隣室になやまされ、時には寝ている最中にベッドが崩壊し……と、どの宿でも散々な目にう。それどころか、妻のてい現場を押さえんと殺気を帯びた男に部屋違いでしのび込まれたり、行方ゆくえくらませた男をしつように追いかける女にこれまた部屋違いで忍び込まれたりしていたらしい。

 そのトラウマから、眠る前には常にベッドの下まで確認するようになったのだという。

 そう感いっぱいのパーシヴァルの話を聞き、モアネットがぜんとする。兜をかぶっているためだれにも見られないが、あんぐりと開いた口がふさがらない。

 不運の呪いといえど、これはあんまりではないか。さすがに同情がまさってざまぁみろとは思えない。

 だからこそ深く溜息をつき、かたから下げていたポシェットから羊皮紙とペンを取り出しサラサラと慣れた手つきで可愛かわいらしいねこえがいた。

 出来上がったじゆをベッドの枕元にえる。

「なんておぞましい生き物の絵だ……。そうかモアネット、この生物におそわれる夢を見ろということなんだね……」

「可愛いにゃんこ!」

「ご覧くださいアレクシス王子、この生物、顔の半分がくずれています。きっと夢の中で顔を焼きがれてしまえという意味でしょう」

「ウインクする可愛いにゃんこ! それは呪いけです!」

「「呪い除け?」」

 声を揃えてオウム返しされ、モアネットが答えてやる気にならないと他所よそを向いた。といっても彼等にはとつじよギッと音をたてて兜が向きを変えただけにしか見えないのだが。

 ちなみにこのウインクする可愛い猫の呪符は、間違いなく呪い除けである。

 もっとも呪い除けといえど万年効くわけではなく、効果はせいぜい半日。それもモアネットが寝たりはなれたりすれば効果はうすくなってしまう。

 じゆつといえど、世界中どこにいてもばんぜんりよく……なんてものではないのだ。とりわけ、長く魔術にかかわらずにいたアイディラ家の血ならなおの事。

 そのうえ呪いの犯人と真相が分からないのだから、降りかかる不運をはじくのが精いっぱいだ。

「それでも、今夜一晩くらいのあんみんは守れますよ」

 そうモアネットがそっぽを向きつつ教えてやれば、パーシヴァルが感心とわずかなあんふくんだ小さな息をらし、アレクシスが表情をやわらげ……そして意識を失うかのようにベッドにたおれ込んだ。

 柔らかな布団が彼を受け止め一度ベッドがらぎ、直後に聞こえてくるのはゆるやかな寝息。

 あっと言う間に眠りについてしまうあたり、相当疲労がまっていたのだろう。体も心も。

「そういうわけですから、パーシヴァルさんも隣の部屋で寝たらどうですか?」

「いや、俺はここに残る」

 きっぱりと断るパーシヴァルに、モアネットがごうじようなものだとかたすくめて部屋を出て行った。





 それから二時間後、自室で調べものをしていたモアネットは部屋着の上によろいまとい、再びアレクシス達の客室へと向かった。

 とびらひかえめに叩けば、しばらくしてゆっくりと開かれる。顔をのぞかせたのはパーシヴァルだ。

 暗い部屋の中、彼の金のかみは少しいろく見える。

「お楽しみのところ申し訳ありません」

「………ん? どうした?」

「え、いや……さっきのより強いのろい除けの術式があったんで、呪符をこうかんしておこうと思って」

「………そうか。うん。ならたのむ」

 間延びした返答と共にパーシヴァルが扉を開ける。そこにはにらみ付けてくる様子もなく、先程のように「いやな気遣いを」ととがめてくる様子もない。てっきり嫌みの一つでも返してくるかと思ったのに、なんともひようけではないか。

 なんだか調子がくるうとモアネットが呟きつつ、それでも室内に足をみ入れた。

 明かりを落とした暗い室内にアレクシスの寝息が聞こえる。ずいぶんじゆくすいしているようで、これは明日の朝までぐっすりだろう。むしろ朝と言える時間帯に起きてくれば良い方だ。

「この呪符なら、明日の昼までアレクシス様が寝てても……パーシヴァルさん?」

 聞いてます? とモアネットが問えば、ソファーに身を預けていたパーシヴァルが十数秒ってから「あぁ、聞いてる」と返してきた。

 その返答のおそさとこわいろから全く聞いていなかったことが分かり、モアネットが失礼な人だと彼を睨み付ける。

 だが次のしゆんかんに目を丸くしたのは、パーシヴァルがこっちに来いと手招きしているからだ。

 人の話も聞かずにこの態度、失礼どころではないとモアネットがかぶとの中で不満を漏らす。それでもしきりに手招きされればこたえないわけにはいかず、文句の一つでも言ってやろうと彼に近付き……グイとうでを、正確に言うのなら鎧のつかまれ強引にき寄せられた。

 モアネットの体が……もとい鎧が彼のむないたにぶつかりたくましい腕に包まれる。

「パーシヴァルさん!?」

「モアネットじよう……」

「な、なにをするんですか!」

「モアネット嬢、貴女あなたはなんて良い子なんだ」

「……はぁ?」

「わざわざ調べてくれたんだな、モアネット嬢はやさしくて良い子だなぁ」

「あ、あの、パーシヴァルさん?」

 グリグリと大きな手で兜をでられ、モアネットが意味が分からないと目を白黒させた。

 なにせ今のパーシヴァルは日中とはおおちがいで「優しいな」「ありがとうな」と好意の言葉をこれでもかと口にして、抱きしめて兜を撫でてくるのだ。

 これでおどろくなという方が無理な話。

 だが抱きしめられているといっても鉄の鎧は厚く、体温一つ通さずにいる。胸の高鳴りとかはいつさいない。むしろパーシヴァルがめれば褒めるほどモアネットの体温が下がっていく。無論、薄ら寒さである。


「モアネット嬢、ありがとうな。貴女は優しいじよだ」

「パーシヴァルさん、正気にもどってください……!」

「呪符も作り直してくれたんだな。本当に可愛くて愛らしいにゃんこだ、貴女は絵が上手うまい」

「どうしたんですかパーシヴァルさん、頭でも打ったんですか!?」

 モアネットが悲鳴をあげるも、パーシヴァルはじようげんで褒め続け、きつく抱きしめグリグリと兜を撫で続けていた。



 それから十五分後。

「……たまに、あぁなるんだ」

 ソファーにこしうつむき、そのうえ顔を両手でおおいパーシヴァルが説明する。彼が纏う空気の重苦しさと言ったらない。

 そんな彼の目の前に立ち、モアネットが「たまにって?」とたずねた。

「……ねむい時とか」

てください」

「いや、でも王子を」

「今、すぐに、寝ろ」

 モアネットが一刀両断すれば、パーシヴァルが「護衛が……」とつぶやいたのち、モアネットの姿をチラといちべつして大人しくりんしつへと向かった。

 きっとわれに返り自分のこうを冷静に考え、そしてモアネットのさんじようを前にして非を感じたのだろう。反論するまいと考え大人しく寝る気になったに違いない。部屋を去る際の彼の背中にはじやつかんあいしゆうさえ感じられる。

 もっとも、モアネットはそんな彼に対してフォローしてやる気にもならず、隣室で物音が聞こえてくるのをかくにんし、いかりをあらわに自らもまた部屋を後にした。

 ……散々撫でり回されてもんだらけになった鎧を纏いつつ。




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