配られたカード

 俺は家に帰り、心に決めた七度寝、いや朝のを含めたら八かな?を決行した。しかし昨日の睡眠時間が長かったことからあまり寝付けず、夜の十一時には目が覚めてしまった。仕方なしに俺は暇になってテレビをつけたりネットサーフィンをするがどれもつまらない。ああ、刺激が欲しい。ギャンブル以外の。

 この街には娯楽施設は沢山あると言ったが俺は金欠なため無駄遣いはできない。金を使わずにここで遊ぶのは至難の技だろう。退屈に押しつぶされそうになった俺は散歩をすることにした。普段行かない地域の事も知っておけばいつかは役に立つだろう。そう思い立ち絶対に行かないと決めていた、裏カジノ街へと向かった。それが人生最大の分岐点だとも知らずに。



 カジノと裏カジノの違いは分かるだろうか。ここでは主にレート違いの事を指す。表のカジノは1000円から遊べる。ちょっとした中学生でも遊べるレートだ。最悪、使っても10万、20万くらいだろう。

 だが裏はそうは行かない。あそこは魔境だ。わかりやすく言うとサラリーマンの給料半年分が一瞬で塵のように吹き飛ぶ。そこで人生を破滅させた者も多いだろう。

 裏だろうが種銭を持っていなくても入れることは入れるが初期BET額を見たら逃げたくなるはずだ。実際俺も中学の頃入った裏ルーレットの最低レートを見て顎が外れそうになったし。

 長々と考え事をしていたところで一際大きな明かりを放つ建物の前に立っていた。『カジノ ハーデス』ここは特にレートが高く、この街にしては珍しい高レート、高稼働、高知名度、三つ揃った夢と絶望入り乱れるカジノだ。かなりの老舗らしいが見た目は改築を繰り返してるせいか小奇麗なままだ。

 さて、身の上話は懲り懲りだろう。中へ入るぞ。そこは三フロアぶち抜きで作られたためバカみたいに高い天井とシャンデリアが高級感をこれでもかと強調する、悪趣味な賭場だった。

 いかにもな金満老人が行き来するホールで俺は一際賑わいを見せるテーブルへ近づいた。そこでこぼれ落ちそうなほどのチップの山に囲まれていたのは俺と同い年か年下くらいの女の子だった。


「見た感じ……7、8000万くらいか」


 異性よりも先に金の方に目がいってしまう俺もここの毒に犯されている証拠なのだろう。彼女は一等地に家が建てられるほどのチップに囲まれていた。ギャラリーが集まるのも頷ける。それにしてもこれだけ勝てるにはなにか秘訣があるのかもしれない。心の底に閉じ込めていたギャンブラーとしての欲求がこみ上げて来たため、もっと近くで観察することにした。

 盛り上がるギャラリーを押しのけテーブルに近寄るとちょうど新しいゲームが始まるところだった。えーと、これはポーカー、じゃなくてテキサスホールデムか。

 プレイヤーは、ディーラーから最初に配られた2枚の手札と、ボードに開かれた5枚のコミュニティカード、計7枚のカードから最強になるように抜き出した5枚のカードでハンド(手役)を作る。で、コミュニティカードは1枚ずつオープンされその度に賭け金を上げたり降りたりを決める。ルールが簡単な分かなり普及しているゲームだ。

 本題に戻そう。彼女の手元をチラッと見たらスペードの6と10が来ていた。ふむ。俺なら最低金額を賭けて様子見かな……。

 などと凡人以下の考えを巡らせているとその少女は積み上げられたチップのタワーを崩さないように小さな手で押し出してきた。


「とりあえず、1000万」


「なっ、なにぃ!?」


 同卓したプレイヤーが悲鳴を上げる。そりゃそうだ。AやK、ペアなどがあればもう少し勝負にでてもいいがこれは自殺行為だ。

 だが俺以外のギャラリーには少女の手札が見えてなかったようで純粋に楽しんでいるようだ。歓声が上がる中他のプレイヤーは冷や汗を滝のように垂らしながら熟考していた。しかしみなポンと出せるような金額じゃなかったため次々と降りていく。ああ、そういうことか。ゴミ手を大物手に見せて相手を下ろす作戦か。この作戦はよくあるやつだがこんな大金がかかった勝負でそれを実行に移せる人間はそうそういない。自分の中でその肝っ玉に感心していると一人のおっちゃんが声を上げた。


「レイズ。2000万」


 少女の眉が動いた。角席に座った男はチェック(同等の金額を賭けてコミュニティカードを見ること)どころか賭け額を倍にしてきた。これにはギャラリーも大盛り上がり。その熱に気をよくしたのか葉巻をふかしながら少女を睨みつける。


