【10】


 かつては大陸全土を旅して数々の伝説を残したこともあった。

 華麗な弓さばきで魔物と戦い、貪欲に宝を求めるその勇姿を見て冒険者たちは、彼女を銀の狩人と呼ぶようになった。

 信頼し合える数人の仲間と毎日のように冒険し、夜になれば移動集落の背の上で酒を酌み交わし、壮大な夢を語り合った。

 この世界には無限の可能性がある――そう信じてやまなかった。

 しかしその夢はすぐに潰えることになる。

 冒険者組合によって、大々的な声明が出されたのだ。

 ガリア大陸の未開拓地が皆無となったこと。

 そして相変わらず『終わりの海』の向こう側には何もないということ。

 開拓の義務を果たした冒険者たちに役割はなく、今後、冒険は観光に近い意味合いを持つようになるであろうということ。

 冒険者組合の今後の仕事は、冒険者たちを厳密にランク管理し、それに応じて安心と安全が約束された冒険場所を提供するようなものに変わっていくだろう……と。

 わざわざ危険を冒して冒険する意味などない。他ならぬ冒険者の総本山がそれを認めてしまったのだ。

 イングリットはお上の意見にはいそうですかと従うタマじゃない。当然、逆らった。

 組合の定めるランクなど関係なしに、好きな場所へと移動集落を走らせた。

 仲間もついてきてくれた。


『イングリットとなら夢を見続けられる』


『どこまでもついていきやすぜ、姉御!』


 仲間たちの声はどこまでも温かかった。この馬鹿どもと一緒なら、たとえつまらない世の中でも楽しく生きていける、そう確信していた。

 だが、時の流れは残酷で。

 世間から必要とされない孤独感は、徐々に仲間たちの精神を蝕んでいった。

 ひとり抜け、ふたり抜け――気づけばイングリットの移動集落に住んでいるのは、自分ひとりだけとなった。

 そして。


 未踏の地を目指す――世界中の宝を手中に収めてやる――。


 そんな意識は、イングリット本人の中からも、消え失せてしまっていた。

 気づいてしまったのだ。

 自分が本当に欲していたのは、冒険の名誉でもなく、財宝でもない。

 馬鹿な夢を追いながら笑い合える仲間との時間だったのだ……と。

 だから仲間を失った彼女に冒険を続ける意味はなかった。

 今の時代に夢を見る冒険者などいない。

 組合の窓口に行っても、魔物を倒してケチな報酬を稼ぐだけの職業冒険者しかいない。

 自分の実力を越えた困難なダンジョンに立ち向かおうとする酔狂な者などいない。

 故に新たな仲間もできるはずがなく。

 イングリットは、冒険者を引退した。


 *


 試練を乗り越え、『深緑の神珠』を手に入れた、その翌日。

 イングリットの小屋に泊めてもらい毛布を借りていたリアンは、突然の凄まじい揺れにたたき起こされた。

 すぐ近くでソフィアも飛び起き、ぱちぱちと瞬きしていた。


「な、何でしょう。この揺れ」


「地震か!?」


 あわてて外に飛び出して、ふたりが見たものは――

 複数の脚を地面に突き立てて、威風堂々と大地を闊歩する巨大な機械の姿だった。一瞬、ソフィアは帝国の『ストロングレイヴン』を思い出して身を硬くしたが、すぐにデザインが異なることに気づいて肩の力を抜いた。

 たとえるなら駱駝であった。

 四本の脚で立ち、すこし盛り上がった背の部分には建物の屋根が見える。長い首らしきものまでついていて、舳先には操舵室らしきものがある。


「うわあ、でっかいなー」


「これが移動集落……『ワンダーキャメル』。すごい、こんなに大きいんだ。わたしたち、今日からこれに乗って世界を旅するんですね」


 夢見心地な少女のようにソフィアは目を輝かせる。


「へえ、カッコイイじゃん。やっぱ近くで見ると迫力あるよねー」


 レテも起きてきたらしい。移動集落を仰いで両手を広げ、はしゃいだ声をあげる。

 しかしふと彼女は小首をかしげ、リアンの顔を覗き込んだ。


「ねえねえリアン。ところでさ、あれの操縦ってできるの?」


「えっ……うーん……まあ、テキトーにいじってれば、なんとかなるんじゃないかな」


「テキトー! そんなんでホントに大丈夫なの!?」


「だ、大丈夫です。試練を突破した私たちなら、これくらいノリでどうにでも……!」


 リアンのいいかげんな意見にソフィアまで全力で乗っかった。

 すると、三人の会話が聞こえていたのか否か、『ワンダーキャメル』の操舵室の窓が、勢いよく開け放たれて。


「アホかあああああああああああああああ!!」


 操舵室から顔を出した銀色の髪の狩人――イングリットは眉をつり上げていた。


「アタシの大事な愛機をテキトーに触ってぶっ壊してみな。アンタら、ケツにポーションぶち込むよ?」


「じょ、冗談にしては顔が笑ってないぞ?」


「あわわ……」


 ポーションを構えて凄むイングリットに、リアンとソフィアは顔を真っ青にした。

 そんなふたりの姿にフッと笑みをこぼし、イングリットは愛しげに操縦桿を撫でた。


「『ワンダーキャメル』はやっぱりアタシが操縦してやらなきゃね」


「え? それって……」


「どういうことです?」


「ようするに、こういうことさ」


 イングリットは操舵室から身を乗り出し、パンパンに膨らんだ袋を頭上にかかげた。


「その荷物……もしかして……」


「『終わりの海』の向こう――存在しない場所にたどり着こうなんて、大馬鹿も大馬鹿だけどね。アタシはその馬鹿をやりたかったのさ」


 リアンの疑問に、イングリットはニカッと白い歯を覗かせて笑ってみせた。


「馬鹿な仲間と馬鹿やりながら、常識ぶったヤツらの知らなかった場所に、ドヤ顔で一番乗り……それこそ冒険者の醍醐味ってヤツさ。なあ、リアン、ソフィア。頼む――」


 すこし切なげに眉根をさげ、イングリットは言う。


「アンタたちと同じ夢……アタシにも見させておくれよ」


「イングリットさん……♪ ねっ、リアン。とても素敵な提案です。いいですよねっ」


 ぱああっと表情を明るくして飛び跳ねるソフィアに水を向けられて、リアンはうなずく。


「もちろん。仲間が増えるなら、大歓迎だ!」


「へへ、ありがとよ」


 イングリットは照れくさそうに鼻の下を掻いた。

 それからビシっと親指を立てて、『ワンダーキャメル』の中に指を向ける。


「乗りな! アタシのハートに火をつけたんだ。その責任……キッチリ取ってもらうからね!」


 ――こうして。

 銀の狩人は奇妙な駱駝を携えて、リアンたちの旅の道連れとなった。

 夢を忘れた大人が、少年少女の夢にあてられ、夢を思い出したのだ。


 その頃。

 パトリアの街にて樹海の方角から『ワンダーキャメル』の起動する音を聴いた、ひとりの中年女性は、ぽつりとつぶやいた。


「どうやらあの子たちのおかげで馬鹿娘が目を覚ましたようだね。まったく……今度は、この街に戻ってくるんじゃないよ、イングリット」


 夢を追う娘を見送る嬉しさと、寂しさを半分ずつ含んだ声を聞いた者は、誰もいない。

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