ホワイトクリスマスの夜に

ことぶき ツカサ

1話

 夜空からまるで桜の花びらのようにチラチラと、白い雪が舞い落ちる十二月。

 町は色鮮やかに彩られ、道行く人々は皆、大切な人との時間を楽しんでいた。

辺り一面、クリスマス仕様だ。

 今日はカップルにとっては一年を締めくくる最後のビッグイベントだろう。それは俺、守山(もりやま)修(しゅう)にとっても例外ではなかった。

 俺にはSNSで知り合い、付き合った彼女がいる。今日はその二ヶ月記念日。そして、その彼女は今日、クリスマスが誕生日なのだ。

 普通ならお祝いするのが彼氏としての役目だろう。


『もうちょっとで着くよ』


 スマホにメッセージが届いた。

 俺は、最初に顔合わせした公園に彼女を呼び出していた。


『わかった。もういるから、いつものベンチに来て』


 そう返信し、スマホをポケットにしまう。

 ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草に火をつける。そこからゆらゆらと白い煙が立ち昇り、ゆっくりと吸った煙を吐く。

 たったそれだけの事なのに、自然と心に余裕が出てくる。

 もう一度フィルターに口をつけ、ゆっくりと煙を吸う。そして吐く。それを繰り返す。

 吐いた煙は、宙をゆっくりと漂い、消えていく。幻想のように儚く、だけども確かにそこにある。

 吸うと吐くとを繰り返していると雪は止んでいた。雲間から月明かりが差し込んでいる。


「晴れたか……」


 小さく呟いた俺の言葉は誰に届く訳でもなく、聖夜の空へと消えていった。


***


「お待たせ」


 可愛らしい声が俺の耳に届く。俯いていた顔を上げそこにいる人の顔を見る。


「久しぶり、美(み)夏(か)」

「うん。久しぶりだね、修くん」


 ずっと会いたかった彼女が目の前に立っていた。

 相変わらずの整った顔立ちに、女性らしい服装。何も変わってはいなかった。たった一週間会わなかっただけで、変わるはずはないか。


「話があるんだっけ? 聞かせて」


 本題をいきなり突きつけてくる美夏。

 俺の見間違いだったのかもしれない。やっぱり彼女は変わっていた。俺の知っている美夏はそこにはいなかった。

 笑ってはいるが、その笑顔はどこか噓くさく、作った表情を浮かべている美夏がそこにはいた。

 ――ああ。もう、戻れないのか。

 そう確信した。俺の知っている彼女はもう、どこにもいないんだと。


「……これ、どういうこと?」


 俺はスマホをいじり、一枚の写真を美夏に見せる。この写真は美夏の友達に送ってもらったものだ。

 そこには楽しげに笑う美夏と男の姿。ちなみに隣の男は俺じゃない。

しっかりと腕を組んで、その姿はカップルそのものだった。

その写真を見せた時、一瞬だが、美夏の顔色が青くなり、焦った表情を浮かべた。だが、すぐに元通りになり、口を開く。


「……なに、それ?」


 とぼけるように美夏は言葉を紡ぐ。

 声が震えており、視線があっちこっちに泳いでいる。


「……本当にわかんない?」


「わからないよ。修くんが何言ってるのかも、これから何を言うかも全然わかんない!」

 声を荒げ、目にいっぱいの涙を溜める美夏。実際泣きたいのは俺の方なんだけどな。


「これ、浮気……だよね?」


 俺の言った言葉に美夏は、首をゆっくりと左右に振る。


「ち、違う! 浮気じゃないもん!」

「じゃあ、これはなんなんだよ! 言ってみろよ!」


 否定の声を上げた美夏にカッとなり、こちらもつい怒鳴ってしまった。


「頼む……俺をこれ以上苦しめないでくれ……本当のことを言ってくれ……」


 目頭が熱くなる。手に自然と力が入る。膝が笑っている。立っているのもやっとだ。

 彼女の顔を見ると、そこには頬に一筋の雫を流し、震えていた。


「泣いてないでなんか言ってくれよ……」

「……ごめん」


 泣きながら振り絞って出したようなその言葉は謝罪の言葉だった。


「違う……違うんだよ! 本当のことを聞きたいんだ! 俺は!」


