衝撃

寮に帰る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。


「あれ……クラールさん。今、帰ったんだ?」


寮の入ろうとしたところで、なんの因果かサーロスと出くわした。


「はい」


何でこの人は話しかけてくるのだろう?と思いつつ、私はそれだけ答えて中に入ろうとした。


「……随分、激しい訓練をしてきたみたいだね」


けれども、彼のその言葉に足が止まる。


「訓練だなんて……単にこの子の散歩に行って来ただけですよ」


一体、彼は何故そう確信めいたように言うのか。

そんな疑問が、頭を過ぎりつつ否定した。


私の否定に、彼は微笑みを浮かべる。

端麗な顔をした彼の笑みは、後ろに浮かぶ真白にに輝く満月と相成って神秘的な雰囲気を醸し出していた。


……何だ、コイツは!?


けれども私は見惚れるでもなく、彼のその笑みにザワリと血が沸いていた。

危険だ、と。

その得体の知れなさに、頭の中で警鐘が鳴り響く。


「いやいや、散歩でそんなに魔力量が減ることないでしょ」


一体、何故私の魔力量を感じ取れるのだ?

だって私は、ルーノにかけているのと同じく自身にも魔力量を隠すために魔法をかけているのに。


「……一体、それを知ってどうだというのですか?」


「別に。単なる興味本位だよ。入学式の時……初めて見たときから、君には興味があったんだ。君から漏れ出る魔力は、まるで薄い膜が間に入っているかのように探知ができない。まるで、そう。自分で自分の魔力を探知されないようにしているみたいだなと思ってたんだ」


まさか、気づかれていたとは……。

その事実が悔しくて、思わず歯噛みしていた。


「でも、魔力量を隠す魔法なんて聞いたことがない。だから、気のせいかなと思っていたんだ。でも……クラールさん、あの食堂の騒ぎの時に監視魔法に、気がついていたでしょ?」


私は彼の問いかけに、無言を突き通す。

確信を持った疑問に、その反応は特に意味をなさないと分かっていても。


彼はそんな私の反応に、息を吐いた。


「まあ、そんな訳でね。君が相当な魔法師だなって思ったんだ。……ああ、肯定も否定もしなくて良いよ?僕の中では、確定事項だから」


「……誤魔化さないでいただきたい。それを知って、“どうしていのか”と私は聞いたのです。別に、“どうして知ったのか”など聞いていません」


私の言葉に、彼は苦笑いを浮かべる。


「困ったな。さっき言ったじゃん。興味本位だって」


「そんな曖昧な言葉、信じられるとでも?」


「んー……本当にそうなんだけどさ。あとはクラスメイトの実力は知っておいた方が楽だっていうのもあるかもね。これから実技で同じグループになったら、一緒に魔獣を狩りに行くことになる訳だから」


彼の言葉は、嘘か本当か分からない。

分かるほどの材料が、ないからだ。

自然と、観察するように彼を見つめる。

その視線に気がついた彼は、ますます笑みを深めた。


「……だいたいさ。もし、何か裏があるとしたら……こんな風に問い詰めないだろ。明らかに君は俺のことを警戒するようになったんだから」


「……。後学のために、教えてください。何故、貴方は私が監視魔法に気がついたと思ったのですか?」


「魔法が発動した場所を正確に目で追っていたからだよ」


監視魔法は、発動者に発動した場所の様子を見せ記録させる魔法。

感覚的には、自身の『目』を飛ばしてその映像を水晶に焼き移すようなものらしい。

熟練者になると、幾多もの『目』を同時に飛ばすことができるようになるのだ。


……その発動された『目』は、魔法の性質上、発動した場所は隠されていて、どこから見られているのか分からないようになっている。

どこからいつ見られているのかバレてしまえば、あまりその魔法の意味がないからね。


私がそこに『目』があるのか分かったのは、察知能力を磨いた賜物だ。


「俺は漠然と発動された気配は感じ取ったけれども、どこに目があるのかまではわからなかった。君が一瞬目で追った場所に集中して、やっと気がついた。あの時は、本当に驚いたよ。まさか、学院長の魔法を察知できるなんて……ね」


「なるほど。勉強になりました」


ふと、この場に私と彼以外の気配を察知した。

そろそろ、この場から退散しよう。


「以後、気をつけます。……あらぬ疑いをかけられないように」


「まだ、否定するんだ。……まあ、良いや。疲れているところ、申し訳なかったね。それじゃ、おやすみ」


私がこの場を離れようとしていたことを察したのか、彼はそう言って寮に入っていった。

正直解放されたという安堵感が、大きい。


彼のその背を見送らず、代わり暫くの間、月を見上げてその場にたたずんでいた。


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