子供

見合いが終わってから、私はお母様の様子を見に一旦部屋に立ち寄った。


「……お母様」


返事は、ない。

眠っているのだから、当然のことだ。

けれども私はお母様の声をここ一年、全く聞いていない。

眠っているか、それとも虚ろな瞳で宙を見ているか。

そのどちらかだ。


「……せめて、夢の世界だけでも幸せだと良いですね」


そっと、私は小さく呟いた。

お母様のために、何かをしたいだとか役に立ちたいだとかの思いを抱くことは、もうなかった。

この人に対するそんな優しい気持ちなんて、とうの昔に枯れ果てている。


でも、同時に哀れだと思っていた。

逃れられない運命を辿る、この人を。

得られぬ愛を嘆き続ける、この人を。


だからこうしてお母様の部屋だけは、たまに訪れているのかもしれない。


私は重っ苦しい服を脱いで簡素なそれに着替えると、部屋を出て行った。


「あー!クラールお姉ちゃーん!」


師匠の家に辿り着いたところで、私に気がついた子ども達が走り寄って来る。

一番に近づいて来た五歳のルルを抱き上げた。


「ルル、“ただいま”」


「お帰りなさい、お姉ちゃん」


にこやかなルルの笑みに、先ほどまでの苛立ちや不快感はスッと消える。


「今日はね、お肉なんだよ。お姉ちゃんが働いてくれてるからなんだよね?ありがとう、お姉ちゃん」


「お礼は良いんですよ。ちゃんと食べて、大きくなりなさいね」


「あー!ルル、ずるーい!」


私に気がついた他の子達が、どんどん近づいてくる。

頭を撫でてからルルを下ろし、代わる代わる彼女ら彼らを抱き上げて挨拶をした。


「姉ちゃん、一緒に遊ぼ!」


挨拶をした後、皆で一緒に師匠の家に向かう。とはいえ、庭を突っ切るぐらいの距離なのだけれども。

彼らの歩調に合わせて、私はゆっくり歩く。

そんな最中、共に歩く子どもの内の一人であるハノイが、そう言った。


「ダメだよ、ハノイ。お姉ちゃんは今日働いてお疲れなんだから」


「とか言って、ダージュもお姉ちゃんに遊んで貰いたいんだろー?」


「なっ!……それは、そうだけどさ……」


子どもたちのやり取りに、つい顔が綻んだ。

それと同時に、思い出すのは彼らと初めて会った時のこと。


ここにいる子どもたちは、皆、被害者。

家族を、共にいた大切な誰かを、魔獣によって亡くしているのだ。

それ故か……ここに来た当初は、ある者は絶望をその瞳に浮かばせていた。また、ある者は感情という感情が全て抜け落ちていた。


子どもたちと接する機会のなかった私は、彼らの存在に大いに戸惑ったけれども……正直、いつの間にかそれどころではなくなっていた。

彼らの声なき悲鳴に、どうにかしたい、何とかしなければと突き動かされたのだ。


……それはともかく、彼らがここまで回復して本当に良かったと思う。

だからついつい、こんな場面でも笑ってしまうのだ。


「私は大丈夫ですよ、ダージュ。皆で遊びましょう」


パアァ……と、目を輝かせる。


「じゃあ、隠れ鬼ごっこをやろー!お姉ちゃんが、鬼ね」


「良いですよ。でも、この庭よりも外に出てはダメですからね」


「分かってるよー!」


常時身体に張り巡らせている魔力を最低値まで減らし、子どもたちを追いかけた。


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