聖女は復讐を夢みるのか

四谷 愛凛

転生

回想

……これは、よくある話だ。


当人にとっては悲劇でも、他者にとったらその程度のこと。滑稽過ぎて、喜劇にすら思うだろう。

当人の私ですら、事ここまできてしまえば自らの滑稽さに笑い出してしまったほどだ。


冷たく汚い床を、ぼんやりと見つめながら私はそんなことを思い自嘲する。


私の名前は、クラルテ。

クラルテ・テス・ロルワーヌ。

ロルワーヌ伯爵家の長女。……ただし、ロルワーヌ伯爵家の長女というのは最早過去のこと。

既にロルワーヌ伯爵家とは縁を切られて、こうして冷たい監獄の中にいるのだから。


監獄の中は日が射さないため薄暗く、どれぐらい清掃されていないのか……すこぶる汚い。

身に纏ったドレスは、今まで着たことがないようなボロボロのそれだ。


……後悔しかない、人生だった。

愛されたいと願い、求め、そして間違った方向に突き進んだ結果がこれだ。

……笑うしかない。


笑いながら、私は目を閉じる。

思い浮かぶのは、ここに至るまでの愚かな自分のことだ。


……幼い頃から私は、ずっとお父様とお母様を追い続けてきた。

こっちを、振り向いて。

笑って、頭を撫でて。

私を褒めて。

私を……愛して、と。


……私の家族は、酷く歪なものだった。

そもそも私のお父様とお母様は、政略結婚だった。

ただ、不幸なことに……お母様は政略結婚だと割り切れず、見目だけは麗しいお父様を心の底から愛してしまったのだ。


それ故に、歪な形だった。

政略結婚だと、利益のために婚姻したのだと割り切り、そのために妻に対して何ら関心を持たないお父様。

そんなお父様を愛し、自分に振り向かせたいと躍起になるお母様。


そんな二人の間に、生まれた私。

お父様に似ていない私にお母様はやがて落胆し、見向きもせず。

お父様はそもそも妻に興味がなく、妻の産んだ私に対しても興味のカケラすらなかった。


けれども、子どもだった私にそんな背景など知る筈もなく。

どうして、お父様もお母様も私を見てくれないのか……ずっと、ずっと分からなかった。


物語に出てくる幸せな家族の場面も見る度に、どうしてだろう、どうすればそれを手に入れることだろうと、羨んでばかりだった。


……もっと勉強を頑張れば、習い事をがんばれば、「良い子だね」と褒めてくれるかもしれない。

そう思って、眠る時間を削ってまで与えられる課題をこなした。

けれども、どんなに良い点数を取ろうが、どんなに教師に褒められようが、お父様もお母様も私を見てくれることはなかった。


そんな最中、全てを崩壊させる決定的な出来事が起こった。


……お父様が市井の女性を愛して関係を持っていることを、お母様が知ったのだ。

しかも、その女性との間には子どもまでいた。


それを知って……お母様は、壊れた。

病んで、ついには命すら失うほどに。


今思えば、私の心もまた……その時壊れていたのかもしれない。


恨めしかった。

最期の最後まで私を見ようとせず、ただただ夢ばかりを見るお母様が。


憎かった。

お母様や私に見向きもせず、自分だけ愛を幸せを手に入れていたお父様が。


悔しかった。

お母様と私がどれだけ欲しても手に入れることのできなかったお父様からの愛を手にしている、その女と子どもが。


それと同時に、諦めきれなかった。

お父様からの、お母様からの、愛を。

いいや……諦めきれなかったからこそ、恨みもしたし憎みもしたのだろう。


そんな私の心情など露知らず、お父様はお母様の喪が明けるとすぐにその女性と義妹を迎え入れた。


義妹の名は、アンジェ。お父様によく似た可愛らしい少女だった。





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