【3】
合流した後、リアン達は市場での食事を終え、行商人が集まる広場に向かった。
「わあ……!」
地面に布を広げ、さまざまな商品を広げる露店の数々を、ソフィアはきらきらした目で見つめた。
「すごい。都会ですねえ!」
「いや、ここなんか全然田舎だぞ」
「そうなんですか!? 賑やかなのに!」
「どれだけ静かな村に住んでたんだ……?」
「あっ、本も置いてますよっ」
質問が聞こえていなかったのだろう、ソフィアは小走りに露店に駆け寄った。
その店は、どこか怪しげな雰囲気をまとっていた。
半分溶けたろうそく、赤黒く染まった石の仮面、不揃いのタロットカード。
曰くありげな品物の数々の中、隠されるように置かれた書物にソフィアは手を伸ばす。
埃まみれのその本は表題がかすれていて読めなくなっている。
「あの、これって」
「ああ、それかい? 恥ずかしながらただのガラクタさ」
ソフィアがおずおずと話しかけると、露店の店主は肩をすくめてそう言った。
「『死集落』で見つけたんだが、考古学者も大した品じゃないと言っててねえ。旧文明の文字なんざ読めやしないから、買い手もつかん」
死集落とは、今はもう動かなくなった移動集落のことだ。
本来、移動集落は精霊炉に住まう精霊の力によって、植物の実り、空気の循環、資材の生成などを行うことでまるで生きているかのように自動的に生態系が構築される。
しかし現存する移動集落は、すべて神がまだ地上で人類と共存していた時代から永きに渡って存在し続けているため、中には異常をきたすものもあった。
不死であるがゆえに狂気を発症し滅びに向かう精霊。
悪しき企みによって捕らえられた精霊。
永劫の退屈に耐えきれず、遊びに出かけてしまった精霊――。
そんなさまざまな精霊の事情によって、精霊炉の精霊に逃げられてしまった移動集落は、生態系を構築する機能を失い、文字通り、死んでしまうのだ。
死集落と呼ばれる、それら機能停止した移動集落は神族の遺跡と呼ばれ、盗掘者や冒険者、商人の格好の漁り場と化している。
そこで手に入るものは、旧文明のお宝である場合もあるし、何の意味もないガラクタであることも、ままある話だ。
「……あの、この本、いくらで譲ってもらえますか?」
じーっと見つめていたソフィアが、意を決したようにそう言った。
店主は驚いた顔をする。
「なんだい。興味があるのか?」
「はい。読めるかどうかはわからないんですけど。何か気になっちゃって」
「ほええ。若いのに物好きだねえ。うーん……300ルピアでどうかな。正直、それでも取りすぎな気がしてるけど」
「300ルピア……これでいいですか?」
ソフィアは腰にくくりつけた皮袋の中から、金貨を取り出し店主に渡す。
帝国から逃げている間、彼女は無一文だった。
しかしここ最近はリアンと一緒に冒険者として軽いクエストをこなしている。
冒険者組合には所属していないが、パトリアの街の組合窓口は登録冒険者がさばき切れない依頼を回してくれた。
たぶん組合本部から遠い辺境の街ゆえのゆるい運営方針なのだろう。おかげで、こちらとしても非常に助かっていた。
「後で読めないって泣きついても、返金はしないからな!」
冗談めいた調子で言い、店主はその古びた本をソフィアに手渡した。
買い物を終え、露店からすこし離れたところで。
「……どうして買ったんだ、それ? 古代文字なんて読めるのか?」
リアンは疑問を口にした。
ソフィアがうなずいて、表題が煤けて読めない本をかかげてみせる。
「これ、簡単な呪いがかかってるみたいなんです」
「呪い?」
「はい。書かれていることがくだらない内容だと読んだ人に錯覚させる呪いです」
「何だそれ。嫌がらせじゃないか」
「呪いをかけた人は、よっぽど読まれたくなかったんでしょうね」
ソフィアは表紙に指を当て、ぼそりと呪文をつぶやいた。
ほんの一瞬の詠唱。
ただそれだけで、本は、ぽうっと淡い光を放った。
リアンの目に見えた変化はそれだけだ。
古代文字で書かれた表紙も中の文章もまるで意味がわからない。
しかし横で見ていたレテが「おー!」と驚きの声をあげたことで、間接的に、ああ、なんかすごい変化があったんだなと理解できた。
「さっすがソフィア! 小さい頃から魔法のお勉強ばっかしてきただけあるねー」
「えへへ」
「……で、結局その本はなんなんだ?」
「これ、魔導書なんです」
「魔導書?」
というと、魔法使いが魔法を覚えるための書物だ。
魔法使いに必要不可欠な道具は大きく分けて二つ。
ひとつは魔力を増幅し魔法の威力を高める杖。
そしてもうひとつは、魔法そのものを習得するための魔導書だ。
ほとんどの魔法使いはロレンシア王国が作った王立魔法学校の授業で習うか、大陸各国が共同で出資して作った、魔法図書館で学ぶことで魔法を習得する。冒険者になった魔法使いのほとんどが、魔法学校の出身者だ。
ソフィアのように村で独自に教育された、というのはかなり珍しいパターンといえる。
「だったら、どうして呪いがかけられていたんだ?」
魔導書なんて読まれてこそ意味があるものだろうに。
そんな疑問にソフィアはぱらぱらとページをめくりながら答えた。
「ここに書かれている魔法が、危険なものだからですね……。これはポイゾンの魔法――どうやら、相手にやがて死に至るほどの強力な猛毒を与える魔法のようです」
「怖っ!? ソフィア、そんな魔法を覚えてどーすんの!?」
「もちろんレテがいたずらしたらお仕置きに……」
「ええっ!?」
「なんて、冗談ですよ。これからたくさん冒険するので、強い魔法をひとつでもたくさん覚えておきたくて」
リアンのところまで逃げてきてプルプル震えるレテに、ソフィアはニコリと笑ってみせた。
……可愛い顔をしてるのに、ずいぶんえげつない冗談を言うなぁ。
「でも、たしかに大切かもな。強い魔法」
「えへへ。頑張って覚えますね」
「うう。ソフィアが笑顔で危険な魔法を覚えていくよぅ」
「ひ、人聞きの悪い表現をしないで……。だって、足手まといじゃなくて、ちゃんと一緒に戦える仲間になれるんですよ? うれしいに決まってます」
そう言ってソフィアは猛毒の禁呪を大切な宝物のようにぎゅっと胸に抱きしめた。
【ソフィア習得魔法一覧】
キュアル:回復
メディル:回復・状態異常回復
フレイム:炎攻撃
ポイゾン:猛毒攻撃 ☆NEW☆
たしかにこれで戦術の幅はグッと広がった。
帝国に追われている身である以上、すこしでも力をつけることは大事だ。
「……さて、いい買い物もできたところで」
「何を探してるんですか?」
辺りを見回していると、ソフィアが首をかしげて訊いてきた。
「それっぽい商人だよ」
「それっぽい?」
「ああ。わざわざこの広場に来たのは、目的があるからだよ」
「目的……」
まだいまいちピンときていない様子のソフィアに、リアンはハッキリとこう言った。
「――移動集落を手に入れるんだよ」
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