第2話

雌は我の前に跪き、手を合わせて我に恭しく言葉をかけた。


「世界の山に棲みし、伝説の、偉大なる竜よ。

気高き竜よ。

下界から、遣わされた人間である私に、どうか、どうか、救いの手を。」


我は人間の言葉を使うことが出来る。

というのも、大昔に人間と交流をした際に、言葉を覚えたからだ。

しかし、ここ最近…200年ほどだろうか、私はこの山で眠っていた為に、上手に言葉を使うことは出来ない。


「人間ヨ、話を聞かせロ。」


久しぶりに喉から絞り出した音は、1人の人間を震え上がらせるのに充分だった。


それから、女は一人、淡々と話を始めた。

下界で、深刻な水不足に陥り、多くの人間が飢え、そして干からびて死んでいること。

また、竜の贄として、一人山に送られたということ。

自分は処女で16歳程の、人間の中では力を持った若い娘であるということ。

山の上にある氷を砕き、下界に降ろして欲しいということ。


簡単に言えばこのくらいだろうか。


氷を砕き、下界に降ろすことは問題無い。

何故なら我は水がなくとも生きていける生物だからだ。

山の氷には一切の価値も感じない。


氷を砕く労力も、憐れな生物が必死に頼んでいるのだ。

力を割いてやらないのも、多少は哀れに思う。


しかし、人間の、生娘を対価に、と言うことには疑問を感じた。

確かに大昔、人間から食べ物を供物として差し出されたことはある。

だが、人間も竜は人間を餌にしないことを知っていた為、人間を贄にするという発想は当時も無かった。


いや、今でも竜は人間を餌とすることは無いはずだ。

知性のある生物を食すことは、竜ではなく、獣として扱われる。

つまり、己の誇りを打ち砕くに(自分には知性がないと喧伝しているに)等しい行為だという事なのだ。


そこで、我は娘に問いかける。

「人の子ヨ、贄は要らヌ。

帰るが良イ。」


しかし、娘は強き瞳で我の目を見て、ハッキリと返事をした。

「私は人類の遣い!

ここから立ち去れば、偉大なる竜から逃れた軟弱者と罵られます!

どうか、どうか傍にお置き下さいませ!」


この娘は、何か勘違いをしているのではあるまいか。

我は、話を正すことも面倒になる。


「まァ、良イ。

好きにしロ。」


「ありがとうございます…!

ありがとうございます…!」


こうして、2人は出会った。

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