予兆

子どもたちと遊び終え、皆で家に入った。

何人かは泥だらけだから、水浴びをさせないと……と思いつつ、彼らの着替えを準備する。


「おー。皆、クラールに随分遊んで貰ったみたいだなぁ」


ボナパルト様の帰宅に、ワッと部屋が盛り上がった。


「こら、ハノイ。そんな格好で、師匠に飛びついちゃダメですよ」


ハノイの駆け出す足音が聞こえて、視線は洋服棚に向けたまま背中越しに注意する。

ちなみに、背中を向けたまま誰が誰だか判別できるのは修業の賜物だ。

探知系の魔法を極めるだけでなく、気配を魔法に頼らずに判断つけるように、と。

ただそれでも、まだまだボナパルト様の気配を読み取ることはできていないのだけれども。


「爺ちゃんも汚れてるから、別に良いだろー?」


ハノイの言葉に、まさか……と笑って言いかけて、けれども姿を見て驚く。


確かに、ボナパルト様の服は汚れていた。

けれども森の討伐で、どんな魔獣相手だろうが今まで一度も服を汚したことなんてなかった。それだけ、ボナパルト様が圧倒的に強いから。

戦闘以外でボナパルト様が服を汚すということは、もっと想像ができない。

何せ、そもそも身体能力が高いのだから。


「……何か、ありましたか?師匠」


「気にするな。ちと、色々あってな」


師匠はそう言って、苦笑いを浮かべていた。


「ああ、そうそう。お前さんには話があるから、後で儂の部屋に来てくれい」


「畏まりました」


子どもたちに水浴びをさせ、服をそれぞれ着替えさせた。

それから夕食の準備をして、師匠の部屋に向かう。


「失礼致します、師匠」


「おー、よく来てくれたな」


師匠はそう言うと、立ちあがって棚の中を漁り始めた。

一体何を探しているのやら……そもそも、あのギッシリと物が乱雑に詰まっている棚から目的の物が見つかる時はくるのだろうかと。


「お、あったあった」


それから数分後、どうやら見つかったらしい書類を、私の前に差し出した。


それは、魔法学院への入学の案内だった。


「……師匠、これは?」


「見ての通りだろう」


「いえ、中身のことを聞いているのではなくて、その意図を聞いているのです」


「意図っつってもなあ……まあ、いずれお前さんが独り立ちするには必要なことだろう?学院に入ることは」


それは、師匠の言う通りだった。

王都の隅にある、王立魔法学院。

この学院で免許を取得しなければ、あらゆる面で魔法の行使が制限される。

逆にこの学院に行って優秀な成績を収めれば、王国お抱えの魔法士の道すら開けるのだ。

ボナパルト様の言う通り、将来魔法で生計を立てていくことを考えているのであれば、行かなければならない場所でだろう。


「ですが、師匠。まだ、私は師匠の元で学びたいです」


「お前さんが学院に行こうが、俺との師弟関係が終わる訳じゃないさ。ただ、ココは実力が伴うなら早めに行った方が有利ってだけだ。おまけなら、もう学院に行っても十分な結果を残せるだろうよ」


ボナパルト様の言うことは、正論だった。

けれども何かが頭の中で引っかかっているような気がして、即決することができない。


「まあ、何だ……早めに決めてくれい」


煮え切らない私に、ボナパルト様はそれだけ言うと、食堂の方に戻って行った。


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