発露
「……ふう」
走り終え、汗を拭いつつ組紐を見る。
組紐の色は元のそれと変わりがない。
ホッと息を吐きつつ、屋敷に戻った。
……時間が、ない。
もう少しで、お母様があの母娘の存在を知る。
その瞬間から、歯車は回り始めるのだ。
……私の破滅の。
焦ってはダメだと自分で自分に言い聞かせるものの、やっぱりタイムリミットを意識してしまう。
魔力量の多さに物を言わせて、訓練の時間を増やした。
コントロールの訓練は常時行なっているから良いとして、部屋を抜け出しては初歩の魔法の訓練をこれでもかと行なう。
そうして、訓練を重ねる毎日。
……そんな最中、その日はやってきた。
お母様が、あの母娘の存在を知ったのだ。
「……どうしてよぉぉ……!」
ガシャリ、何かが割れた音がした。
お母様があの母娘の存在を知ってから毎日何かしらが壊れる音がお母様の部屋の方から聞こえてくる。
お母様の部屋を覗けば、随分な惨事だった。
後で部屋を片付ける使用人たちは大変だな……と人ごとのように思いつつ、お様を見る。
泣き叫びながら、辺りのものに当たり散らすお母様。
やがて周りに壊せるモノがなくなると、お母様はその場で伏して泣いていた。
……可哀想な人。
こんなこの人を見ていたくないと思う一方で、どうして私はここに足を運んだのだろう。
まるでこの行く末を、見定めるように。
この光景を、この目に焼き付けるように。
ふと、お母様が私に気がついて顔を上げた。
「……貴女っ……!」
その瞳には、憎悪が宿っている。
「貴女の、せいで……っ!貴女が、旦那様に似て生まれれば良かったのに!貴女が優秀であれば、旦那様は私に振り向いてくださったのに……!」
お母様、私の名前はクラルテです。
覚えていますか?
お母様のその口から一度もその名を呼ばれた記憶が、私にはありません。
……それほどに、私はこの人の中でどうでも良い存在だったのだと改めて思う。
“お母様、お気を確かに!お母様には、私がおります!私、これまで以上に頑張ります。そうすればきっと、お父様は私共を見てくださいますから”
それでも前回の生では、私はお母様に縋るようにそう言った。
……けれども。
「……貴女なんて、産まなければ良かった……!」
今と正しく全く同じ言葉を、私は言われた。
不快な思いをすると……いいえ、傷つくと分かっていながら、どうして私はまた同じ言葉を聞きに来たのだろうか。
この光景をこの目に焼き付けて、一体、どうなるというのか。
「お母様、お気を確かに。お母様が泣き叫んだところで、どうにかなることではありませんわ」
私の言葉は、虚しく響く。
「一度ここを離れて療養するのはいかがでしょうか」
そう言えば、私の方に硝子の破片が飛んできた。
私はそれを、寸前のところで躱す。
けれども反応が遅れて、僅かに頰に切り傷が走った。
ツウ、とそこから紅の血が滴り落ちるのを私は感じた。
「ここを、離れる……?バカなことを言わないでちょうだい!私にとって、あの方が全てなの!旦那様から離れることなど考えられない!」
そのお父様が、お母様から離れているのだけれども……とは、とても言えない。
「それに私が離れて、あの憎い女がここに来るかもしれないかと思えば、どこに行こうと私が安らぐことなんてない……っ!」
「……お体に、障ります。一旦、お休みください」
そう言っても、お母様はその場から動かなかった。
ただただ、伏して泣くだけ。
そっと、私は頰に触れる。
紅が、私の手を染めた。
私はその光景に自嘲しつつ、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます