反省

私はアンジェと彼女の母を見ることも疎んじるほどに、嫌った。

市井出の彼女たちを、それ故にマナーがなっていないと公衆の面前で罵倒した。

顔を合わせれば嫌味ばかり言った。

彼女たちのドレスを切り裂き、物を壊した。

社交界ではあることないことを噂し、彼女たちの評判を貶めるよう尽力した。


そうすることで、益々お父様の不況を買っていると分かっていながらも止めなかった。……止められなかった。

むしろそれすら彼女らのせいにするという、悪循環だった。


そして、もう一人。

お父様の以外に私のそれらの行動に気がついて不快に思っている人物がいた。


彼の名前は、ルクセリウス・ディゼ・ラディーヌ。ラディーヌ侯爵家の長男にして次期侯爵家当主。

……私の元婚約者だ。


彼との婚約はお父様とお母様同様、政略的なものだけれども私は必死だった。


お父様に認められたい……愛されたいと願っていた幼い頃に決まった、彼との婚約。

この婚約が上手くいけばお父様に認めてもらえるかもしれないと、半ば自分で自分を追い込んで彼の心を求めた。


そしてそれと同時に、私は……誰かに愛されたかったのだ。

誰かに愛されることで、必要とされる人間なのだと思いたかった。


だからこそ、愛されたい、愛して欲しいと……執拗に、彼に迫った。

けれどもそんな私を彼は疎ましく思うばかりで……挙句、いつの間にか愛らしい義妹を彼は思うようになってしまった。


……気づかなければ良かった。

気づきたくなかった。

けれども、気づいてしまった。

彼を、見つめていた故に。

しかも、決して彼の片思いというわけではなく……義妹もまた、私の婚約者に思いを馳せていた。


そしてだからこそ、余計に義妹には憎しみが募って、私の嫌がらせはエスカレートするばかりだった。


そうこうしているうちに、聖女選定の儀が始まった。

聖女とは、母なる女神ライアの愛し子を探し出し定める儀式。

その聖女の候補に、義妹がまさかの選出となったのだ。


基本、聖女は貴族の女性。

そのため、義妹の選出はその出自もあって随分と物議を醸したらしいが……神託に間違いはなく、義妹は聖女候補となった。

そして同じ父の血を継ぐ私は、聖女候補にならなかった。


そうなると、私は聖女候補を害した女。

私を邪魔に思っていたお父様や元婚約者は私を弾劾し、彼女の嫌がらせの件だけではなく、その他あることないことを挙げ列ね、ついにはこうして投獄となった……という訳だ。



けれども事ここに至っても、私に反省の気持ちは全くない。

義妹へ申し訳ないという気持ちはなく、未だに憎しみが私の中に燻っているのだから。

……たとえ、彼女に罪はなくとも。


ただ、別のことでは反省していた。

どうして、私はもっと違う生き方ができなかったのだろうか……と。

両親から愛されたいという……今振り返って考えてみれば、決して叶うことのない夢を追い求め、自らの時を無駄に散らし、挙げ句の果てにこうして終わりを迎えようとしているのだから。


もっと、別の生き方をすれば良かった。

私のやりたいことをやって、生を謳歌していれば……と。

そればかりが心残りだった。


けれども、もうどうしようもない。

私を弁護する者など、いない。

所詮私の周りにいた者たちは、私の家の名があってこそのこと。

その家から追い出された私を助けようとするなど、彼らにとって無駄なことだろう。


こうして牢獄で私の生は終わるのか……そう思うと、笑えた。


段々と眠気が増してきた。

そういえば……いつから食べていないか、もう分からない。

水も、いつから飲んでいなかったのか。

初めは、お腹が空き、喉がカラカラとなって苦しかった。

けれども飲めなかったし、食べることができなかった。

腐った食事と水に手をつけることは身体も心も受け付けなかったし、何より気力が湧かなかったのだ。


もう、空腹も喉の乾きも感じすらしない。

頭の中がふわふわして、苦しさも感じなくなっていた。


ああしていれば良かった、こうしていれば良かった……と反省したところで、私はこれから先一生ここから出ることはできない。


ならば早く、この世から去ってしまいたい……と。


そして、ついに終わりの時がきたようだ。

目がかすみ、力が湧かない。

……私は抗うことを放棄し、そのまま目を瞑った。





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