休憩

日が暮れると、私たちは野営の準備を始める。

これから三日間は魔の森にて過ごさなければならない。


始めて行程表を知った時は、よくぞ野営の計画を貴族の子弟を預かる上で進めることができたなあと純粋に驚いた。


テレイアさんにその話をしたところ、何でも建国と同時にできたこの学院の、設立当初からの伝統なのだとか。

伝統を重んじる貴族から否やの声が上がらないのは、何となく納得した。


とはいえ、それを子どもたちが受け入れているかといえば話は別。

プライドに賭けて反対の声こそあげないものの、ぶつくさと文句を言ってはいるようだ。

現に、ウチのチームの貴族の坊ちゃん達もさっきまでは文句をずっと言っていた。

今となっては、疲れ故か熟睡してくれているけれども。


……それにしても、熟睡か。

この魔の森で、よくそれができるものだとある種の諦念にも似た感嘆の気持ちが浮かぶ。

一応魔の森の名に相応しく、夜でも御構い無しに魔獣は出没するのだ。

その中で熟睡とは……考えなしなのか、それともそれだけの実力があると自分で踏んでいるのか……。

後者でないことだけを、祈ろう。

一応夜の警備は交代でと言ったのだけれども、あまりに文句が多くてついには諦めてしまった。

……というか、彼等に警備を任せるのが不安というのが一番の理由だ。


「……ミルズさんも、寝てしまったのですね」


溜息を吐きつつ、そう呟いた。

先ほどまでサーロスにひっきりなしに話しかけていた彼女も、まるで糸が切れたマリオネットのようにピクリとも動かず熟睡している。


「……クラールさんも寝て良いよ。というか、寝て。三時間後起こすから交代しよう」


「……あら。私に、夜警を任せてしまって良いのですか?」


「むしろこのメンバーだと、クラールさんにしか任せることができないかな」


私の問いかけに、サーロスは苦笑いを浮かべつつそう言った。


「良いでしょう。魔獣が現れても、貴方を起こすことぐらいはできるでしょうし」


そう嘯けば、サーロスはその笑みを深めた。


「……ねえ、クラールさん。君は、何故そんなにも実力を隠そうとするの?君ほどの実力があれば、王国魔法師の地位だとて夢じゃないはずだ」


「……実技の授業、底辺の成績を彷徨う私によくぞそんなことを聞けますね?」


「授業なんてアテにならないよ。……そうだな。君の授業の様子を見ていると、まるで切れ味の鋭い剣を持った人が、木刀を持った相手を傷つけないように無理矢理剣の軌道を変えているような感じ」


「よく、分からない例えですわ」


「要するに、実力があるのに無理矢理レベルを下げているってこと」


……本当に、よく見ていること。

私は内心息を吐いた。


「……仮に、私がそんな実力を持っていたとしましょう。でも、私は王国の犬になど絶対なりたくないでしょうね


「酷い言い方だ。王国魔法師は、国を守る立派な仕事だよ」


「……国、でしょう?上層部の考える国とは、王と中枢の貴族……ただそれだけです。そこに、民は含まれていない。そんな輩の指示に従ったところで、私が本当に守りたいものが守れるはずがありませんもの」


ああ、つい言い過ぎてしまったな……と、内心再び溜息を吐いた。


「もう、寝ます。三時間後に起こしてください」


彼に背を向けて、無理矢理私は目を瞑った。


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