第1話 迷子

「参ったな……迷った。」


 人気の無い森の中一人の男性が気だるそうに呟いた。

 銀髪の短い髪、整った顔にはまだ少し幼さが残るが幾多の戦場を駆け巡った事の有るだろう鋭い視線を飛ばす目、背丈は180は有るだろう。硬い筋肉は薄い服に隠され、急所になる場所は鉄板で出来た簡単な鎧をまとい、腰には長年愛用してきたのか傷だらけのさやが目を引く剣。

 彼、ルーメルト・クロイツは現在森の中で迷っていた。


「おっかしいなー、一個前の町で買った地図を見る限りこの森を真っ直ぐ抜けると広い道に出る筈なんだが……偽物を掴まされたか?」


 一個前の町クルトを出た時は確かに森の位置は合っていた。

 迂回をすれば良かったのだが、クルトで思った程稼ぐ事が出来なかった為に次の町まで出来るだけ急ぎたいと思ってしまった。

 思ってしまっては最後、人は最短で目的地に着ける道を見つけると後先考えず行動してしまう者だ。

 え?それはお前だけだろうって?

 はっはっは、実際に体験すれば解るさ、この気持ちが。

 さて、森を真っ直ぐ突き抜けると言う近道を見つけ意気揚々と入ったは良いが何処で間違えた。

 森の中を歩くにつれ道を外れたか?

 そうなったら仕方ない来た道を戻るしかないだろう。

 さいわいにも騎士団に居た時の癖で歩いて来た道には目印を付けている。

 そう、振り返って少し進んだ所にもナイフで付けた傷が……


「あれ?」


 何処にその傷が有るのでしょう?

 誰か知りません?




「完全に迷った……」


 あれから数分経っただろう。

 傷を付けた木を探して歩き回ったが更に最悪な状態におちいった……

 長年……って言っても二、三年しか旅をしてないがこんな事はよくある。

 そんな時は落ち着いて地図を確認。

 森に入ってそんなに進んではいないのは歩いた距離でなんとなく分かる。

 本当に騎士団にいた時に色々と経験しておいて助かったと思う。

 ……よし、ここから左を向いて真っ直ぐに歩けば森を出られるだろう。

 今度は木の枝の二、三本折って地面に刺すか。うん、そうしよう。




 あれから数分歩いた。

 思ったよりも森を抜けるのに手こずっている。

 ぬかるんでいる地面、大木から伸びる木の根は地面から出て他の根と複雑に絡み足を引っ掛けそうになる。

 そんなこんなで四苦八苦しながら歩いていると突然に視界が開ける。

 そこだけ木は生えておらず一つの大きな建造物が存在した。


「何だこれ?」


 見たところ遺跡か?

 変な模様に見たことの無い文字で何か書いてあるが建てられてもう何年も、何十年も経っているのだろう、劣化が激しくボロボロだ。何を書いてあるか読めない。

 多分もう王都が派遣した調査団が調べただろうがもし金になる物がまだ残っているのではと思ってしまった。


「まぁ、休憩がてら中を探索しますか。水も残り少ないし湧き水でも有れば汲んでおいて損は無いだろう。」


 森の中や山の中での湧き水は意外と飲み水として飲める。

 雨水が自然の濾過装置ろかそうちで綺麗にされ飲料水として遭難や長期の森の探索などで使えると教わった。

 あ、これ豆知識ね……って誰に向かって言ってるのだろう?

 しかし飲めない物も有ると言っていたな。

 気をつけるに越した事は無いだろう、まず湧き水が有るかも怪しいし。

 等と考えながら空いている隙間から遺跡の中に入った。




「涼しいな。これだと探せば亀裂から漏れてる湧き水も見つかりそうだな。」


 ボロボロの中はいい感じに外の日の光が差し込み松明を用意しなくても探索が出来る程に明るかった。

 歩きづらいのは仕方ないが気になる程では無い。


「しっかし、しっかりとしているな。所々崩れてはいるが本懐する程では無さそうだな。」


 と、建物の造りを関心してみる。




 暫くあちこっち探索してみるとお目当ての湧き水が見つかった。

 ポーチ形のバックパックに入れておいた空き瓶に水を汲み喉の乾きを直接飲み潤した。


「冷たくてうめー!」


 1日もかけずに次の町まで着く予定だったから飲み水は最低限と予備で少ししか無かった。その為この湧き水はまさに砂漠のオアシスと言っても良いだろう。


「……?」


 ふと風の音と共に何か聞こえた気がした。

 何か鉄が擦れるような音が……


「……こっちか。」


 その音はこの部屋を出て更に奥、まだ探索していない所から聞こえてくるようだ。

 零れ日を頼りに慎重に奥へと歩みを進める。

 すると一気に視界が開けた。


「ここは……最深部か?」


 もう何年も人が立ち入った様子が無い程地面からは草が生い茂り気持ち良さそうに崩れた天井から入ってくる日の光に照らされ、隙間から流れる心地よい風にその体を揺らしていた。

