第2話:汗ばみ
皆さんはこの音をご存知だろうか?
キュッと体育館を蹴り上げるバッシュの音、不規則に打ち付けるボールの音、白い網を力強く撫でる音、吐息の中から聞こえる短い笛の音。
涼花は道路脇から映画のワンシーンを眺めるように体育館を見つめていた。熱を保有した身体をコンクリート塀に預けて。
こうして、毎週日曜日に社会人バスケットボールサークルに属する浩二をストーカーしているのは涼花の楽しみであり、誰にも言えない秘密の物語 ―どのくらい秘密かというと、ポリンキーの三角形の秘密ぐらい― だった。
だが、マーフィーの法則とはよくいったもので、一番に見られたくない百子に目撃されてしまった。これは想定の範囲外。実に不愉快。日本中の小さな不愉快を摘んで花冠にして、不愉快国の王女になった気分だ。百子は、横浜中華街最強の肉まんみたいな顔で涼花を見ている。
「涼花は乙女だったんだね。」
「ねえ百子。ポリンキーの三角形の秘密知ってる?」
「知らない。」
「教えてあげないよ。ジャン」
「なんか聞いたことあ……」
「うるさいうるさいうるさいうるさーーーい!」
急に取り乱した涼花を、百子は買って2時間ほど置きっぱなしにしたピザまんみたいな顔で見ている。
そこに休憩中の浩二が汗をぬぐいながら体育館から出てきた。涼花は初めて近くで見るダビデ像のように美しい浩二の姿に、一気に全身汗ばむのを感じた。
「あれ?ももちゃん来てたんだ、こんにちは。」
浩二の屈託のない笑顔が百子に向けられた。
涼花の鋭い視線を受けながら、百子は冷や汗で背中をじっとりと溶かした。
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