第5話
翌月曜日、会社ではどんな仕事にも張りを感じた。クライアントに注文された名刺やチラシや喪中はがきを校正する時も、浮き立つような気分で軽々とやってのけることが出来た。商店街の組合長がふらっと入って来て、世間話をして煙草を吸っていった時も、ニコニコと愛想よく応対していた。
真っ赤に紅葉した桜の木の下に立っていた白馬の王子様が、砂場の女の子の父親だとしたら、あんなに悠然とタバコなど吸っていないで、片付けを手伝うはずだとスミレは気づいた。それに気づいたスミレは幸せ一杯だった。夜、湯船に浸かりながら、空想が膨れ上がり、その方に抱かれている夢を見るのだった。湯から上がり、流し場のはめ込みの鏡に全身が映った時、はっと我に返った。ビデオの中の妻の、あの激しい行為を演じていたアメリカの女優の引き締まった裸体の美しさに対して、鏡の中の自分の全身は、四十を前にしてたるみ始めている。こんな肉体を、白馬の王子様の前にさらすことが出来ようか。スミレは恥ずかしくなり、バスタオルを体に巻き付けた。
スミレはボディローションをほんのりと体につけた。そして腹筋体操をした。頭の中は、桜の木の下の紳士の事で一杯だった。次の日曜日は絶対に公園に行って、彼があの親子の父親でないということをしっかりと確かめようと決心した。
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