第9話

 一週間が過ぎるのが待ち遠しかった。会社は、年賀状の印刷で忙しかった。もう何年も繰り返している仕事なので、スミレがミスをするはずがなかった。ところが、あまりにも、彼とのサッカー観戦の事ばかりを考えていたので、クライアントの指示したレイアウトと違ったことをしていた。そこを、先輩の圭子から注意された。

「どうしたの、藤野さん、こんな単純なミスをして。藤野さんともあろう人が。いい人でもできたの」と冷やかしてくる。

 女社長は、老眼鏡の奥から、スミレをじろっと見た。

こんな悪い雰囲気は、一度もないことだった。三人とも独身で、境遇が同じなので、落ち着いていた。今はスミレだけがうきうきしていて、他の二人にはちょっと目障りだったのだ。

「すみません。すぐ直します」

スミレは冷や汗をかきながら、謝った。

 その日、退社すると、美容室に出かけた。少しだけ金髪ぽく染めている髪の色が、褪せかかっていた。彼との初デートで、彼に恥をかかせてはいけない。端正な彼に釣り合う彼女にならなければならないのだ。化粧ももう少し派手にし、年を隠さなければならないと思い、デパートによって、高価な化粧品も買った。

 また、ビデオの中のアメリカの女性のように、自分の方から積極的に当たっていかなければ、こんな年では、彼の方からは抱いてくれないのではないかと、気になる。恥ずかしいけれど、恥ずかしさをかなぐり捨てて、自分の方からアタックしてみようと考えて、やはり恥ずかしくなり、顔を赤らめてぼおっとしている。体の中から沸々とわいてくる欲望を、スミレはとどめることができなかった。

 サッカーの試合に連れて行ってもらう日、スミレは寝たり覚めたりしながら朝早く起きてお風呂に入った。何としても、今日は彼に家に来てもらいたかった。部屋は、ベッドルーム以外にはリビングがあるだけだった。 スミレはベッドのシーツを真新しいものに変えた。リビングのテーブルの上には、すぐにコーヒーが入れられるように用意した。お花も活けた。そして念入りにお化粧をして三時になるのを待ちかねて公園に行った。彼はもう来ていて待っていてくれた。スミレを見つけると手を振り、二人はそのまま肩を並べて駅に向かって歩きだした。

 

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