ラムネと彼女

ホウボウ

第1話 彼女との出会い

「暑いなぁ…………」

 図書館からの帰り道、お気に入りの自転車を漕ぎながらつぶやく。

 テレビは連日の猛暑を伝え、部屋にエアコンのない僕は扇風機の風で我慢し勉強していたのだが、耐え切れず扇風機の前で横になりダラダラと過ごす日々を送っていた。

 しかし、学校から出た課題を終わらせないといけない僕はずっと扇風機の前でダラダラと過ごすわけにもいかず、まだ暑くない朝を狙って冷房の効いている図書館に行って勉強することにしたのだが――


「昼を家で食べないといけないってのは考えてなかったなぁ……」

 ……と炎天下の中、家に向かって帰る羽目になっていた。

 そんな帰り道、角を三つほど曲がったところに駄菓子屋があった。清涼飲料水メーカーのロゴの入ったベンチがあり、近所の小中学生の格好のたまり場になっているような――そんな店だ。

 あまりの暑さに耐え切れなくなった僕は、そこで何か冷たいものでも買って休もうと自転車のギアを一段上げた――


 *


「ん?」

 と思ったのは駄菓子屋への角を曲がった時だった。こんな暑い昼の時間に見慣れない誰か……服からして女の子か? がベンチに座っているのが見えたからだ。

 近づくにつれ、だんだんとはっきり見えてくる。スカイブルーのリボンがついた麦わら帽子、白のワンピース、そしてこれまたスカイブルーのラインの入ったサンダル。……そしてラムネを飲んでいた。その様子を見て、僕もラムネを飲もうと決める。

 自転車を停め、店の中に入る。財布はどこだったかな――と思いつつ、冷蔵庫からラムネの瓶を取り出し、おばあちゃんを呼んだ。

「おばあちゃん、ラムネ一本!」

 耳が遠いおばあちゃんは、すこし大声で呼ばないと気がついてくれないのだ。


「はいよ、五十円ね」

 細かいのが三百四十円しかなかったので、百円玉を手渡す。……おばあちゃん、最近ボケはじめたのかお釣りをもらいすぎていたり逆に少なかったりすることがよくあり、ちゃんと確かめないといけない。……よかった、ちゃんと十円玉が五枚ある。

 安堵して店を出ると、まだ女の子が座っていた。三人は座れるだろう、というベンチだ。まだ余裕はある。僕が横に座ろうとすると――


「ラムネ、好きなの?」


 あまりにも唐突なその声に、僕は彼女の方を振り向く――


 すこし茶のはいった黒髪。整った顔立ち。そして吸い込まれそうなほどに黒く、綺麗な目。

 いきなりすぎる彼女の行動に、思わず目を合わせてしまった。そして、違和感を感じる。



 「視えない」、と――



 *


 どこにでもいるような普通の高校生こと僕、藤田肇には誰にも話せない、というよりも話したくない秘密があった。

 初対面の大人から、必ずといっていいほど僕に対しての感情や思っていることが分かり、小さなころはそれに合うような行動をとっていた。そうすると、次第に周りの反応も偶然を見るような目線から、忌避するような、虐げられるような――そんな冷たい目線ばかりになっていった。……そのせいで、周りの大人からは変な子どもだ、なにか災いが起こるのではないかと思われ、親からも一時期冷たい扱いを受けた。

 そんな扱いを受けたせいか、子どもながらにその能力――「目を合わせた相手がなにを考えているのかがわかる」という能力を――使うことが悪いことだと感じ、僕はできるだけその能力を使わないように意識的に抑えるようにして生活するようにしていた。……そう心がけていたのだが、こう、突然のことには自制が効かないことが多いのだ。


 そんな僕が突然呼ばれ、振り返った先にいた女の子。

 当然、目を合わせてしまったその子が何を思っているのか、何を考えているのかなんてすぐに分かるはずなのに……なぜか、その子からは何も視えなかったのだ。

 正直、驚いた。そして、じっと彼女の目を見た。……が、何も視えなかった。この――意識して視ようとしても何も視えないということが――生まれてから(というか能力に気がついてから)初めてのことだった。

 そして、ひどく焦った。そんな人間がこの世の中に存在するのか、と。

 どこか自分の中で、「この能力は絶対だ」なんて思っていたのかもしれない。というか最近は視ようとしていなかったので視えない人間がいてもおかしくない。


 ……そんな僕の心の中など関係ない、とでもいう風に彼女はまた「ラムネ、好きなの?」と問いかけた。今度は、じっと僕の目を見て。


 でもやっぱり、視えない。


 僕は戸惑いながらも、「まあ、好きかな」とだけ応える。ただ、それだけの会話。

 それで満足したのか、その後何も話しかけてくる様子はなかった。

 しばらくして、すっと立ち上がり、飲みきったラムネの瓶を捨てにいく彼女。

「また、話そうね」という言葉を残して、僕の帰り道とは反対方向の道へと消えていった――

 本当に、彼女は何がしたかったのだろうか……視えないのは何か原因があるのではないか……なんてことをぼんやりと考えながら、気が少し抜けたラムネを飲み干した。


 ただただ、セミの鳴く声だけが響いていた。

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