【7】


 街が歩き、地面が規則的に揺れる。その様子がよほど新鮮だったのか、好奇心を抑えられぬといった風体でシスティーナは足元を見つめていた。そうしていると傭兵団を統べる団長などという立場ではなく、彼女の自己申告通り十代半ばのうら若い少女にしか見えなかった。

 リアンとシスティーナは『ワンダーキャメル』の船首、やや出っ張った岬のような場所に立っていた。


「とても良い移動集落を手に入れられたのですね。ただでさえ困難な目標を達成しただけでも驚きですのに、これほど上質なものに恵まれるとは。貴方は冒険の神様に好かれているのかもしれません」


「上質……って、そもそも移動集落に違いなんてあるのか?」


「わたくしは仕事柄さまざまな冒険者と行動を共にしていまして、移動集落を持つ冒険者に雇われたことも一度や二度ではありません。が、そのどれよりも、この子の歩みは静かで趣があると感じます」


「へえ。そういえばイングリットが、移動性能に特化した機体だとか言ってたな」


「良き心の持ち主は、良き運命に巡り合うのですね」


 システィーナがたおやかな笑みを浮かべる。

 とても同い年ぐらいには見えない大人びた笑顔を見ながら、リアンは神妙な声で言った。


「悪いな、『黄昏の白百合』を巻き込むことになって」


「何を仰るのですか。私は恩義に報いるだけですよ」


 召喚した直後、事情を説明してすぐに彼女は協力を申し出てくれた。帝国軍が相手だと聞いても眉ひとつ動かさなかった。

 現在、移動集落『ワンダーキャメル』は『黄昏の白百合』が展開しているキャンプに向かっている。傭兵団の力を借りられれば、ヴィクトル率いる帝国軍との戦争に勝つ見込みも立つだろうと彼女はそっと胸を張っていた。


「いくら傭兵団でも帝国を敵に回すのは、その……不安だったりとかしないのか」


「ふふ。可笑しな人。今、一番不安なのは、御自分でしょうに」


「え、あ、そう言われれば、そうなんだけど」


 くすくすと笑われて、リアンはたじろいだ。

 どうにも調子が狂う。


「その優しさにわたくしは心打たれたのです。帝国はたしかに脅威ですが、一部隊程度であれば我らもけっして引けを取りません」


「あはは。そう言ってくれると、すごく頼もしいよ。あ、でも……システィーナは、人を斬れないんじゃ……」


「貴方のアドバイスを受けた後、人を斬るための訓練はしていました。まだ殺生はできませんが、『ぶっ飛ばせるように』はなったと思いますよ」


 得意げに言い、腰の鞘からすらりと抜いた剣。それは一見すると無骨な長剣だが、本物のそれと比べ刃の輝きが鈍い。

 見るからになまくらの剣である。


「帝国兵相手にそんな剣で大丈夫か……?」


「もともと鎧をまとった敵には剣の切れ味などほとんど意味がありません。鈍器のように叩くことで中の人物に衝撃を与え、倒すのが定石ですわ」


「ああ……たしかにな。そっか、べつに殺さなきゃいけないわけじゃないんだ」


「そうです。なので安心してわたくしにお任せください」


 システィーナはそう言うと、剣を地面に突き立て、片手でリアンの手を握った。

 温かな感触にどきりとするリアンに、彼女は涼やかな声で宣言した。


「この剣を貴方に捧げます。必ずや勝利をもたらすと誓いましょう」


 夜明け頃になって、『ワンダーキャメル』は目的地に到着した。

『黄昏の白百合』の待機キャンプ。

 小高い丘に挟まれた、拓けた土地にいくつものテントが張られ、数台の馬車が並んでいる。ちらほらと見える武装した女性たちは、皆そわそわした様子で、近づいてくる移動集落に注目していた。

 レテの召喚魔法で真っ先に引っかかったのがシスティーナだったのは、近い距離にいたからなのだろう。ちなみにレテの召喚魔法でソフィアを呼び戻せないかも試してみたが、召喚門から彼女が顔を見せることはなかった。

 他の精霊の影響下にある場所には召喚門を出現させられない、という制約があるらしく、お互いに住民を引き抜く行為を禁じる合理的な仕組みとはいえ今の状況ではいらんシステムだなとしか思えない。

 ただ、そのおかげでわかったこともあった。

 ソフィアは今、たしかに『ストロングレイヴン』に収容されている。どこかで降ろされて別のルートで帝国本土に送られたら見失ってしまうところだったが、『ストロングレイヴン』に追いつきさえすれば彼女はそこにいるのだ。これは大きな情報だ。

