きゅう
「うっわーコレぜんぶ執事さんが作ったわけ!? すっご!!」
「恐縮でございます」
二ヶ月前から恒例となった僕らだけの食卓に、今晩はひとつ増えた賑やかな声。
柴は苛立たしげにテーブルを指先で叩きながら、その発信源をじとりと睨みつけた。
「おい、何でこの詐欺ガキも一緒に食ってんだよ」
「だからサギじゃなくてトンビですー!」
座り順としては僕がいわゆるお誕生日席で、そこから左隣が柴、右隣がルイーゼ、そして今日はその隣に鳶、という形になっている。
本来なら領主と使用人が同じ食卓につくことはないのだが、今の生活が始まった当初、この状況で一人食べる食事があまりにも寂しすぎて、僕は泣き言を零した。というか実際泣いた。あの頃は本当にいっぱいいっぱいだった。
ルイーゼと柴がこうして同じ食卓についてくれるようになったのはそれからである。
僕のヘタレに付き合わせてしまって大変申し訳ないが、毎日騒がしいほどの声が飛び交うようになった食卓は、沈み込んでいた気持ちを確かに軽くしてくれた。
「なんじゃ、自分の取り分が減るから苛立っておるのか?」
「それも癪っちゃ癪だけどそうじゃねぇよ! そういう問題じゃねぇだろ!!
情報取り終ったならもう帰せよコイツ!」
「でもせっかく来てもらったんだし、お夕飯くらいご馳走したいなって。
あ、柴には僕のおかず半分あげるよ。どれがいい?」
「いや、いらねぇから……あー……もういいよさっさと食おうぜ……」
深々と息をついて怒気を収めた柴を、鳶がにやにやと眺める。柴は今度はそれを一睨みしただけだで、場がひとまずの落ち着きを見せた。
そして食前のお祈りも済ませたところで、夕食が始まる。
「うんま! ハンパないんだけど! これ高級食材?」
目をキラキラさせて食べる鳶に、これらの料理はすべて閉店間際のスーパーで買った値引きシール付きの特売品から作られたものである事を、伝えるべきか少し迷った。
僕らとしても、あの食材でこのクオリティの料理を毎日作り出しているニシキさんが謎である。同じような事を考えていたのか、柴が「まじでコック涙目だな」と呟くのが聞こえた。
「特別なものは何ひとつ使っておりません。我が領地で取れた食材を、当家に伝わるレシピにそって調理させて頂きました」
「へー。じゃあ頼んだらこれ、シスターも作ってくれるかなぁ」
「レシピ本はたぶん残ってると思うけど、持っていく?」
自分で言うのも何だけど、ニシキさん補正をさておいても我が家のレシピは中々に美味しい。特に秘伝というわけでもないので、ご家庭のレパートリーに加えて頂ければ幸いである。
「貸して貸してー! ……っていうか、あのー、今更なんだけどさぁ」
「ん?」
「にーちゃん、領主様なの?」
そういえば孤児院で遭遇してから怒涛の連行劇で、ちゃんと説明していなかったかもしれない。
シスターとの会話であらかた察してはいたのだろうが、念を押すように確認してきた鳶に、「うん、まぁ、そうだね」と曖昧に頷く。
肩書きに見合った才覚が備わっているかはともかく、現状において僕が領主であることに違いはない。
「そっかー……。じゃあここって領主様のお屋敷なわけだよね。それにしちゃ人少なくない?」
この屋敷に来てから、僕達とニシキさん以外の人間を見ていないからだろう。ずっと気になっていたのかもしれない。
今更張るような見栄も無いので、現状に至るまでの事情を掻い摘んで説明すると、鳶は「うへー」と言って顔を顰めた。
「でも領地の経営そのものには支障ないから、その、領民の皆様方に置かれましては、どうかご安心頂きたいなぁと……」
「やーそこらへんは別にいいけどさー。そんな状況でよくやってられるよね、オイラだったら絶対ムリ」
「そうかな、鳶の運送屋さんと一緒だと思うけど」