「どうだ?怖気づいたか?その大金は全て俺がもらうぜ」


 勝ち誇ったような顔で椅子にふんぞり返る男に対し少女は挑発するような口調で


「あら?たったそれだけ?顔の割にやることは小さいわね。……レイズ、合わせて4000万」


「ぬうっ!?」


 こちらも張りかえした!端正に整った顔を崩さずに、ほぼ所持金の半分をあっさりと中央に差し出す。その青い瞳には動揺、緊張なんてこれっぽっちも感じなかった。しかしコイツギャンブル分かってるのか……?こんな馬鹿張り小学生でもしねえぞ?こりゃチキンレースになるな、と周りが察したところで男は予想外の行動に出た。


「な、ならこうしよう。レイズ、1億」


 うおおおお!?このおっさんもやべえ!さっきからホールスタッフと何か話してると思ったらチップが大量に入ったカバンをテーブルに置きやがった!ドスン、と音がした後には一瞬の静寂が流れる。観客もこれには流石に引いてるな。血で血を洗うようなチキンレースがこうなるとは。……ん?まてよ?彼女は1億に届いてなかったよな?


「どういうこと?私の所持金は8500万なんだけど」


 少女も疑問に思ったようで問いかける。同等の金額をかけるかオールイン(全額を賭ける)しない限り次のカードはめくれない。だから少女をオールインに追い込みたかったら1500万は余計なのだ。


「負けたら1500万分の働きはしてもらうさ……!」


 そういうことか。要はこの男、少女を使うつもりらしい。ギャンブルになのか欲求を満たすためなのかはさておき。

 ちなみに今の発言は犯罪ではない。あくまで「賭け金の対価」が少女になっただけでギャンブルとしては成立しているため、これで仮に負けて乱暴されようが全て自己責任なのだから。風紀班に相談しても取り合ってくれないだろう。


「あっそ。じゃあオールイン。私も含めてね」


 受けるか受けないか、こちらが考える暇もなく彼女は立ち上がりテーブルの淵に腰掛けた。ま、マジかよ。あの手札で勝負するらしい。相手のハンドが本命かハッタリかは知らんが負けたらどうなるかは少女もわかっているはずだ。しかし既に双方の同意の下でBETタイムは終了している。

 彼女はハンドを開く。相変わらずスペードの6と10。なにかの間違いだと信じたかったがそれは叶わぬ夢だったようだ。


「オープン」


 男は余裕たっぷりな手つきでカードを開く。すると周りのギャラリーの注目が一点に集まり、そして。


「「「うおおおおおおおお!!!!!!」」」


 弾けた。男のハンドはスペードとハートのA、ワンペア確定だったのだ。


「(そりゃあ勝負するよな……あの女の子、かわいそうに)」


 俺は珍しく同情の目で少女を見守る。しかし彼女の目はまだ絶望の色に染まってはいなかった。そうか!フラッシュだ!柄が同じマークのカードが三枚でればフラッシュで、仮に相手がスリーカードでも勝てる!

 プレイヤーは少女、男を含め四人、場には五枚カードが伏せられている。ちなみに降りたプレイヤーの手札は全てスペード以外だった。これはチャンスだ。カードが

 13枚あるスペードの二枚は少女の手の中に、一枚は男にあるということは10枚のスペードは生きている。つまり44枚の中から10枚あるスペードの3枚がでればいいから100%負けると決まったわけではない。

 ディーラーが恐る恐る一枚目のカードをめくる。

 出たカードはスペードの8。

 よっしゃ!まずはセーフだ!相手はワンペア、こちらはフラッシュの2シャンテンで負けてはいるがまだわからないぞ!

 続いて出たカードは……


「ハートの8です!」


 つ、ツーペア確定か。ま、まぁこういう時もあるよな。でもフラッシュなら問題ない。あと3枚……!スペードこい!

 しかしギャンブルの神というのはお茶目なもので


「く、クラブの8……?」


 三連続で同じ数字のカードを出しやがった!つまり場のカードでスリーオブアカインド確定!しかも男はフルハウスじゃねえか!

 ギャラリーの盛り上がりを見て男は「この勝負の後みなに酒を一杯奢ろうじゃないか」などと宣っている。この土壇場でこの引きを見せたんだ。そりゃ脳内麻薬がドバドバ溢れてテンションも上がるだろう。

 もはやこのゲームの勝者が誰かを確信したギャラリーは少女の元を離れ始めた。波に乗れなかった俺だけを置いて。あークソ。俺もあっちに行けばお零れ貰えたかなぁ。行くタイミングを失った。仕方ない、この少女の最後を見てから家に戻ろう。そろそろいい時間だしな。

 横のつながりの薄い俺はそんな非道な事を考えつつ男の対面、つまりテーブルに腰掛けている少女の正面に残った。俯いた彼女と少し目があったので「達者でな」とでも労いの言葉でもかけようと近づいた。瞬間、俺は全身に悪寒、形容しがたいモノが肌を這いずり回っているような不快な感覚に襲われた。この感覚はなんだ。ギャンブルをする者なら分かるはず。ゲーム中に「絶対やばい」と本能的に分かり冷や汗が止まらなくなる瞬間があるだろう。例えるならソレだ。

 俺が息も忘れて硬直していると前髪で見えなかった彼女の顔が目に入った。



 少女は笑っていたのだった。

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