第18話
それからというもの、二人は夫婦のように暮らした。夜も一緒に暮らすことが多くなった。スマホに奥様から電話が時々かかって来るけれど、その時は部屋の音を全部消し、あたかも、順二のマンションで電話しているように思わせた。一緒に外出もした。誰も見咎めなかった。
妻が上京して来るはずもないし、お盆まではこうして夫婦気取りでいられるとスミレは思っていた。
しかし、桜が蕾む頃、順二は会社から福井に帰るように命じられた。
「仕方がない。会社の命令だもの。スミレを愛する気持ちは変わらない。けれど、僕は会社を離れると何もできない人間なんだ。許してくれ」
スミレは崖から海に突き落とされたような気分だった。いつも自分を包み込むように優しく語りかける順二の言葉の繭の中で、身体を丸くして幸せだった。それが、急に、自分をはじき出すような、荒々しい男言葉に変わった。ああ、この人はもう家長としての古巣に戻ってしまったと、スミレは感じた。
スミレはベッドの端に腰かけて泣いていた。順二はソファーから立ち上がりスミレの傍に腰かけてスミレを抱きかかえた。
「スミレ、僕はスミレが一番好きなんだ。その心はいつまでも変わらない。でも、会社のいうことを聞かなければ仕方がない僕の立場を分かってよ」
そう言って、順二はブラウスのボタンをはずしかけた。
「いや!」とスミレは抵抗した。
「スミレ、僕はこの世の中でスミレが一番可愛い。僕にこんなに馴染んでくれた人は他にいないよ。ねえ、お願いだから機嫌を直して」と言って、ボタンをはずし始めた。
スミレは泣きながら抵抗しながら、自分もこんなに好きな人はいないと思うのだった。スミレはぐったりとなって、順二を受け入れた。
「スミレはいい女だねえ」と順二も脱力して、スミレと手をつないで天井を見ながら言った。スミレはこの人と一生こうしていたいと思いながら順二のわきの下に顔を埋めた。
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