 大切な仲間の奪還作戦を頭の中で巡らせながら、昇降機に乗り、地上に降りる。

 すると、そこにシスティーナの姿を見つけた女性傭兵たちが、一斉に黄色い声をあげた。


「お姉様!」


「よくぞご無事で!」


「昨夜、突然珍妙な置き手紙を残してお消えになられたので、我ら団員一同、もうどうしたら良いのかわからず。もう七杯は紅茶を飲んでしまいました」


「飲みすぎは体に毒ですわ。皆様、わたくしの身を案じて、己の身を壊してどうするのです」


「申し訳ありません! ですが……お姉様は我らの希望。貴女に何かがあれば……」


「心配をかけたことは謝ります。ただわたくしは『黄昏の白百合』団長としての、職務を全うしていたに過ぎません。――彼が、新しい依頼主ですわ」


 システィーナは隣に立つリアンを紹介した。


「この子が?」「なんだか頼りなさそう」「私は結構タイプかも~♪」


 リアンを取り囲んだ女傭兵たちの黄色い声が飛び交った。

 芸を仕込まれた珍獣でも目の前にしたかのような盛り上がりっぷりに、リアンが困惑していると、見かねたのかシスティーナはわざとらしく咳払いをしてみせた。


「皆様、品がありませんよ? お忘れにならないように。わたくしどもの信条は――」


「常に気高く美しく、ですね! すみませんでした、お姉様!」


「いえ、志を忘れていなければ結構です。さあ、皆様。戦の準備を」


「まあ。一体どこの誰との戦を?」


「敵は――グルディア帝国。ヴィクトル殿が率いる部隊です」


 一瞬、空気が凍りついた。

 大陸屈指の武力を誇る帝国、それも『戦鬼』ヴィクトルが率いる軍と聞いて、か弱い女たちが恐れを抱いたとしても無理はない――という思考は、次の瞬間にあっさりと否定された。


「上等ですね!」「相手に不足なしですわ!」「久々に極上の相手と戦えそうだぜ! ……ですこと!?」


 ――驚くべきことに、誰ひとりとして臆した様子はなく、むしろ袖をまくって白い細腕に力こぶを作ってみせる者までいるほどだった。

 そんじょそこらの男よりもよほど逞しい。

 たおやかな物腰だけ見れば皆深窓の令嬢か何かと見紛うかもしれないが、よく考えれば、彼女たちは戦いを生業とする傭兵である。その本質は血沸き肉躍る闘争を好む、屈強な男たちと何も変わりがない。

 ……さりげなく高貴な女らしさを装えていない者も混ざっているし……。

 そんなリアンの内心を悟ったのか、システィーナはわずかに頬を赤らめて、


「大勢の女性が集まれば、非常に男性的な感性を持つ者も当然出てきます。わたくし自身も、はしたなくも闘争心を剥き出しにしてしまうことがあるでしょう。お恥ずかしい話ですが……」


「いや、そんなことないよ。むしろ今はそれぐらいの方が心強い」


 本心からの言葉だった。花を好む可憐な女性は魅力的だが、今はひとりでも多くの頼れる戦力が欲しかった。


 作戦はその日のうちに開始した。

 リアンは、規則的な上下の揺れを感じ、下半身に丸太を挟むような感触に襲われていた。

 ぱこぱこと、どこか間抜けな音が規則的に響いている。

 景色がゆっくりと流れていくのを横目に、リアンはちょうどいい腰の位置を模索して、むずむずと体をゆする。


「うーん……腰の置き場に困るな」


「慣れるまでは大変ですよね。わたくしも最初はすぐに体が痛くなってしまい……ひどいときは一時間近く足腰が立たなくなるときもありました」


 隣に並んだシスティーナが恥ずかしげに苦笑した。

 ちなみにこの会話は馬上のことである。

 リアンとシスティーナ、そして黄昏の白百合の面々は、馬に乗って隊列を組み、森の中を移動していた。


「コツさえ覚えてしまえば、騎乗もそれほど苦ではないのですけどね」


「うちの村、ほとんど馬がいなかったんだよなぁ……訓練しておきたかったのに」


「ふふ。よい機会ではありませんか。僭越ながら手ほどきをさせていただき、わたくしも初心を思い出せましたわ」


「システィーナは教え方も上手かったな。俺とあまり年齢が変わらないなんて、嘘みたいだ」


「よく言われます。年齢のわりに大人びている、と」


「あっ、念のため言っておくと誉め言葉だからな?」


「もちろん承知しております。……もっとも、年頃の少女らしい甘えが許されないのは、心寂しくもありますが」


「……システィーナは、どうしてその歳で傭兵団の団長に?」


 どこか抑揚に乏しい彼女の声に、リアンはそう問いかけずにいられなかった。

 システィーナはすこし逡巡した後、口をひらく。


「もともと黄昏の白百合は母が立ち上げた傭兵団なんです」


「へえ。お母さんも、やり手の傭兵だったんだ」


「はい。当時はどれだけ力があっても女というだけで侮られる時代だったそうで。依頼されるのは、『女』の武器を使える仕事ばかり。まともな戦場に呼ばれることは稀だったそうです」


