被虐

朝日が、昇る。

今日も一日が始まるのか、と私は目を細めて輝く太陽を見つめた。


「……ルーノ」


普段は日が昇り切るまで起きないルーノが、珍しく起きて私の顔を舐める。

まるで、慰めるように。


「お前、鋭いね」


気づかれていたか、と苦笑いが浮かんだ。


学院に……というよりも授業に出たくないと思ったのは初めてのことだった。

彼という存在が、その底知れなさ故に私には恐ろしい。

授業に出れば、嫌でも会わなければならない。

それが、気が重くなる理由だ。


ギュっと、自分の手を握りしめた。

そしてそれから私は、ベッドから飛び降りると支度をして部屋を出た。


気持ちに引きずられて、足取りも重くなる。

学院に到着したのは、授業が開始するギリギリのところだった。

目立たないよう、ひっそりと隅の席に腰を下ろす。


いつもの、光景。

いつも通り進む一日。

彼のことを気をつけながらも、けれども彼からの接触はない。


だから、油断していた。


「……ちょっと良い?」


廊下を歩いていたら、突然狙いすましたかのように三人の女子生徒に囲まれた。

断れるような雰囲気でもなく、私は彼女たちに着いて行く。

そうして辿り着いたのは、校舎の片隅、誰も普段は近づかないような場所だった。


「あんた……クラールだっけ。昨日、サーロス君と何を話していたの?」


一人の女子生徒から発せられた言葉に、ドクリと鼓動が鳴る。

昨日彼と会った時に感じた気配は……この中の誰かのものだったのか。

彼と会っていたこと、それを見られていたことについては別にどうでも良い。

けれども、話していた内容を聞かれていては面倒だ。


「……何のこと?」


「惚けないでよ!私、昨日見たんだからね。昨日、サーロス君と会っていたこと。何を話していたの!」


……なんだ、聞かれていなかったのか。そう、私は彼女の言葉に安堵した。

そういえば、激昂する彼女をどこかで見たことがある気がする。

どこだったっけ……まあ、授業で見かけたことはあるはずなのだろうけど。

そうじゃなくて、もっとこう……どこか近くで見たことがあるような……。


「黙ってないで、何か言ったらどうなの!?」


そんなことを考えていたら、激昂していた彼女は更にその怒りを露わにした。


「……別に、貴女には関係ないでしょ。単に、犬の散歩を遅くまでしていたら、たまたま寮の入り口で会って話していただけよ」


瞬間、三人とも目つきが鋭くなった。


「……落ちこぼれのクセに」


そう一人が呟いたのと同時に、パシャリと頭から水を被った。

……水球か。


まさか突然魔法を放ってくるなんて……という意外感と、致命傷を受ける魔法ではないという判断で反応が遅れて、モロに当たってしまった。


「サーロス君が優しいからって、良い気にならないで!」


「そうよ!落ちこぼれのクセに、調子に乗らないで!」


「彼にもう、近づかないでよね。次はもっと強い魔法を当てるから」


言いたいことを言ったといわんばかりに、彼女たちは去っていった。


私は呆然と彼女たちを見送る。

ああ……と、ふとその瞬間思い出した。

見覚えがある彼女は、そういえば、初めて寮の食事を摂ったときにサーロスを呼んだ人だった。

思えば、それで彼と面識ができたのよね。


……近づくなですって?

私は、近づきたくないわよ!と沸々と怒りがわく。

そもそもで、彼と近づいてしまったのは彼女のせいではないか。

あれがなければ、彼と面識ができることもなく、魔力の一件を気づかれることもなかったのに!


そこまで考えて、私は笑う。

……なんて、責任転嫁しているだけか……と。


ビショビショの服を絞る。

火球を出して、乾かすか。

……威力を制御する環境に身を置いておいて、良かったのかな。


「……おい、あれ」


「ああ、落ちこぼれだろ。ダッセーな。誰にやられたんだか」


魔法を発動させようとした瞬間、遠くからそんな声が聞こえてきた。

見れば、男子生徒二人がクスクスと私を指差しながら笑いあっている。


「あいつ、俺らも的にして遊ぼうぜ」


「良いな。どうせ、先生たちもあいつなら問題にしねえだろう。雷球」


……水浸しの私に雷魔法を向けるとは、なかなか冗談の域を飛び越えているようだけど。


そう思いつつ、魔力で障壁を作った。

体内に流れる魔力をそのまま外に出すだけの単純なそれだけれども、私の魔力量と質で作ると学生の放つ魔法など簡単に防ぐ。


「ははは、ダッセェ。魔法ちゃんと発動できてねえじゃん」


「うるせえ。今日は調子が悪かったんだよ」


けれども彼等はその魔法障壁に、気がつかない。

探知が甘い証拠だ。


これ以上面倒事はゴメンだと、彼等が私から気をそらしている間に私はその場を離れて行った。


「……あ。服、乾かしていないわ」


……途中火球で服を乾かし、それから教室へと戻って行った。




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