■エピローグ 終わらない水平線の向こうへ


 その後、機能停止し大地に倒れ伏した『ストロングレイヴン』から脱出したリアン達は、待機していた『ワンダーキャメル』の口に飛び込んだ。

 全速力でその場を移動し、やがて帝国の軍旗が見えなくなった頃。

 べつべつに別れて戦っていた仲間たちと合流し、集落の酒場を使って宴が開かれた――。


「システィーナが無事でよかったよ」


 さまざまな種類の酒と、いろいろな種類の声が乱舞する中、リアンは、カウンター席で一人紅茶を飲むシスティーナを見つけ声をかけた。


「あの場を任せておいてこんなこと言うのも申し訳ないけど……よく無事だったな。あれからどうなったんだ?」

「ええ。あれはなかなかに骨の折れる戦いでしたよ」


 優雅に紅茶を口に含みながら、彼女は笑う。

 正直なところ、損な役回りを負わせてしまったとリアンは後悔していた。彼女がいくら手練れの剣士とはいえ、相手は戦鬼とまで呼ばれ恐れられていた帝国の将。命を失っていてもおかしくなかったのだ。


「すこし傷を負いましたが、大したことはありません。移動集落が機能を停止した後、顔を真っ青にして逃げ出してしまいまして。リアン様たちの方向へ向かったので、追いかけたのですが……すぐに姿を見失ってしまい」

「へえ。逃げる途中でヴィクトルには会わなかったけど……まあ、さらに地下の精霊炉に落とされてたから、うまいこと逃げるときのルートとかぶらなかったのかもな。偶然だろうけど、助かったぜ」


 もしも鉢合わせていたらと思うとぞっとする。

 とてもじゃないがあの戦闘の後にヴィクトルとの連戦は不可能だ。


「……にしても、真っ青ねえ。何があったんだろうな」

「何やら女性の名前をつぶやいていたような……たしか、フォルティナ、と」

「フォルティナ……か」


 つまり部下の身を案じていたということだろうか。

 そういえば帝国に実験動物のように扱われ、魔導兵器を自称していたフォルティナも、ヴィクトルにだけは素直に忠誠を捧げていたような気がする。

 やり方は強引だし、けっして相容れることはないが、もしかしたら根からの悪人というわけではないのかもしれない。


「しかし本当に良いのですか? 敵将を討ち取らないまま逃げてきて。この先の旅路でも、グルディアの影を気にしなければならないのでは……」

「あれでいい。対等、ってわけでもなかったんだろ?」

「それは……はい。よく見ておいでですね」

「わかる。さっきはすこしと言ってたけど、紅茶を飲むしぐさが不自然だ。傷をかばってるんだろ」

「……ええ……悔しいですが、あのまま戦闘が長引いていれば、わたくしは……」

「他の団員と帝国兵との戦闘もギリギリのせめぎ合いだった。兵の質は互角でも、人数差はやっぱり埋められなかったからな……こっちの死者をゼロで切り抜けられただけ御の字だ」

「レテ様の守護契約のおかげですね」

「あ、それは内緒な。あいつ褒めたらすぐ調子に乗るタイプだから」

「あら。うふふ……♪」


 彼の言い草が可笑しかったのか、システィーナはくすくすと笑みをこぼした。

 つられたように笑いつつリアンは訊ねる。


「システィーナはこれからどうするんだ?」

「もちろん黄昏の白百合の団長として、さまざまな依頼を請けていくつもりです。とはいえ、これまでのようにパトリアに常駐するわけにはいかなくなるでしょうが……」

「え? ……あっ。悪い。俺達のせいで……」


 リアンはその事実に気づいて頭を下げた。

 帝国の移動集落襲撃に黄昏の白百合が関わったことは帝国側に知られている。このままパトリア近辺に常駐すれば、ここらの街に迷惑がかかってしまう可能性があった。

 だがシスティーナは静かに首を振ってみせた。


「いいえ。お気になさらず。もともと黄昏の白百合は各地を転々とする傭兵団。むしろ、パトリアの街にいた時間が長すぎたのです。それにわたくし達も、そろそろ次の階段を上るべきだと思っていましたから」

