見合

「ラディーヌ侯爵。お待たせしてしまい、申し訳ございません」


書斎でのやり取りとは打って変わった、お父様の上機嫌な声。

その声に嫌悪しつつ、私もまた笑顔を浮かべる。


「なんの。女性の身支度に時間がかかるのは、世の常ですから」


ラディーヌ侯爵は、そう言って笑みを浮かべつつ私に視線を向けた。

笑顔でありながら、その視線は私を見定めるようなそれだ。


「そう言っていただけて、何よりでございます」


お父様と共に、頭を下げる。


「紹介致しましょう。これが、私の息子のルクセリウス。ほら、挨拶を」


「ルクセリウス・ディゼ・ラディーヌです。本日はお会いできて光栄です」


そう言った彼の声色は、ちっとも言葉と合っていない。不承不承といった感じだった。

不快ではあるものよ、ラディーヌ侯爵の底の見えない裏表よりかは素直さが感じられて、まだマシだ。


「これはこれは……ご丁寧なご挨拶、誠にありがとうございます。こちらは、私の娘のクラルテでございます」


「クラルテ・テス・ロルワーヌでございます。私の方こそ、お二人にお会いできて光栄でございますわ」


……今日は、婚約に向けての顔合わせだ。

一応見合いということになっているものの、お父様にとってもラディーヌ侯爵にとっても、この婚約は既に決定したもの。

ラディーヌ侯爵とお父様が共同で事業を行うようで、その担保に互いの娘と息子を婚姻させるのだ。

何ともまあ、ありふれた話だった。


当人である私とルクセリウス様の間にはコレといった話はなく、その横でお父様とラディーヌ侯爵が盛り上がっている。


前回のときには、ルクセリウス様に気に入ってもらおうと色々と話しかけたのだけれども……今回は、そこまでするつもりはない。

めかしこんで、笑顔で挨拶して、義務はそれでもう果たしたと思っているからだ。

だから私は、ただただニコニコと笑みを貼り付けて無言を貫く。


「それでは、今後ともよろしくお願い致します」


やがて二人の談笑が終わって、その会はお開きになった。

魔獣を狩りに行くよりも疲れるな……と思いつつ、私はお父様と共にラディーヌ侯爵を見送った。


「……今日のあれは、何だ?」


ラディーヌ侯爵の姿が見えなくなった瞬間、お父様の笑顔が剥がれ落ち、低い声でそう問われる。


「……何のことでしょう?」


「トボけるな。終始無言でいたではないか。お前は、男を楽しませる会話すらできないのか」


お父様の言葉に、私もまた笑顔を消して申し訳なさそうに見える表情を貼り付けた。


「申し訳ございません。緊張をしてしまいまして」


「……ふん。器量も悪ければ、これといって特出したものは何もない。せめて、相手を楽しませるような話術ぐらい身につけてみせろ」


そう言って、不機嫌そうなままお父様は歩いて行った。


……やっと終わったか。

本当に、この家にいること自体が苦行だ。

他を見てからは、それは特に。

とにかく、着替えて師匠のところに“戻るか”……と、私もまたその場を後にした。


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