訓練
それから私は、魔力コントロールを中心に訓練を重ねた。
……朝起きてから、夜寝るまで。
まず、朝起きて一番に水につけておいた組紐を両手首と両足首につける。
そして一日中魔力で体を覆うようなイメージで、かつ組紐をピンクに染めないようにしつつ魔力を放出し続けるのだ。
始めのうちは魔力コントロールができず、すぐに紐を染めていた。
けれどもそれを根気よく毎日続け、大分保つようになってきている。
集中していない時や、驚いた時などの何らか感情が動いた時には、相変わらずすぐに染めてしまうが。
それと同時並行で、体力作りとして走り込みを毎日している。
いくら魔力量が多くとも、それを扱う肉体が弱ければ、魔力に体がついていけないということと、いずれ市井に出るのであればそれなりに体力は必要だろうという予想していたためだ。
始めは屋敷の庭一周どころか、数百メートルでへばっていたものの、少しずつ距離が伸びている。
焦らず、着実に。
私は力をつけなければならないのだ。
「……お嬢様、どちらにいらっしゃっていたのですか」
背の向こうから聞こえてきた冷く固い声に、ピクリと身体が跳ねる。
咄嗟に組紐を見たが、染まっていなかった。
コントロールができている、と安堵する。
「……マージ」
ゆっくりと振り返ると、そこには思っていたら通りの人物がいた。
マージは、私の教育係。
この屋敷に長いこと勤めていて、父の側近とも呼べる人物だ。
「……お答えくださいませ、お嬢様。一体、どちらにいらっしゃったのですか?」
無表情で私を見下ろしつつ、詰問するかのように彼女は私に問いかける。
「別に。少し、庭を散歩していただけよ」
「……ここのところ、外に頻繁に出ていますね?お嬢様には、そのような時間などないはずです。あなた様は、ご当主の名に恥じぬよう“せめて”教養は人一倍積まねばなりませんのよ?」
最後の言葉が、私の心を荒くれ立たせた。
「マージ。私は、あなたに出されている課題は全てこなしているわ。提出した課題に何か問題があったかしら?それとも、講師の方々が何か私の不手際を報告したのかしら?」
吐き捨てるように言うと、マージが一瞬たじろぐ。
……それはそうだろう。
課題は全て、私にとって既にできて当たり前のものだ。
努力と時間を対価に、かつて身につけたものなのだから。
「……いえ」
搾り出すように言った言葉には、悔しさが滲み出ているようだった。
「そう。なら、“時間がない”という理由で文句を言われる筋合いはないわね」
マージは、うんともすんとも言わない。
代わりに、私が再び口を開いた。
「それで、他に何か用があるのかしら?」
「……。本日は、当主様がこちらで食事を摂られると。奥様もそのようになさるとのことです。つきましては、お嬢様も出席するようにと」
「あら、珍しいこともあるものね。……分かったわ。支度を整えて、参ります」
私はそう言って会話をぶった斬ると、早々に自室に戻った。
……本当に、珍しい。
そして、面倒。
いかんせん、あの二人と食事を取ろうとも楽しいことなど何一つないのだ。
むしろ不愉快な思いをするぐらいなら、淡々と一人でそうした方が良い。
支度を終えて重い足で食堂に向かうと、既にお父様もお母様も席についていた。
「遅いわよ。旦那様をお待たせするなんて」
一番に、お母様からの叱責が飛んできた。
「申し訳ございませんでした」
ここで言い訳を言うとろくなことはないというのを学んでいる私は、ただただ謝って席に着いた。
お父様は興味なさげに私とお母様のやり取りを見ていた。
食事が運ばれ、それを黙々と食べる。
お母様はお父様に常に話しかけ、それをお父様が気の無い返事をするというやり取りを、ずっと見ながら。
前までは何とも思わなかったけれども、今この状況を見ているとお母様がすごいな……と思った。
私がお母様だったら、心が折れていただろう。
「……クラルテ」
「はい」
ちょうど食事が終わったタイミングで、お父様に話しかけられた。
そのせいで、お母様からの圧がすごい。
「……マージから話は聞いた。お前、よく部屋から出ているそうだが、何をしている?」
マージめ……と内心悪態をつきつつ、口を開く。
「庭で散歩をしています。その方が、勉学に身が入りますので」
「ふん。身が入る?……お前には、最初から何も期待していないし、お前がどうなろうとどうでも良い。だが、決してロルワーヌ家の名に泥を塗るなよ」
そう言い捨てて、お父様は席を立った。
私なんて、どうでも良い……か。
お父様への期待なんてとっくに諦めたけれども、そう言われて不快なものは不快だ。
私は苛立ちを隠しもせず、その場を後にした。
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