異変

二日目も、魔獣の数が多いことを除けば特に問題もなく進んでいった。


「……そろそろ、休憩をしよう」


度重なる連戦に、流石にチームの面々は疲労を隠せない。

貴族の二人は文句を言わなくなったし、ミルズもサーロスに話しかけてばかりもいられない様子だ。


「……魔獣の数が、多いな」


一番疲れを見せているのは、サーロスだ。

それもそうだろう。

ここまでの戦い、その全てを彼はフォローしているのだ。

多分、一人で戦った方が楽だと言えるほど。


日は、沈み出していた。

木々に囲まれて空が見上げられないこの森から見える狭い空が、ほんのりと紅に染まっている。


「……他のチームは、大丈夫なのかな?私たちは、サーロス君がいるからまだ大丈夫だけど」


不安げに。ミルズがそう問う。

確かに、と私も内心同意していた。


「……。一旦、先生と合流するか」


「何勝手なことを言っているのだ!」


「そうだ!それで我々の評価が下がったら、どうしてくれる!」


サーロスの提案に、けれどもルクセとダルメが反発をする。

ミルズはサーロスに賛成のようだけれども、それでも二対二。

話は平行線だった。


「……お、おい。あれ……!」


そんな、最中のことだった。

熊型の魔獣と、それを囲むように狼型の魔獣が数匹の群れをなして現れたのは。


「レッドベアーに、シルバーウルフ。どっちも、B級の魔獣じゃねえか!」


「だ、ダメだ……!あんな数、一気に来られたら……!」


ルクセとダルメが悲壮な叫びをしつつ、腰を抜かしたのかその場に倒れ込んだ。

見れば、ミルズも同じようにしゃがみ込んでいる。


「皆は、その場から動かないで!僕が……!」


サーロスが魔法を放つべく魔力を操作し始めた。


「……『炎矢』」


けれども、彼がそうする前に私が魔法を放つ。

炎でできた幾多もの矢が、魔獣に降り注いだ。

魔獣はなすすべもなく、ただただ唸り声をあげる。


「魔の炎よ、全てを焼き尽くし、全てを灰燼と化せ。我は所望する、魔の炎を。『炎炎輝羅』」


生き残ったそれらを、更に追撃するべく魔法を放った。

炎の轟音が鳴り響き、そのあたり一帯が消し炭となった。


「……お、おい……今の……」


呆然と、ルクセが呟く。

それに習って、サーロス以外の三人が恐る恐るといった体で私を見上げていた。


けれども、私はそれどころではない。


「……サーロス。貴方、この三人を連れてさっさと森を出てくれませんか?ここにいられても、足手まといなので。それで、先生と合流して事の成り行きを説明してください」


「おい!足手まといって一体なんだよ!」


「落ちこぼれのクセに、調子に乗るな!」


私の言いように、二人は先ほどまでの怯えを忘れて叫んだ。


「いいえ、教師では判断が遅いかもしれませんから……やっぱり、ロンデル様に事の成り行きを説明してください」


「……師匠に?一体、何を……」


彼が戸惑う間に、再び魔獣が群れをなしてこちらにやってきた。

私は、ついそれに舌打ちをする。


「魔の炎よ、壁となりて一切の敵を焼き払え。『炎炎障壁』」


呪文を唱えると同時に、天まで届くかのような炎の壁が生じた。


「まだ、分からないのですか!?……通常、魔獣は同種としか群れることは、ない!だというのに、先ほど熊型の魔獣と狼型の魔獣が共に現れたのですよ!」


それぞれの縄張りがあるからか、それとも単に互いが互いを捕食する相手と見なしているからか、魔獣は同種でしか群れることはない。

だというのに、さっきも今も別種が群れていた。

その現象は、百年に一度ほどの周期でやってくる。


そこまで説明してようやく分かったのか、サーロスは顔を青ざめさせた。


「まさか、スタンピート」


その単語に、他三人も一気に顔を青ざめさせる。


スタンピートとは、魔獣が大挙して魔の森から出て人里を襲う現象。

それがどうして起こるのかは、解明されていない。

ただ一つ分かることは、それが起きてしまえば多大な犠牲が出るということ。


「ここより一番近いのは、王都です!もし……もし、この魔獣の大群が王都に向かえば……」


あの子たちが、テレイアさんが危ないのだ。

そんなの、私が見過ごせる筈がない。


何体の魔獣が、炎の壁を越えて更にこちらに向かってくる。


「……ちっ。『爆炎雷雷』」


そこに、炎と雷の複合中級魔法を放った。


「早く、そこの三人を連れて行きなさい!」


「僕も残る!」


「何を言っているの!?」


彼の叫びに、苛立ちから私も叫び返す。


「だって、君、一人でここに残るつもりなんだろう!?そんな……」


「そこの三人で、このスタンピートの中、森を抜けられると思っているの!?貴方の負担は増えるけれども、最前線のこちらに残されても邪魔なだけ。なら、四人で抜けて貰った方が、可能性は高くなるでしょう!?私のことを案じているのなら、さっさと行きなさい!」


「……くっ」



既に三人は立ち上がって、逃げるように後退している。

けれども私の指摘通り、自分たちだけで逃げるのは不安だったのだろう……チラチラと、促すようにサーロスを見ていた。


「……早く!」


私の叫び声に、やっとサーロスは動き始めた。


そして、四人の気配が遠く離れた頃……私は、笑う。


「死にたくないと思ってここまで来たのに、まさか結局また独りで死にそうになるなんて、ね」


そう思えばおかしくて、つい場に似つかわしくない笑みがこぼれたのだ。


……勿論、ただで死にはしない。

最期の最後まで、足掻いてみせよう。


「……来なさい!」


そうして、私は戦いに身を投じたのだった。



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