「次の階段?」

「これまで魔物退治を主に請け負ってきましたが、それだけでは駄目だと思いまして」

「どうしてだよ。魔物退治だって立派な仕事だろ」

「もちろん。――ですが、今は大陸は緊張状態にあります。北のロレンシア王国、南東の小国連合は、いつグルディア帝国と戦争状態になってもおかしくありません」

「もしかして、戦争に参加するつもりなのか」

「小国連合の一国からすでにオファーをいただいています。手を貸してほしい……と。あそこはわたくしの故郷でもありますから……」

「そっか……どこもかしこも、きなくさくなってきたな。ちょっと残念だ」

「残念、ですか?」

「システィーナさえ良ければ一緒に冒険、とも考えたんだよ。でも、団長の責務を放り投げるわけにもいかないし、まあ無理だろうなって」

「それは……」


 システィーナは目を丸くして言い淀んだ。

 そして、胸の前できゅっと手を握り、彼女は微笑む。


「それは……胸躍る提案ですね」

「なんだよ。随分と乗り気だな」

「わたくしも、あなたとソフィア様の姿を見て、羨ましいと感じていましたから。年相応に自由を謳歌する冒険者――それもまた、数多ある夢の中のひとつですわ」

「じゃあ、来るか? ……一緒に」

「……いいえ」


 静かに首を振る彼女に、うすうすその答えを予想していたリアンはうなずく。


「だよな。システィーナのやりたいことはそれだけじゃない」

「その通りです。母の遺志を継ぎ、正義のために剣を捧げる――それもまた、わたくしが心の底から成し遂げたいことなのです。だから今はまだ、少なくとも大陸に平穏が戻るまでは……わたくしは、わたくしの道をまいります」

「ああ。俺も、それがいいと思う」

「とはいえすぐに戦争が始まるわけでもありませんから、もしも何かお困りのときは……また、召喚魔法で呼んでくださいませ。その……」


 微かに頬を赤らめて彼女は慌てたように紅茶を飲み干すと、コホンと咳払いをして――


「――あなた方とはせっかく仲良くなれたのに……寂しい、ですから」

「ああ! 召喚するからさ、また一緒に冒険しような!」


 童女のわがままのようなあどけない言葉に、リアンは豪快に笑い飛ばしてそう答えた。


 *


 システィーナへの挨拶を済ませた後。

 勝利の美酒に酔う女傭兵やイングリット、レテたちを横目にリアンは酒場の外に出た。

 ソフィアの姿を探していたのだが建物の中には見当たらず、もしかしたら外の風に当たっているのかもしれないと思った。

 山間に身を隠すように佇む『ワンダーキャメル』の背の上。

 谷を吹き抜ける冷たい風が肌を撫でぶるりと震える。

 と、視線の先――。

 中央広場の噴水の縁に腰かけて、身じろぎひとつせず空を見上げている少女がいた。

 その長い髪が目に入った瞬間、ふと思い立ってリアンは踵を返し酒場の中に戻る。

 行ったり来たりしてどうしたんだろう、と疑問符を浮かべるカウンターの女傭兵に注文して、出てきたそれを持ってリアンはふたたび外に出た。


「風邪ひくぞ。山の寒さをなめんな」

「リアン……これくらいへっちゃらですよ。野宿は慣れてますからっ」

「いやいや慣れてても体冷やしたら駄目だろ……ほら」

「あ……ありがとうございます」


 声をかけながら差し出したカップを受け取り、ソフィアがほっこりと微笑む。

 カップからは白い湯気が立ちのぼる。

 中は、ホットミルクだった。

 自分の分のカップをすすりながらリアンは言う。


「簡単に作れるわりにうまいよな。俺も好きだよ、これ」

「私も大好きです。えへへ♪」

「手、真っ赤になってるじゃんか。全然大丈夫じゃないだろ」

「ホントだ……今、気づきました」

「おいおい。――ボーっとして、どうしたんだ?」


 リアンは直球で訊ねた。

 ソフィアが苦笑を浮かべる。


「心配して来てくれたんですね。ありがとうございます」

「まあな。こっちに帰ってきてからなんだか様子が変だった気がして」

「ごめんなさい。すこし考え事をしてて」


 言いながらソフィアは、空へと視線を向けた。燦然と輝く星の絨毯が空一杯に敷き詰められて、心なしか彼女の髪も輝いて見えた。そのまま光の塵となって消えてしまいそうな雰囲気に、『ストロングレイヴン』の中での神々しい姿が重なり――。


