恐怖

それから何体かの魔獣討伐に成功し、そろそろ帰ろうか……と考えていた時のことだった。

ふと、探知に大きくて禍々しい魔力を感じた。


何、これ……。


あまりにも大きなそれに、反応が遅れる。

そしてその遅れが、私の命運を分けた。


私の存在に気づいたらしいそれは、猛スピードで私の方に近づいてくる。

私も慌てて走ったけれども、スピードが違い過ぎてあっという間に追いつかれてしまった。


魔獣の叫び声が、木霊する。

それは、熊の魔獣だった。

さっきまで私が討伐とは一段も二段もレベルが違うような、そんな存在感。


知らず知らずのうちに、身体がガタガタと震える。


怖かった。

本能で、勝てないと悟ってしまった。


一歩一歩、後ずさる。

隙を見せればすぐにでも襲ってきそうだ。


逃げることはできるか。

……できないだろう。

背を向けた瞬間、この魔獣は襲いかかってくるだろうから。


死がヒタヒタと私の背後に迫り来るような感覚に、冷や汗が背中を伝った。


死にたくない。

逃げたい。

でも、逃げるには実力が足りない。

そしてこの恐怖をずっと感じているぐらいならば……楽になりたい。


ほんの数秒の間に、様々な思いが私の中で駆け巡る。


逃げることはできない。

なら、諦めるのか。諦めるしかないのか。諦めてしまおうか。

……そう思った、瞬間。

恐怖心を押し退けるように、怒りが私の心に沸いた。


巫山戯るな、と。

私は、死にたくない。

諦めるくらいなら、抗ってやる。

だって諦めることは、もうしたのだ。

そうして前の生は終わったのだから。

もう、諦めることはしたくない。

だから私は、今世で魔法の力を磨いているのだから。


あれは、私の運命だ。

どうしようもない、悪意しか感じられない私の世界の。

諦めてしまえば、そこで私の生は終わり。

目を背けた瞬間に、私は終わる。

抗わなければ、戦わなければ、私はまた後悔に塗れて終わるのだ。


「……雷球」


幾多もの雷球を、発動させる。

そして、魔獣に向けて私はそれを放った。


魔獣にそれらが、当たる。

けれども、ダメージらしいダメージは見当たらない。


次の瞬間、魔獣が私の目の前に迫っていた。

私はギリギリのところでそれを避ける。

けれども避けきれず、僅かにかすった。


……痛い。

服が裂け、そこから血が滴り落ちる。

ドクドクと、血が流れる音が私の中で響いていた。


……もっと、強く。

敵を、屠ることができるように。


「雷球」


そうイメージして出した雷球は、それまでとよりもふた回り大きなそれだった。

それを、敵にぶつける。


魔獣は、痛みに耐える様な呻き声をあげた。

少しだけ、ダメージがあったようだ。


けれども、まだまだ行動不能にまでさせていない。


まだ、まだ……。

戦わなければ。抗わなければ。

迫り来る魔獣に、私は再び魔法を発動させようとする。


……そうした、瞬間。

魔獣が、真っ二つになった。

ブシャリ、と紅が私の視界に飛び散る。


……え?


「大丈夫かい?お嬢ちゃん」


驚き固まる私の前に、一人の老人が立っていた。




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