 そんな光景の中に一箇所だけその場にそぐわない存在が居た。


「少女?」


 両手両足を頑丈な枷と鎖で拘束されており自由を奪われている少女がそこに居た。


「だれ?」


 少女に一歩近づいたその時、何処からか声が聞こえた。


「誰だ!姿を現せ!」


 瞬時に剣を抜き周囲を警戒する。

 すると、鎖に繋がれている少女の真上に光が集まっていく様な感覚になる程眩しく輝き出し、そして弾けた。


「!?」


 目が焼けるかと思った。

 とっさに腕で目を隠し防いだが、反応が遅れていたらと思うとぞっとした。


「あなた、だれ?」


 先ほどの声が正面上から聞こえ、目を隠していた腕をどける。


「……お前は。」


 光が弾けた場所には鎖で拘束されている少女と同じ姿をした少女が居た。

 風になびく黒い髪は漆黒の翼の様に見え、それを羽ばたかせる様にゆっくりと地面に降り立った。


「?」


 少女は先程から反応を示さない俺に対し不思議そうに首を傾げ見つめてくる。


「だいじょうぶ?」


 その一言でようやく我に返った。


「あ、あぁ……大丈夫だ。」

「よかった。」


 やっと反応が帰ってきた事に安堵したのか少女は微笑んだ。


「で、お兄さんはだれ?」

「俺か?俺はルーメルト・クロイツだ。」

「るーめる……クロイツね。」


 言えてない……

 そう思ったが寝起きの様な呂律が回っていない感じに思え、可愛く感じたので黙って頷いた。


「では今度はこちらから質問しても良いかな?」

「なぁに?」

「君は誰だい?」

「わたし?わたしはエルネ・ブラウス。」


 エルネ……

 何処かで聞いた事の有る名前だが何処だったかな?

 思い出そうと考えようとしたが少女の口から発せられた単語でどうでも良くなった。


「王国エルキニスの生まれで使よ。」


 エルネはドヤ顔で胸を張っているがそれどころでは無かった。

 魔法使い。

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬でエルネを警戒する。


「今、魔法使いと確かに言ったな。」

「うん、そうだけど。どうしたの?」

「いいか、よく聞け。魔法や魔術の類は今はもう無いに等しい。」

「……え?」


 エルネは何を言っているのか分からないと言った表情で固まる。


「もう1度言う。もう魔法や魔術はんだ。」


 そう、この世界に今はもう存在しない技術だ。

 それに王国エルキニス?

 そんな王国は約三百年程前に無くなっている国の名前だ。


「……う、嘘。嘘よ!」

「嘘じゃ無い。」

「嘘だ嘘だ嘘だ!王都にいっぱい魔法使える人が居たもん!」

「そんな技術は三百年程前に無くなっている!王国エルキニスと共に!」

「嘘……つかないで……よ…」


 エルネは今にも泣きそうな声で呟く。

 だが俺が言っている事は事実だ。


「……嘘なんだよね?……驚かせようとしているだけだよね?」

「悪いが嘘じゃない。エルキニス大戦の後、勢いが有ったエルキニスは徐々に衰えて最後は三大王国の一角だった筈が見る影も無く貧民街へと成り下がった。結果、国王は追放され当時最強と言われていた騎士団もバラバラになった。」

「国王エルキニスやクラウスさん、ローレラスさんや他にも騎士団の優しかったメンバーがバラバラに……」

「……」


 エルネの大きな瞳から涙が零れる。

 一粒また一粒と零れ次第にその数が増え、それは頬を流れる小さな川へと成りエルネの今の感情を表すのには充分だった。

 小さな少女は大声を上げながら泣いた。

 その光景を俺はただ黙って見ることしか出来なかった……

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