「えぇえ? なにが? どこがー!?」
心底理解できないとばかりに身を乗り出した鳶を、隣席のルイーゼが「行儀が悪いぞ小僧」と首根っこを掴んで引き戻す。
ちなみに柴は、口を開けばまた喧嘩になると自覚してか、先ほどから黙々と料理を食べ進めていた。
「確かにやってる事は全然違うよ。でもそれをやっていられる理由っていうのは、僕も鳶もあんまり変わらないんじゃないかな」
「理由ー? ガッツリ稼ぎたいとか?」
やはりピンとこないらしい鳶が不思議そうに首を傾げる姿を見ながら、僕は考える。
どんな小さな仕事でも引き受ける街の運送屋、と言うとありふれた存在のようだけど、実際に顧客を掴み、商売として形になるまで、彼くらいの年齢では相当の苦労があった事だろう。
けれど鳶はそうして得た稼ぎのほとんどを孤児院に入れているという。
ならきっと、僕らの根っこにある“理由”ってやつは、思いのほか似ているはずだ。
「大切なものを守りたい、自分を支えてくれる人達に応えたい。……鳶もそうでしょ?」
そう言って小さく笑みを零す。
すると鳶はぐっと息を飲んで動きを止めた後、今までの達者な弁舌がウソのような年相応の拙さを残した声で、さぁね、と呟いた。
その耳の端が赤いのに気付いてまた思わず笑うと、鳶が申し訳程度に顰めた顔で僕を見る。
「……にーちゃんはさぁ、あんま笑わないほうがいいね」
「えっ、ごめん、怖い!?」
あたふたと顔を隠そうとしていると、鳶と柴が顔を見合わせて呆れたように溜息をつき、ルイーゼはなぜか満足げにうむうむと頷いていた。
*
夕食後、片づけをしようとしたらニシキさんに部屋から丁重に追い出されてしまったので、手伝いはルイーゼに任せて、レシピ本を取りに書斎へ向かうことにした。
リンさんのところで洗い物だってやってるんだし今更だと思うのだが、やはりニシキさん的には“それとこれとは話が別”というやつらしい。家の中のことに関してとにかく譲らないお人である。いや、ありがたいけど。
「テメェ取るもん取ったらすぐ帰れよ」
「年上の余裕で“またおいで”くらい言ったらー?」
「あぁ? ここで締め上げて依頼主の情報吐かせてもいいんだぞ?」
「イヤでーす遠慮しまーす」
待ってるのがヒマだからと付いてきた鳶と、その監視についてきた柴が後ろでギスギスしてる気配を感じながら、書斎の扉を開ける。
僕の後ろから室内を覗き込んだ鳶が、ぱちりと目を瞬かせた。
「わー本棚すっかすかー」
「えーと、さっき話したと思うけど」
「本もお給料代わりに持っていかれちゃった、と」
「後は……生活費の足しにするのに手放した分とかもあって……」
「わ、わかったって! もう言わなくていいから! 大丈夫だよ本なんて無くたって生きていけるよ! オイラも本読まないし! ね!!」
「ありがとう……」
年下の子に全力で励まされて目頭が熱い。
そんなわけでだいぶ風通しのいい書斎だが、使い古したレシピ本くらいはさすがに残っている。売れるようなものではないから、元使用人の彼らも持って行かなかったのだろう。
絶対数が少ないので、目的のものはすぐに見つかった。
手に取った本をざっと流し読んで、問題なく我が家のレシピ本であることを確認し、閉じようとしたとき。
途中のページから、一枚の紙がひらりと落ちた。
「お、っと」
床に落ちたそれを拾い上げようと身を屈める。
するとその紙に書かれた文章が目に飛び込んできて、僕は驚愕した。
いや、文章に、ではない。
正確には――その筆跡の、びっくりするほどの汚さに。
「これ!! この字だよ!!!」
思わず大声を上げると、後ろで睨み合っていた柴と鳶が、揃ってびくりと肩を震わせた。
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