「『女』の武器を使える仕事?」


「えっと、その、あまり大きな声では言えないのですが……偉い男性の、無防備なときを狙えるような……暗殺のお仕事です」


「ああ……」


 可憐な少女の口からおずおずと発せられた言葉の意味を知り、リアンは赤面した。

 護身用の短刀さえ外す瞬間を狙えるのは、床を一緒にすることができる者ならではということだろう。


「しかし母は女傭兵に求められる仕事の在り方に不満を持っていました。豪快な方でしたので。『正々堂々と戦場に赴き、戦場で刃を交わしたい。女にもその資格がある者は大勢いる』と主張し、数名の腕に覚えがある女傭兵とともに黄昏の白百合の前身を作り上げたのです。そしてつぎつぎと賊を退治し、自らの組織が男に勝るとも劣らないことを証明し、ついには戦場にも呼ばれるように――」


「すさまじい人だな……」


「ええ、それはもう。あの方は大陸中の女傭兵への偏見を、がらりと変えてしまいました。とてもとても偉大なお方なんです」


「システィーナはその人から団を引き継いだんだ」


「はい。二年前に戦死した母が、遺言でわたくしを後継者にと遺していて。団員の方々も、快く迎えてくださって。その期待に応えようと、わたくしは必死で団長の務めを果たしていたんです」


 クスリと微笑み、彼女は続ける。


「そうしたら、自然と見た目も思考も、子どもらしくなくなっていきました」


「誰からも尊敬される団長になれてるもんな」


「いえ、そんなことはありません――」


 ふいに彼女の顔に影が差す。

 どこか遠い場所、いや、誰か遠い人に思い馳せるように空を見上げて目を細め、


「――わたくしの人望は母からの授かり物ですから。わたくしが築き上げたものなど、何ひとつございません」


 あまりにも自嘲的に過ぎる言葉だが、システィーナの目には一点のくもりもない。心の底からそう信じているようだった。


「慕われて当然、団長としての責務を果たして当然ですわ」


「いやそれは当然とは言わないだろ」


「え?」


 素直な気持ちに従って発したリアンの言葉に、システィーナは瞬きした。


「先代が偉大であればあるほど、跡継ぎに求めるハードルも高くなる。誰からも不満が出ないのは、システィーナがうまくやれてる証拠さ」


「あ……」


「俺も父親と同じ冒険者になったんだけどさ、アイツの偉業が凄すぎて、自分なんかいつ追いつけるんだろうって途方に暮れるよ。その点、システィーナは凄い!」


 力強くそう言われ、硬くこわばっていたシスティーナの頬がわずかに緩んだ。


「そんな風に励まされたのは初めてです。何と言いますか、その……」


 恥ずかしげに目を伏せ、言い淀んだ後、一拍空けて彼女は続けた。


「……兄がいたら、こういう感じなのでしょうか」


「兄って。見た目はシスティーナの方が全然上だろ」


「いいんです。気持ちの問題なのですから。勝手に兄と思わせていただきます♪」


「そりゃ勝手だけど……」


 心臓を掻きむしりたくなるような、むずむずした感触に襲われる。自分と同じくらい、あるいは自分よりもほんのすこし身長の高いかもしれない相手に言われると分不相応な感じがしてしまうのだ。

 ……もしかしたら、システィーナが傭兵団の中で感じているチグハグさも、あるいは似たようなものなのかもしれない。

 そう考えると、不思議と共感が湧いてきて、リアンも隣で馬を駆る少女に好感を覚えた。

 ふいに、馬が動きを止めた。


「見えてきましたね」


 木の葉が途切れた先に都市の巨影の片鱗が覗いていた。


「帝国の移動集落、『ストロングレイヴン』……!」


「我々が乗り込むべき敵の根城。ソフィア様がご無事だとよいのですが」


「イングリット達もそろそろ着く頃だろうし、この辺で仕掛けるか」


「そうですね。……全員、予定通りに!」


 待機した黄昏の白百合の面々は、袋の中に詰めて持参した物を次々と取り出し、狼煙を上げ始めた。

 これは開戦の合図。

 無謀なる戦を告げる呼び笛であった。


 その瞬間――。


 腹底を揺らすほどの鳴動とともに木々が倒れ、鋼鉄の駱駝が首をもたげた。

 森の中に潜航するかのように移動していた『ワンダーキャメル』が、浮かび上がるようにして現れたのだ。

 膝を折り、足音を殺し、奇襲の時を伺っていた、移動性能に優れた移動集落は――。

 帝国の巨大移動集落『ストロングレイヴン』の船尾に食らいついた。

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