 またも声を荒げてしまう。

 彼女が涙を流している姿を見ていると、胸が軋み、張り裂けそうになる。今すぐにでもここから逃げ出したい。それか笑って許したくなってしまう。

 だけど、それをやってしまったら今日の意味がなくなってしまう。

 そんなことをしても、もうあの頃の俺たちに戻ることは出来ないとわかりきっていた。


「だって……修くんが構ってくれなくて、寂しかったから……」

「俺の……せい……って言いたいのか?」


 次に出てきた言葉は、遠まわしに俺を非難する言葉だった。


「だって修くん、いっつも仕事ばかりで連絡もロクに返してくれなかったじゃん!」


 俺が一瞬、弱気な態度を示すと、美夏はいきなり強気になり、畳み掛けるように俺に非難の言葉を浴びせてくる。


「デートもしてくれないし、会うこともしてくれない! その時の相談に乗ってくれた人が優しかったから……」

「待ってくれ。その人、元からの知り合いじゃないのか?」


 美夏の言葉に引っかかり、質問を投げかける。


「そうだよ。修くんと一緒で、SNSで知り合った人だよ」


 それを聞いたとき、視界が歪み、ベンチにへたり込む。

 俺と彼女の出会いの場で、俺は彼女を取られたのか?

 その考えが、頭の中を支配する。


「俺さ……今日のために一生懸命働いて、お金作ってさ。美夏とこれに行くためだけにキツい思いしてたのに……」


 俺は、上着のポケットから二枚のチケットを取り出す。


「これって、私が行きたかったとこの……」


 そう。今、俺の手にあるのは一ヶ月ほど前、付き合ったばかりのころに美夏が、テレビを見て行きたがっていた温泉旅行のチケット。


「全部、無駄になっちまったな……」


 チケットを両手で持ち、それを一気に。

 ――引き裂く。


「別れよう」


 美夏は再び、目にいっぱいの涙を溜めていた。だが、俺は気にすることなく、その言葉を言い放つ。


「ごめん……ごめんなさい……だから……捨てないで……」


 涙を滝のように流しながら、俺に懇願してくる。


「もう、無理だよ。一度失った信頼を完全に戻すことはできないんだよ」

「お願い……もう一度だけ……次はもう……しないから……」


 片方の手で俺の手を握り、もう片方の腕で止め処なく溢れている涙を拭っている。


「……さよならだ」


 手を振り払い、体を反転させ、公園の出口へと向かう。


「修くん……修くん……」


 嗚咽交じりのその声は、公園を抜けるまで聞こえ、抜けた今でも耳に残る。

 見上げた夜空からはまた、雪が舞い落ちてきている。

 吐く息が白い。手が寒さで赤く染まっているのを見て、ポケットに手を突っ込む。

 目の前にある木々たちも白く染まり、民家の前にはライトアップされた自家製のクリスマスツリーが飾ってある。


「ホワイトクリスマス……か」


 不意に足が止まる。腕時計で時間を確認すると、もう天辺を回っていた。


「今日もこれで終わりか……」


 言葉に出すと実感が湧き、目頭が熱くなる。確実にここ数年で一番最悪のクリスマスだな。

 目を瞑ると、瞼の裏に思い出が映る。たった二ヶ月の付き合いだったが、俺にとってはとても幸せな時間だった。

 それが無くなってしまった。


「これで終わりなんだ。泣かないぞ……」


 自分に言い聞かせるように独り言を呟き、止まっていた足を進めた。

 後ろを振り返りたくなる衝動ををグッと堪える。

 ポケットから煙草とライターを取り出す。先ほどと同じように煙草に火をつけゆっくりと吐く。スーっとした風味が俺の中に染み渡る。

 いつもと同じ味だ。

ただ煙草のフィルターが少し、しょっぱかった。


FIN

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ホワイトクリスマスの夜に ことぶき ツカサ @tukasa0417

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