第6話

スミレは日曜日を待ちかねて出かけて行った。小学生や乳幼児がたくさん来ていた。スミレは、以前と同じベンチに腰かけて待っていた。彼はなかなか現れない。若いカップルが、バギーから、まだよちよち歩きの女の子を下ろして砂場で遊ばせている。「パパ、お山作ってあげて」とママがパパに呼びかけている。スミレはその光景を羨ましく眺めていた。自分も桜の木の下の君と、甘い蜜のような関係を築きたいと胸を波打たせるのだった。

 その時、西の方、ジャングルジムの向こうから彼が歩いてくる姿が見えた。来たっと思った瞬間、心臓が激しく鼓動を打った。思わず立ち上がってしまいそうだったが、踏みとどまった。彼がこちらに近づいてくる姿から目が離せなかったが、見つめていたのではおかしいと思って、携帯を取り出していじっているふりをした。

 彼は、ゆっくり歩いて木の下に来ると、先週と同じように煙草を吸い始めた。スミレはメールを打つふりをしながら、ちらりちらりと彼の方を見ていた。彼もこちらの方を見ているらしい。スミレは彼が近づいてきてくれてたらどんなに嬉しいかと思いつつ、携帯をいじり続けていた。

 彼は2本目の煙草を吸い終えると、灰皿をパチッと閉めてポケットに入れ、くるりと背を向けて帰り始めた。スミレは又もや立ち上がって付いて行きそうになったが、踏みとどまった。

 スミレは安堵した。前の親子は来ていなかったし、二本の煙草を吸い終えるとさっさと帰っって行ったということはこの砂場に用はないということなのだ。

 スミレは、喜びを抑えられず、家に帰ると一人でワインを注ぎ祝杯を挙げた。ほんのりと酔いを覚えながら、静かにお湯に浸かるのだった。そして瞼を閉じ、彼に抱かれているような気持になって、空想の中で喜びを噛みしめているのだった。

 次の日曜日も、その次の日曜日も、桜の木の下に彼は現れた。スミレは胸をときめかせながら、彼が寄って来て声をかけてくれないかと待っていた。しかし二回とも煙草を二本吸うと、しばらく砂場を見ていて帰って行った。

 三度目の日曜日、スミレは、いつも携帯をいじっているだけでは変に思われるのではないかと思い、編みかけの毛糸の帽子を持って行ってかぎ針で編んでいた。早、桜の葉は茶色くなって散っているものもあった。

 季節の移ろいの早いことを感じたスミレは、今日こそ何とかして彼と口をききたいと思った。そこで編み物から無造作に頭を上げたふりをして彼の方を見た。彼もスミレの方を見、目が合った。スミレはすかさずニコッと笑って会釈した。彼も会釈を返してくれた。彼はためらっていた様子であったが、スミレのベンチの方に歩いて来てくれた。スミレは編み物をバッグにしまって、すっと立ち上がって、彼を迎え入れる体制をとった。

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