【4】


 行商人が集まる広場にきた目的は二つだ。

 ひとつは、長距離の旅をするために移動集落を手に入れる術がないかを聞くため。

 もうひとつは、移動集落を手に入れられなかった際、行商人の馬車に同乗させてもらえないか交渉するためだ。

 ここから一番近い街は芸能の街と噂されるサンリモだが、徒歩で行けば最低でも十日はかかる。

 帝国に追われている身でもあり、なるべく体力を消耗せずに済む方法を選びたかった。

 しかし、


「移動集落? ……ガッハッハ! 今時あんなもんいらんだろう」


 恰幅のいい行商人はそう笑い飛ばした。


「屍族によって大地が汚染されてた時代ならいざ知らず、今はこんなに平和さ。わざわざ英雄通りを通るわけでもなけりゃあ必要ねえぞ」


「移動集落は今でも一流冒険者の証だろ」


「大勢の冒険者を率いて大陸を横断するような物好きはたしかに今でもいるが……その考え方も、もう古いんじゃないかねえ」


 たぷたぷした腹をさすって、行商人はそう言った。

 それからふと声をひそめる。


「あとな、今はあんまり目立つことしない方がいいぜ? 帝国の奴らに目をつけられちまう」


「うーん? 移動集落を持ってる冒険者にまで喧嘩を売ったりしないと思うけど」


「どうだかな。連中、相当に殺気立ってるみたいだぜ。さっきも帝国兵を何人か見かけたが、子持ちの家庭はみんな家の中から出るなって子どもに言い聞かせてるよ」


「子ども? どうして?」


「なんだ、噂を知らんのか。帝国があちこちの国や村を襲撃して、子ども狩りをしてるってのは有名な話だぜ」


「……ッ」


 隣で、ソフィアがビクリと震えた。

 その反応に気づいたのか、行商人は怪訝そうにソフィアの顔を覗き込む。


「ん? 嬢ちゃん……」


「貴重な話をありがとな! 他を当たってみるよ!」


 視界をさえぎり強引に話を打ち切ると、リアンはソフィアの手を握ってその場を離れた。

 早足で人の波を掻き分け、人気のない路地裏までやってくると、ようやく人心地ついて息を吐く。


「情報収集もひと苦労だな」


 移動集落『ストロングレイヴン』が西の森に停まったままである以上、わかっていたことだ。

 帝国兵はこの街で聞き込み調査をしている。

 奇妙な子どもの二人組の噂が住民の間に広まれば、嗅ぎつけられてしまいかねない。


「さて、どうしたもんか」


「ごめんなさい……私のせいで」


「いや。だからそういうふうに気にするのやめようって」


 しおらしくうつむくソフィアに笑いかける。


「それに冒険ってのは問題が難しければ難しいほど燃えるんだからさ」


「リアン……ありがとうございます」


 もう何度目になるかもわからない感謝の言葉を聞いて、律儀な子だなと半ば呆れた気持ちになっていると――


「ふぎゃー!!」


 しっぽを踏まれた猫のような悲鳴が聞こえてきた。何事!? と思い声のした方を振り返ると、猫、ではなく、一人の女性に翅をつままれたレテが足をばたつかせていた。


「なんだい珍しい。移動集落の精霊じゃないか」


 台所仕事の途中で抜け出してきたのか頭巾をかぶりエプロンを身に着けた、恰幅のいい中年の女性が、つまんだレテをまじまじと見つめて言った。


「ちょっと、離しなさいよ!」


「おや。すまないね。珍しかったもんで、ついね」


 中年の女性は悪気など一切ないかのように朗らかに笑い、手を離した。

 解放されたレテはぴゅーっとソフィアの肩の上に避難。さすりさすりと大事そうに自分の翅を撫でてから、ぎろりと中年女性を睨みつける。


「このあたりの人間は精霊への敬意がなさすぎ! 虫か何かと勘違いしてるでしょ!」


「あっはっは! 虫だったら今頃ぺしゃんこさ!」


「ひえっ」


 厚さ三ミリの自分の姿を想像したのか、豪快に笑い飛ばす中年女性へとレテは恐怖津々の目を向けた。

 中年女性はふと真顔になって。


「もしかしてアンタら帝国の人間なのかい?」


 意外なことを口にした。


「……え? 違うけど……どうしてそう思ったんだ?」


「おや、違うのかい」


 むしろ追われている身だ。

 そんなこちらの事情など知るはずもない中年女性は、ふーん、とレテをまじまじと見つめた。

 先ほどの恐怖体験の後遺症か、レテはひっと喉を鳴らした。


「いやさ、西の森に最近移動集落が停まってるだろう? 帝国の国旗をかかげた移動集落がさ」


「ああ、まあ、そうだけど……」


「あの移動集落の精霊かと思ったのさ。その子が」


「……あー。なるほどね」


 納得した。たしかに何も知らない人からすれば、そう考えるのが自然だろう。

 レテがソフィアの陰からそっと顔を出す。


「全然違うよ。『ストロングレイヴン』がレテ達の物だったら苦労しないっての」


「むしろ移動集落が手に入らなくて、どうしよう、って話をしていたんです」


 ややトゲのある言い方のレテに続いて、ソフィアも苦笑気味に言った。


「そうなんだよなー。この街には移動集落の競りはないみたいだし、どこで手に入るのか訊いても特に情報はないし。やっぱり今の時代、限られた数しか存在しない移動集落を手に入れるのは難しいのかもしれないな……」


