【5】


 ぎゃあぎゃあと烏と獣の鳴き声がブレンドされたようなまがまがしい音が四方八方から聞こえてくる。

 鬱蒼と茂る葉に遮られて陽光は刺さず、まだ昼過ぎだというのに肌寒くさえあった。


「本当にここで合ってるの? 人が住める場所には見えないんだけど」


 レテが不安げな顔でそう言った。

 ソフィアも白い顔をさらに青白くして、声をふるわせる。


「何故か唐突に小さい頃に読んだ本を思い出しました」


「本……?」


「はい。童話の絵本です」


 ソフィアはうなずき、リアンに向けて語り出す。


「不気味な森に幼い兄妹が捨てられてしまい、二人で森の奥に向かうとお菓子の家がありました」


「なんだ。メルヘンで面白そうな冒険譚じゃないか」


「いえ、実はその家には悪い魔女のおばあさんが住んでいて、二人は食べられてしまいそうになるんです」


「……!」


 真に迫った表情と声で臨場感たっぷりに言われ、背筋がぞわりとした。


「こ、このシチュエーション……似ていませんか?」


「や、やだなー。悪い魔女なんか実際にはいるわけないだろ。本の中だけの話だよ」


「そ、そうですよね。さすがリアン。ではここは先輩冒険者として先陣を切ってください」


「……いや。ここはむしろ新米のソフィアが経験を積むために前にだな」


「ってか、なんでリアンがビビってるの? さっきの『それが冒険だろ?(キリッ)』は何だったの!?」


「魔物に襲われるリスクは覚悟済みだけど怪談みたいなのは苦手なんだよ……」


「もうっ、情けないこと言ってないで。責任取って先に行ってよーっ」


 ああだこうだとお互いに相手を前に押し出そうとしていると、


 ――ギャア、ギャア、ギャア!


「「「わーっ!?」」」


 不気味な鳴き声が大きくなり、リアン達は同時に悲鳴をあげた。

 周囲を見渡しても獣や魔物の姿はない。

 ただただ薄暗いけもの道が続き、枝葉が描くアーチの下、巨大な龍の口のようにぽっかりとあいた入口があるだけだが、異様な雰囲気を醸し出していて近づきにくい。


「……レテもビビってるじゃんか」


「し、仕方ないでしょ!」


「と、とにかく。押しつけ合ってても何も始まらない。……行くか」


「そ、そうですね……あの、お願いですから、いきなり消えたりしないでくださいね?」


「……ソフィアもな?」


 怯えながらも冒険者三人、薄暗い森に足を踏み入れた。

 足元も怪しいほど暗い中を、灯篭の光を頼りに進んでいく。草いきれ、獣臭、木の香り。鼻をつくさまざまな野生のにおいに囲まれてひたすらに目的地を目指していく。

 銀の狩人が暮らしている小屋の場所は、中年女性に聞いて知っている。

 入口からけもの道に沿っていけばすぐに着くらしい。

 それにしても、どうしてこんな場所に住んでいるんだろう?

 樹海の奥深くというわけではないにしても、パトリアの街ではなく、わざわざ人里離れた森の中に居を構えるメリットとは? 極度の人嫌い? 貧乏? でも、移動集落を使い、たくさんの仲間と大陸を旅した冒険者にかぎって、そんなのありえるだろうか。


「ん……なんだ、このにおい?」


 ふいに、これまでにない種類の香りが加わった。

 リアンのつぶやきに、隣のソフィアもすんすんと鼻を鳴らす。


「なんでしょう。かいだことがあるような気もしますけど……」


「お酒じゃない? ソフィアのおばあちゃんがたまに飲んでたときのにおいに似てるよ」


「……ああっ、それです!」


 レテの言葉にソフィアは納得の声をあげる。

 ああ、なるほど。言われてみれば、酒のにおいだ。

 でも、どうしてこんな場所に酒が?

 首をかしげたリアンの視線の先、頭上を埋め尽くしていた枝葉が途切れ、白い光の差す中に、一軒の木造の建物が見えた。


「……あれか?」


「みたいですね。お酒のにおいも、あちらから漂ってきます」


 そう。

 アルコール臭はその寂れた小屋に一歩近づくごとに濃厚さを増していた。

 小屋の前に立つと、鼻を押さえずにはいられない。


「う……ホントにここに銀の狩人が住んでるのかよ。酒蔵か何かじゃないのか」


 文句をたれつつドアをたたく。


「銀の狩人さーん。いますかー。銀の狩人さーん」


 返事はない。

 だが、人が家具にぶつかるような音が中から聞こえてきた。


「……いますよね? 銀の狩人さーん?」


 根気強く相手の名前を呼びながら、何度も何度も激しくドアをたたいた。

 三分ほどそれを繰り返した頃――


「だああっ、しつこいっての。過去の二つ名を大声で連呼するんじゃないよっ」


「ぎゃっ」


 女性の怒り狂った声とともにドアが勢いよく開け放たれ、リアンは盛大に額を打った。

 ジンジンと痛む額を押さえて前を見ると、そこには眉をつりあげた妙齢の女性が立っている。

 どちらかといえば美人と呼ばれるたぐいの女性、だと思う。

 長い銀色の髪。

 背が高くて胸も大きく、顔立ちもとても整っている。

 しかし、いまいち美人だと断言しかねるのは、彼女が全身から酒のにおいを発しており、顔も真っ赤で目が据わっているからだ。せっかくの長髪も整えておらずぼさぼさに暴れるがままにしている。


「これは一体なんのイタズラだい? ……ぅひっく。人が気持ち良く飲んでるってのに、イヤなことを思い出させやがって。子どもといえども容赦しないよ?」


 フラフラと上半身を揺らしながら銀色の女性は顔を近づけ、じろりとにらみつけてくる。

 やたら低いドスのきいた声で、これまた美人が台なしだ。


「俺達、銀の狩人さんに用があるんだけど」


「あぁ~! ま~た言ったぁ~! この野郎ぉ~」


 正直に事情を説明しようとしたら、銀色の女性はがしりと胸倉をつかんできた。


 ――殴られる!?


 そう思って身構えた直後、


「うっく……うぇっく……ぢぐじょう……な~にが狩人だよぉ」


 今度はいきなり泣き出した。かと思いきや。


「アタシのばかぁ……お前なんてただのドロップアウト組だろぉ……バァァァァッカ! イングリットのバァァァッカ! きゃははは!」


 彼女は自分自身を指さして、高らかに笑いはじめた。

 もうワケがわからない。


「り、リアン。この人、大丈夫でしょうか。泣いたり笑ったり安定しませんけど……」


「全然大丈夫じゃないな。典型的な酔っ払いだ」


「……うっぷ。ちょい肩貸して」


「え? お、おいちょっと待て。あんた、顔が真っ青に……」


「……おろろろろ」


「ぎゃー! 俺の服にぶっかけるなー!」

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