第15話

五時になり閉店の時間になった。圭子はスミレを放さなかった。

「さあ、さっきの事、話して」

と言って、強引にカフェに引きずり込んだ。

スミレは、腹を決めた。乱痴気騒ぎをして寝過ごし、シャワーを浴びられなかったのが落ち度だったのだ。

圭子は、コーヒーを注文するなり、

「あんた、男と寝たのね」と言った。

「男の匂いがするもの」

スミレの顔は見る見る赤くなった。

「そんなじゃないわ。きのう、彼とサッカーの試合を見に行って、ちょっと、お茶を飲みに寄ってもらっただけなの」

「あんた、彼とかおったっけ」

「いたというわけでもないけど、いなかったというわけでもない…」

「そんであんた、その人と結婚するの」

「ええ」とスミレは言ってしまった。

「ふーん。あんた、騙されないようにしなさいよ」

「ええ」

「私、あんたぐらいの時に、2年も騙されていたのよ」

「どうして」

「バーで知り合った男よ。確かに奥さんとは離婚して独り者だったのだけれど、私のほかにもう一人の女と関係していたのだわ。一人でいる時間が絶対に欲しいから、結婚はしないと私に言ってた。私は結婚してほしかったけど、その男から離れたくなかったので、それでも仕方ないと付き合っていたら、もう一人の女と関係していることが発覚した。一人の女と結婚できないわけだわ。それでも、その女と別れて自分の方に来てもらいたかったけど、その男は向こうを選んだんだわ。バーで知り合った者同士のグループで、山登りした時、その女もついて来ていて、それでわかったのよ」

「へえ、ひどい男」

「二股野郎!今でも、思い出すと煮えくり返る。誰にも言えなかったけど、あんたに言うてちょっとすっとしたわ」

スミレはびっくりした。圭子は、見るからに色気がなく、ずっと独身の堅物と思っていたのに、中に分け入れば、どんな女でも女の柔らかい心と肌を隠し持っているのだと今気が付いた。そして女から見る女と、男から見る女とでは、見え方に違いがあるのだと思った。

「女も四十前になると、子供を産むタイムリミットだと急に焦りだすから、罠に落ちるのよ」

そういわれるとスミレにも思い当たる節があった。いい結婚をしたいと、固く固く心を閉じていたのに、もう、子供の産める限界ではないかと思い出し、それと同時に、肉体が異性を求めて、叫び声をあげていた。妻帯者の順二では、子供を持つのは難しいのに、異性を求める肉体の叫びに負けてしまった。両方を本当は手に入れたかったのに、今は性の悦びで一杯になっている。妻帯者でも、何でもいいように思わされていた。

圭子はその男の悪口を一杯言った。ケチで、食事に行っても、三回に二回は圭子にお金を払わせた。泊りがけの旅行に行っても、割り勘だったと言った。

「相手の女は、テレビ局で働いていて、お金があるんだわ、全部出費は女持ちだったので、あいつはそいつを選んだのだわ」と、掃いて捨てるように言った。

「その人、何してたの?」

「長距離トラックの運転してた。見た目は、かっこいいんだよ。顔、スタイル、両方紳士みたいだった。ただ、けちだし、気が小さいし、几帳面すぎるから、奥さんに逃げられたのだろう」

そう言って、圭子は横を向いて、ペッと唾を吐く真似をした。

「あんたの彼はどうなのさ。結婚詐欺じゃないか?年はなんぼ?」

「三十六。年下なのよ」

「どこで出会った?」

「高校のクラブ活動のOB会で。音楽部でね。その人ヴァイオリン弾くのよ」

「へえ~」

スミレは音痴だったけれど、高校時代に一方的に憧れていた人のことを語った。ここで家庭持ちの人と言ったら、どんなに突っ込まれるか分からない。早く逃げたかった。

「今度、紹介してね」

「ええ」

それから圭子は二年だましつづけた二股男の悪口をさんざん言って、スミレを開放してくれた。

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