 諦め気味にあははと苦笑する。

 と、そんなリアン達の会話を聞いていた中年女性が、その顔を十年ぐらい若返らせたかのように輝かせて。


「なんだいなんだい、そんな話だったのかい? うふふ。そうかいそうかい」


「な、何このオバさん……いきなり上機嫌で気持ち悪いんだけど」


 レテが若干引いたように顔をしかめる。

 中年女性は脂肪のたっぷりのった胸をドンと手でたたいて、陽気にウインクしてみせた。


「移動集落を譲ってくれるかもしれない奴に心当たりがあるよ」


「えっ」


 それは、あまりにも意外すぎる言葉だった。

 思わずぽかんとしてソフィアと視線を交わし、レテと顔を見合わせ、それから三人でその言葉の意味がすとんと胸に落ちてきて――


「「「ええええええええっ!?」」」


 驚きの声が重なった。


「あっはっは! いいリアクションをどうも! ――アンタら、『銀の狩人』って聞いたことあるかい?」


「……全然ないけど。何それ?」


「おや。この街出身の伝説の冒険者を知らないなんて、それでも冒険者かい? ……まあ、彼女が引退してからだいぶ経つし、子どもが知らなくても無理はないか。あの子が腐った後、酔っ払って武勇伝を語りまくるのは夜の酒場だけだしねえ」


 しみじみとそう言って、中年女性は続けた。


「ここから東の方に樹海が広がっているんだが、その中の小屋に『銀の狩人』っていう元冒険者が住んでるのさ。そいつは昔は移動集落を駆って大陸中を冒険してたんだが、今はめっきり冒険しなくなってねえ。売ることも使うこともせず、移動集落を持て余してるって、もっぱらの噂だよ」


「マジかよ」


 あまりにももったいない。


「もったいない話だろう? 案外、お願いしたらあっさり譲ってくれるかもしれないよ」


 中年女性はニヤリと笑う。

 まるでいたずらを思いついた子どもみたいな顔だ。

 ……耳よりな情報をくれたのはうれしいけど、何か裏を感じるような気がする。

 気のせいだろうか?

 まあ胡散臭さは拭えないものの他に有力な情報があるわけでもない。

 すこしでも可能性があるなら賭けてみたい。


「よし。会いに行ってみよう。その銀の何たらって人に」


「ええーっ!? このおばさんのこと信用するわけ!?」


 レテが不満の声をあげる。


「そう言うなよ。べつに悪い人じゃないと思うぜ。実際問題、他に移動集落を手に入れる方法もないし」


「そりゃそうだけどさぁ」


「まあまあ。行くだけならタダですから」


 不満気なレテをソフィアが苦笑まじりになだめすかした。

 と、不意に中年女性が思いだしたようにつぶやく。


「ああ、そういや言い忘れてたけど。東の樹海は西の森の比にならんくらい強い魔物がわんさか出るから気をつけなよ」


「えっ」


 ソフィアの表情がガチリと固まった。

 レテも騒ぐ。


「ほらー! 危ないって絶対! やめとこうよー」


「そ、そうですね……西の森でスライムに囲まれたときも、リアンに助けてもらえなかったら死んでたわけで。それ以上の魔物ばかりって……」


「よーし、行くぞ、二人とも」


「ええっ!?」「はあっ!?」


 荷物を抱え直して歩き始めようとしたら、二人から信じられないといった反応が返ってきた。


「ほ、本当に行く気なんですか?」


「え。そりゃ行くだろ」


「でも、危険、って言ってましたし」


「あはは。お前らホント面白いこと言うなー。そんなの気にする必要ないってば」


 リアンは軽く笑い飛ばしてみせた。

 そんな態度がソフィアの緊張を解いたのか、彼女はさっきよりもすこしだけやわらかに眉尻を下げて言う。


「あ、もしかしてリアンのレベルなら死ぬようなことにはならないってことですか」


「いや、わからん。ヤバすぎる敵がいたら、普通に死ぬリスクはあるんじゃないか?」


「えっ」


 ソフィアが何を言われたのかわからない、といった顔をした。


「死ぬリスクがあるのに、ためらわないんですね」


 ……うーん。ソフィアは変なことを言うなぁ。


 と思いながら、リアンはうなずいた。


「死んだらまあ仕方なかったってことで。だって、それが冒険だろ?」

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