邂逅
「……あ、あなたは……」
あまりにもあっさりと魔獣を討伐したその老人は、私の方へとゆっくりと近づいて来る。
ボロボロの旅装束を身に纏い、腰には剣が差されていた。
「どうしてお嬢ちゃんが、こんなところに?共のもんと、はぐれたのか?」
「……いいえ。私はここに、一人で来ました」
私の回答に、老人は怪訝な表情を浮かべる。
「お嬢ちゃん、あんた馬鹿か?こんな魔獣がわんさかいるようなところに遊びに来るなんざ、正気の沙汰じゃねえ。お散歩なら、もっと南のとこに良い丘があるぞ」
「……遊びに来たのではありません。魔獣と戦うために来たのです」
そう正直に言えば、老人は怪訝を通り越して呆れたような顔をしていた。
「……。阿呆!自分の力量も測れねえガキが、戦うなんて言葉使うんじゃねえ!」
そうして、一喝する。
迫力満点なその怒鳴り声に、私は驚きに目を丸くした。
「良いか!?さっきお前が苦戦していた熊の魔獣は、ランクにするとBだ。ああ、確かにランクとしちゃ高いさ。けどな、この森にはそんな魔獣がわんさか湧くんだ!興味本位で戦いに来るんじゃねえ。命が幾つあっても足んねえぞ!」
その言葉に、私は反発する。
「興味本位ではありません!私は、強くなりたくてここに来たのです……っ!」
「……強くなりたいっつってもな、そりゃ命があっての話だ。ここで命を落としたら、意味がないだろう?無謀と勇気は違う」
諭すような言葉に、けれども私の反発心は更に強くなった。
「……死にたくないです」
「ああ、死にたくないだろうさ。今回のことで、よく分かっただろう?だから、もう……」
老人の言葉を遮って、私は更に言葉を続ける。
「でも……どの道、私は死ぬんです。強くならなければ。私に残された街は、無茶で危なかろうが抗うか、諦めて死ぬかのどちらかしか、私にはないのです……っ!」
必死に叫ぶように言っている間に、感情が昂って、両目から涙が溢れた。
死にたくない。
後悔は、もう……したくない。
あんな惨めな思いは、二度としたくない。
ずっとそう思って、今の世を生きてきた。
けれどもその一方で、時が経つごとに、あの前の生は単なる悪い夢だったのではないかと思うこともあった。
その方が、精神的に楽だからだ。
これから先、何もしなければ同じ道を辿るのかと思うと……恐ろしくて仕方がない。
むしろあれは夢で、現実はもっと優しいものだと思えたら、どんなに楽なことか。
けれども、やっぱり現実は残酷で。
私が夢だと思いたいそれ通りに、今尚進んでいる。
ならばこのまま進めば、行き着く先は、破滅への道。
抗わなければ、戦わなければ、私はまた……あんな後悔にまみれた惨めな思いをするのは必定。
そんなの、嫌だ!
だから、私は……。
「……いぎたい……っ!づよぐ、なりたい……!」
初めて、私は心の底から腹の底から叫んだ。
現実に負けないように。
悪意に負けないように。
運命に負けないように。
何より、自分に負けないように。
諦めた瞬間、心が折れた瞬間に私は生を終えるのだ。
そうしたら、私は一体何のために生まれ変わったのだろうか。何故、やり直す機会を得たのだろうか。
あんな絶望を再び味わうなんて、絶対嫌だ……!
「……すまなかったよ、お嬢ちゃん」
老人の謝罪の言葉に、私は顔を上げた。
「事情はよく分からねえが……お嬢ちゃんの覚悟はよく、分かった。その覚悟を軽んじるような言葉を言っちまって、申し訳なかったな」
……初めてだった。
“私”の言葉を、聞いて貰えたのは。
ずっと、私の意見なんて必要なかった。
誰も、耳を傾けることなんてなかった。
だから、だろう。
私の胸に、驚きと共に嬉しさが湧き出るのは。
「……だが、無謀は無謀だぞ。しっかりと師について、戦い方を学ばなきゃ無駄死にするからな」
「私の言葉を、信じるのですか?」
「はあ?」
「会ったばかりの小娘の私の言葉を、貴方は信じるのですか?」
「何だよ、嘘なのか?」
その問いに、私は首を横に振った。
老人は、柔らかな笑みを浮かべる。
「だろうな。これでも、長生きしてるんだ。言っていることが嘘か本当かなんて大体分かる。それに、どこをどう見ても良いところのお嬢ちゃんが、泥に塗れて泣き叫ぶんだ。あんな必死な形相で……重い感情が詰まった言葉を聞いて、嘘だと疑う方が難しいぞ」
「……す、すいません……」
「儂の名前は、ボナ。ボナパルト・バルバロッサだ」
「ボナパルト・バルバロッサ様!あの、有名な………!」
行儀悪くも、まさかの人物名に私は思わず叫んでしまった。
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