「大陸の話、まだ気になるか?」

「え? あ、いえ……気になりますけど、それは自分の中で答えが出せました。リアンと一緒に冒険を続けることにすこしの迷いもありません」

「じゃあ、何を気にしてるんだ?」

「私――……一体、どこから来た、誰なんでしょう」

「あ……」

「フォルティナさんほどの魔法使いが、命を削らなければ使えない魔法……それを呼吸のように扱える伝説の種族――神族の血を、どうして私なんかが引いているんでしょう」


 温かなカップを支える彼女の手は震えていた。身体の外からではなく、内側から生じる冷気に凍えているように。


「……気づいてやれなくてごめんな。やっぱり、怖いよな……」

「………………はい」


 こくりとうなずくソフィアの姿がいつもよりもさらに小さく見えた。

 移動集落『ストロングレイヴン』は、あんな恐ろしい異形の邪神を産み出した。それなのに自分はその本体そのものを完全に支配し、制御してみせてしまったのだ。

 その力の意味や源がわからずに恐怖を覚えるのも無理からぬ話だろう。


「え……り、リアン……?」

「……いや、まあ。不安がってる子には、こうかなって……」


 戸惑ったように上目づかいになるソフィアに、リアンは頬を掻いて目をそらした。

 頭に手を置き、軽く撫でてみただけなのだが、何かまずいことをしただろうか?


「い、嫌だったか?」

「……いえ。すこし、ホッとします」


 ふるふると首を振り、彼女は和やかな笑みを浮かべた。

 ならよかった、とリアンは胸を撫で下ろし。


「俺たちはたぶん深いところでわかりあえると思うんだ。俺も、自分の母親がどこの誰かもわからないしさ。でもそれは……この冒険の先できっと見つかる」

「……そう、でしょうか?」

「たとえ何者かはわからなくても、俺達は何者かになってるんじゃないか」

「え……?」

「今はどこの誰だかわからない、真っ白な物語のページなんだ。それをこれから一枚ずつ埋めていく……そしたらもうどこから来た誰かじゃなくて、俺達っていう存在そのものになってる。心配しなくても、大丈夫なんだよ」

「リアン……」


 答えになっているような、なっていないような、根拠も何もない励ましの言葉は。

 しかしソフィアの胸の内にすうっと染み込んでいき。


「リアンの、言う通りかもしれないです」


 そう言うとカップを脇に置いて、すこし弾みをつけて立ち上がり、一歩二歩と前に出る。

 両手を広げて満天の星を仰ぎ、胸ふくらませ山の空気を吸った。


「私は自分が何者かも、何のために生きてるのかもわからないまま、夢見ることも、自由に生きることもしないできました」


 だけど。


「神様から『不自由なシナリオ』しか与えられた、なんて思いません」


 だって。


「リアンとの出会いは、最高に自由なシナリオの始まりなんですから!」

「ああ……そうだな!」


 これまで見た中で一番とびっきりの快活笑顔のソフィアに、リアンも力強くうなずき返し、胸から提げた太陽石のペンダントを取り出し、彼女の隣に歩み寄る。

 ソフィアもまたポケットの中から自分の太陽石を手に取り、顔の上にかざしてみせる。

 天から降り注ぐ星明かりを反射してオレンジ色の光を拡散するそれらを、互いにかざし合って――。


「行きましょう、私たちが何者なのかを知るために。私たちが何者かになるために」

「行こう。まだ見たことのない、最高の景色を見るために」

 旅立ちの乾杯をするように、微妙に断面の噛み合わない太陽石を杯がわりにこつんとぶつけながら。

 二人は声を合わせてこう言った。


「「終わりの海の向こう――理想郷セレスへ!!」」




《了》

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ディアホライゾン ~暁の契約者~ 著:三河ごーすと ファミ通文庫 @famitsu

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