転換

覚醒

……死に損なったか。

目を覚まして一番に思ったことは、そんなことだった。

いや、別に死にたい訳ではないけれども。


本当に、死ぬかと思った。

後方以外の全方角から迫る、魔獣。

それに対して、私一人。

少しでも、気を抜けば死ぬところだった。

実際何度も致命傷を負ったことか。


それでも私は、あの時の自分が下した判断を後悔してはいない。

サーロスだけでなく、他三人も帰したことを。

……そして一人、あの場に残って戦い続けたことも。


ボウっとそんなことを考えていたら、ノック音と共に扉が開かれた。

そこから現れたのは、サーロスだった。


「あ、クラールさん。目が覚めたんだ!……良かった」


私が起き上がったのを見て、いの一番に安堵の息を漏らす。


「サーロスさん、この度はありがとうございました」


私がそう言って頭を下げると、彼はキョトンと首を傾げた。


「何のこと?」


「皆を連れ帰ってくれたこと。それから、ロンデル様に状況を話して連れて来てくださったことです」


私の言葉に、サーロスは苦笑いを浮かべる。


「……お礼を言われることじゃないよ。むしろ、こちらこそお礼を言わなければならない。あの時、僕はスタンピートを前にパニックになっていた。冷静に考えれば、魔力が尽きかけた彼らだけで、魔獣が迫り来る中、魔の森を抜けることなんてできる筈がないのに。全員で残ったとしても、それは同じ。きっと、五体満足ではいられなかっただろう。……君はあの時、彼らのことを守ったんだ」


「……さあ。何のことでしょう?」


私がそう嘯けば、敵わないなあと呟きつつ笑った。


「それに師匠に報告したのは、当然のことだ。だから、お礼を言われることじゃない。むしろ、こちらがお礼を言わなければならないよ。守ってもらったことを」


「……どうして、そのような顔をされるのですか?」


彼は、泣きそうな何かを耐えるような表情を浮かべている。そのことが気になって、私はつい、そう問いかけた。


「……君に言うのも何だけどね。悔しいんだ。ただただ、君に守られていたことが。それ以外、何もできなかった自分が」


なんだ、そんなことか……と、つい笑みがこぼれる。


「適材適所です。あの時はそうするしかなかったのですから。貴方もまた、あの時彼らを守って森を抜け、そしてロンデル様に報告をなさったじゃないですか。それは、私には成し得ません。なにせ、ロンデル様と面識がないのですから」


一方的に、ロンデル様を知ってはいるけれども。

それでも、あの時私が彼らと森を抜けたところで、ロンデル様と早々に面会することなどできなかっただろう。

彼だからこそ、ロンデル様と早期に面会し、そして報告をすることができた。

それは正しく、彼だからこそ成し得たことだ。


「それでも、悔しいものは悔しいよ。君に全てを押し付けて逃げ出したことが。……強くなりたいよ。何者にも、負けないぐらいに。全てを、捩じ伏せることができるぐらいに」


覚えのある言葉に、つい笑みが深くなるのが分かった。

だってそれは、常日頃私が言ってるそれと同じだから。


「……そう思うなら、きっと貴方は更に強くなるでしょう」


その言葉に、彼は顔を上げた。


「悔しければ悔しいほど、覚悟が深くなる。覚悟が深くなればなるほど、人は行動に移す。私は、そう思っています」


そう言えば、彼は柔らかく微笑んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る